白血病治療において使用される薬剤は、その作用機序により複数のカテゴリーに分類されます。代謝拮抗薬は白血病治療の中核を担う薬剤群であり、特にシタラビン(Ara-C、キロサイド®)は急性骨髄性白血病の標準治療薬として位置づけられています。
シタラビンはピリミジン拮抗薬として分類され、DNA合成を阻害することで白血病細胞の増殖を抑制します。急性骨髄性白血病の地固め療法では、シタラビン大量療法が一般的に行われてきましたが、最新のJALSGの比較研究により、(8;21)転座型白血病と(16)逆位型白血病以外では、3コースの大量療法と4コースの通常量地固め療法の治療成績に差がないことが判明しています。
プリン拮抗薬として、6-メルカプトプリン(6MP、ロイケリン®)があり、主に急性リンパ性白血病の維持療法期に重要な役割を果たします。フルダラビン(フルダラ®)は病状が進行した慢性リンパ性白血病の第一次選択薬として使用され、造血幹細胞移植のミニ移植(RIST)でも広く活用されています。
アントラサイクリン系抗がん剤では、ダウノルビシン(ダウノマイシン®)が急性骨髄性白血病の第一次選択薬として確立されており、急性リンパ性白血病にも頻繁に使用されます。イダルビシン(イダマイシン®)はダウノルビシンより強い抗腫瘍活性を示し、骨髄抑制以外の副作用が少ないとされていましたが、最近のJALSGの無作為比較研究により、ダウノルビシンを適切な用量で使用すればイダルビシンと同等の効果が得られることが示されています。
骨髄抑制は白血病治療において最も重要な副作用の一つであり、正常な造血細胞への障害により白血球、赤血球、血小板の減少を引き起こします。この症状は抗がん剤が白血病細胞だけでなく、正常な造血幹細胞にも影響を与えることで発生します。
白血球減少は特に深刻な問題となり、好中球がゼロ近くまで減少するため、感染症に対する抵抗力が著しく低下します。そのため多くの医療機関では無菌室での治療が標準的に行われています。最近では、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)の使用により白血球の回復を促進することが可能となり、感染症リスクの軽減に寄与しています。
赤血球減少により患者は動悸や息切れといった貧血症状を呈し、日常生活動作に支障をきたすことがあります。血小板減少では出血傾向が顕著となり、軽微な外傷でも重篤な出血を引き起こす可能性があります。これらの症状に対しては、赤血球輸血や血小板輸血による支持療法が必要不可欠です。
シタラビンによる骨髄抑制は用量依存性であり、大量療法時には特に注意深い監視が必要です。また、メソトレキセート(MTX)は急性リンパ性白血病の地固め療法で中等量から大量が使用されますが、骨髄抑制と粘膜障害が主な副作用として知られています。幸い、MTXの毒性はテトラヒドロ葉酸(ロイコボリン®)により中和可能であり、大量使用後の副作用軽減に有効です。
骨髄抑制の程度と持続期間は使用する薬剤の種類、投与量、患者の年齢や全身状態により大きく異なります。そのため、定期的な血液検査による厳密なモニタリングと、感染予防策の徹底が治療成功の鍵となります。
アントラサイクリン系抗がん剤による心臓毒性は、白血病治療における重要な合併症の一つです。ダウノルビシンやイダルビシンなどのアントラサイクリン系薬剤は、心筋細胞のミトコンドリアに蓄積し、活性酸素種の産生を増加させることで心筋障害を引き起こします。
心臓毒性は急性型と慢性型に分類され、急性型は投与直後から数日以内に発症する心電図異常や心律動異常を特徴とします。一方、慢性型は投与終了後数ヶ月から数年経過してから発症する拡張型心筋症様の病態を示し、重篤な場合は心不全に至ることがあります。
ダウノルビシンの累積投与量が550mg/m²を超えると心毒性のリスクが急激に増加するため、総投与量の管理が極めて重要です。治療前には心エコー検査や心電図検査による心機能評価を必須とし、治療中も定期的な心機能モニタリングを実施する必要があります。
心保護薬として、デクスラゾキサン(カルデオキサン®)の使用が検討される場合があります。この薬剤は鉄キレート作用により活性酸素種の産生を抑制し、アントラサイクリン系薬剤による心毒性を軽減する効果が期待されています。
