固定期間が長いほど骨がしっかり治ると思っていたら、実は肩の機能が永久に戻らなくなるリスクがあります。
上腕骨近位部骨折の固定法は、骨折の転位(ずれ)の程度によって大きく2つに分かれます。転位が軽度な場合は、三角巾とバストバンドを組み合わせた「簡易デゾー固定」が第一選択となります。 三角巾で前腕を支持し、バストバンドで上腕を体幹に密着させることで、上肢の自重による骨片の転位を防ぎます。 moriseikeigeka(https://www.moriseikeigeka.com/disease/humerus_fracture/)
固定の目的は「完全な動きを止めること」ではありません。 嵌入型(かんにゅうがた)骨折のように骨片同士がかみ合っている場合は、三角巾のみで十分なケースもあります。固定法の選択が過剰になると、後述する肩関節拘縮のリスクが跳ね上がります。 ike-seikei(https://ike-seikei.jp/proximalhumerus-fracture-blog/)
手術的固定が選ばれるのは主に以下のケースです。
- 転位が大きい骨折:骨頭と骨幹部が大きくずれており、保存療法では不正癒合が予測される
- 骨折脱臼:脱臼を伴い骨頭の血行が危ぶまれる
- 4 part骨折(骨頭・大結節・小結節・骨幹部の4つに分離):骨頭壊死リスクが高く、人工骨頭置換術の適応になることも多い kasumigaura.hosp.go(https://kasumigaura.hosp.go.jp/section/seikei_jyouwankotukinittankossetu.html)
- アクティブな生活を送る若〜中年層:早期機能回復を優先する場合
手術的固定の代表的な方法には、「ロッキングプレート固定法」と「髄内釘(ずいないてい)固定法」があります。 ロッキングプレートは骨折部をプレートとスクリューで支え、骨粗鬆症があっても固定力を確保しやすい特徴があります。髄内釘は骨の髄腔に金属製の釘を挿入する方法で、軟部組織への侵襲が小さく、血行温存の観点から近年評価が高まっています。 jsfr(https://www.jsfr.jp/ippan/condition/ip14.html)
これが基本の選択基準です。
固定期間については、保存療法でおおむね2〜3週間が標準的です。 具体的には、バストバンド固定を2〜3週間行い、その後は三角巾のみに移行し、痛みの軽快に合わせて可動域訓練を開始します。 medicalconsulting.co(https://medicalconsulting.co.jp/2025/03/07/dezo-fixation-of-humeral-fractures/)
ところが「念のため長く固定しておけば安心」という発想は、科学的には大きな落とし穴です。
研究データによると、4週間以上の不動化が続くと、関節包や靭帯に構造的変化(線維化・コラーゲン架橋の増加)が生じ、リハビリで元に戻りにくい状態になります。 一方、2週間以内の固定では筋肉の硬さが主な要因であるため、適切なリハビリで回復しやすい状態を保てます。 gen-academy(https://gen-academy.com/pnf-reha/blog/%E5%8B%95%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E5%9B%BA%E3%81%BE%E3%82%8B%EF%BC%9F%E9%AA%A8%E6%8A%98%E5%BE%8C%E3%81%AB%E6%B3%A8%E6%84%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%84%E6%8B%98%E7%B8%AE%E3%81%AE/)
拘縮予防の観点から押さえておきたいポイントは以下の通りです。
- 固定中でも手指・肘の運動は積極的に継続する(腫れの軽減と廃用予防) jsfr(https://www.jsfr.jp/ippan/condition/ip14.html)
- バストバンド固定期間は最長でも3週間を目安にする
- 固定解除後は速やかに可動域訓練を開始し、痛みに合わせて段階的に進める
痛いですね。しかし適切な管理で拘縮は防げます。
肩関節拘縮が進行した場合のリハビリは非常に難渋します。術後に重度拘縮を起こした症例では、最終可動域の回復に数ヶ月単位の集中的介入が必要となった報告もあります。 早期から拘縮のリスクを意識した固定管理が、患者QOLを守る鍵となります。 kinki58.umin(https://kinki58.umin.jp/cd/pdf/ippan/P6-3.pdf)
骨折後の不動化と拘縮の関係(固定期間と可逆性に関する研究をわかりやすく解説)
「骨折したら固定して安静」という常識は、上腕骨近位部骨折においては半分しか正しくありません。
早期運動療法の代表が振り子運動(コッドマン体操)です。 腰を曲げて腕をだらんと下垂し、身体の揺れを利用して腕を前後・左右にゆっくり動かす運動で、自重による牽引効果で関節内の癒着を防ぎながら、骨折部には過剰な負荷がかかりにくい特性があります。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282680643442560)
受傷後の振り子運動の開始タイミングについて、多くの施設が受傷1週間後を目安としています。 CiNiiの報告でも、受傷1週間後から振り子運動を開始したケースで、受傷3週間後に安静時痛が消失し、7週間後から他動での可動域訓練へ移行できたという経過が示されています。 ikeda-c(https://ikeda-c.jp/byouki/proximal_humeral_fracture.html)
振り子運動を行う際に注意すべき点は以下の通りです。
| 注意点 | 理由 |
|---|---|
| 腰を十分に曲げる(背中が床と平行になるくらい)| 腰が不十分だと肩に筋力がかかり骨片が転位しやすい |
| 肩の力を完全に抜く | 筋収縮があると骨折部にせん断力が加わる |
| 回数は1日1000〜3000回が推奨 | 約1日30分を分割して行う |
| バストバンドは運動時のみ外す | 日常生活中の転倒・不意の動作に備える |
これは使えそうです。
振り子運動の有無が、その後の肩関節可動域に大きな差をもたらします。人間の臨床研究では、「1週間固定後に運動開始」と「3週間固定後に運動開始」を比較した場合、前者で肩機能回復が有意に良好だったという結果が出ています。 早期から動かすことへの恐れを捨て、適切な指導のもとで積極的に介入することが求められます。 gen-academy(https://gen-academy.com/pnf-reha/blog/%E5%8B%95%E3%81%8B%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E5%9B%BA%E3%81%BE%E3%82%8B%EF%BC%9F%E9%AA%A8%E6%8A%98%E5%BE%8C%E3%81%AB%E6%B3%A8%E6%84%8F%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%84%E6%8B%98%E7%B8%AE%E3%81%AE/)
転位のある上腕骨近位部骨折には「手術で内固定すべき」という認識が長く支配的でした。しかし2015年に発表されたProFHER(Proximal Fracture of the Humerus: Evaluation by Randomisation)試験は、その常識を根底から揺るがしました。 note(https://note.com/katano_physio/n/n696e1d6427a1)
この大規模ランダム化比較試験では、転位のある上腕骨近位部骨折(主に60歳以上)を手術群と保存療法群(スリング固定)にランダムに割り付け、2年後の機能スコア(オックスフォード式肩スコア)を比較しました。 結果は、手術群39.07点 vs 非手術群38.32点で、統計的に有意差なし(p=0.48)。つまり転位があっても保存療法でほぼ同等の機能回復が得られたという衝撃的な結論です。 medley(https://medley.life/news/559f37309f894f4d01e3bb64/)
さらにこの傾向は受傷後5年のフォローアップでも確認されており、「手術をすれば確実に良い結果が得られる」という単純な図式は成立しません。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.15106/j_seikei76_915)
意外ですね。ただし、これは「手術が無意味」という話ではありません。
以下のような症例では、手術的固定による早期機能回復・合併症予防の意義は依然として大きいとされています。
- 4 part骨折や骨折脱臼:骨頭壊死リスクが高く、放置すると関節が破綻する
- 若年・高活動性患者:保存療法で生じる可能性のある不正癒合が長期的なQOLに影響する
- 骨粗鬆症が重度で保存では不安定:転位の進行が予測されるケース
治療方針の決定に際しては、骨折のパターン(Neer分類など)、患者の年齢・骨質・活動性・全身状態を総合的に評価することが原則です。 ProFHER試験の結果は、安易な手術選択への過信を戒め、個別化された意思決定の重要性を示したものとして解釈するのが適切です。 note(https://note.com/katano_physio/n/n696e1d6427a1)
固定が終わった後の「移行期」こそ、実は最も転倒が多い危険な時期です。これは教科書にはほぼ書かれていない現場の落とし穴です。
固定解除直後は、長期間の不動で肩周囲筋の筋力が著しく低下しています。特に棘上筋・棘下筋・肩甲下筋といったローテーターカフが弱化しており、関節安定性が低下した状態で急に可動域訓練を進めると、骨折部への不均等な負荷や再転位リスクが生じます。
現場で差がつくポイントを段階別に整理すると以下のとおりです。
Phase 1(受傷〜固定解除まで)
- バストバンド+三角巾による固定の徹底
- 手指・肘の運動で廃用予防
- 1週間後から振り子運動を開始(1日1000〜3000回を分割)
Phase 2(固定解除〜受傷6週前後)
- 他動・自動介助による肩関節可動域練習を開始
- 健側補助での挙上練習
- X線で骨癒合を確認しながら段階的に負荷を上げる cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282680643442560)
Phase 3(受傷6〜8週以降)
- 自動挙上獲得を目指す筋力訓練
- 日常生活動作(ADL)への応用練習
- 日常生活で挙上120°が確保できれば身の回りの動作は概ねカバーできる cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282680643442560)
段階的なアプローチが原則です。
また、高齢患者では固定中の「転倒リスク」も見落とせません。三角巾・バストバンド装着中は片腕の動きが制限されるため、バランスが崩れやすくなります。転倒して反対側の大腿骨頸部骨折を起こすという連鎖骨折は臨床的に珍しくありません。固定中の患者への転倒予防指導(段差の確認、杖の活用、浴室の整備など)を、医療従事者として積極的に行うことも重要なケアの一部です。
上腕骨近位部骨折の保存療法 vs 手術療法の意思決定アルゴリズム(最新エビデンスに基づく解説:ProFHER試験の解釈も含む)
日本整形外科学会による上腕骨近位部骨折の一般向け解説PDF(治療の流れと振り子運動の説明が掲載)