また、新規開発された亜砒酸(トリセノックス®)も心臓毒性を有する薬剤として知られており、急性前骨髄球性白血病の治療において使用される際は、心電図モニタリングが必要です。亜砒酸はPML-RARαのPML部に選択的に作用し、白血病細胞のアポトーシスを誘導する分子標的薬として機能しますが、QT延長症候群や致死性不整脈のリスクを伴います。
急性前骨髄球性白血病(APL)は急性骨髄性白血病の特殊な亜型であり、オールトランスレチノイン酸(ATRA)という画期的な治療薬により劇的に予後が改善されました。ATRAはビタミンA誘導体の一種であり、従来の化学療法とは全く異なる作用機序を有します。
ATRAの最大の特徴は、白血病細胞を正常な細胞に分化(成熟)させる能力です。APLの原因となるPML-RARα融合遺伝子により阻害されていた細胞分化を再び活性化し、白血病細胞を好中球に成熟させることで治療効果を発揮します。
APLの標準治療では、寛解導入療法、地固め療法、維持療法の3段階に分けてATRAと化学療法薬を組み合わせて使用します。
ATRAには特徴的な副作用として分化症候群があります。これは白血病細胞の急激な分化に伴い、発熱、体重増加、呼吸困難、胸水貯留などを呈する症候群で、重篤な場合は生命に関わります。分化症候群の発症時には、コルチコステロイドの投与やATRAの一時中断などの対応が必要となります。
亜砒酸はレチノイン酸抵抗性や再発症例に対する治療選択肢として重要な位置を占めており、最近では初回治療からの使用も検討されています。亜砒酸はPML-RARα融合蛋白のPML部分に選択的に結合し、レチノイン酸と同様に白血病細胞の分化誘導とアポトーシスを促進します。
白血病治療の分野では、分子標的薬や免疫療法薬の開発により治療選択肢が大幅に拡大しています。特に注目すべきは、東京医科大学とセルジーン社が共同開発したCC-885という新規化合物です。
CC-885はサリドマイド派生薬剤の一種であり、セレブロンというユビキチンリガーゼを標的として機能します。この薬剤の画期的な点は、セレブロンの機能を変換することでGSPT1という翻訳終結因子の分解を誘導し、急性骨髄性白血病細胞に対して選択的な抗腫瘍効果を示すことです。
X線結晶解析により、CC-885がセレブロンとGSPT1の間で「糊」のような役割を果たし、新たな相互作用の場を創出することが明らかになりました。この研究成果は、タンパク質分解を利用した全く新しいタイプの治療薬開発の道筋を示しており、他の疾患関連タンパク質を標的とした薬剤開発への応用も期待されています。
慢性骨髄性白血病の分野では、イマチニブ(グリベック®)がBCR/ABL分子のチロシンキナーゼ活性を特異的に阻害する分子標的薬として確立されており、従来のインターフェロンを上回る治療効果を示しています。イマチニブの成功は、がん治療における分子標的療法の有効性を実証した画期的な事例となりました。
成人T細胞白血病(ATL)の分野では、HTLV-1感染を原因とする特殊な病態に対する新たな治療戦略が模索されています。SynCAM(CADM1/TSLC1)などの細胞接着分子が診断マーカーとしての有用性を示しており、将来的には治療標的としての応用も考えられています。
また、免疫療法の分野では、HTLV-1特異的なCD8陽性T細胞(CTL)を利用したワクチン療法や養子免疫療法の研究が進められています。日本人に多いHLAタイプ(A24:02、A02:01、A*11:01)に対応したHTLV-1テトラマー試薬の開発により、より精密な免疫学的解析が可能となっています。
これらの新薬開発により、従来の化学療法では治療困難であった症例に対しても新たな治療選択肢が提供されることが期待されます。しかし、新薬の導入に際しては、既存の治療薬との相互作用や新たな副作用プロファイルの理解が重要であり、医療従事者には継続的な知識のアップデートが求められています。
日本血液学会による白血病治療ガイドライン。
https://www.jalsg.jp/pharmacotherapy
九州大学病院がん診療センターによる急性白血病の薬物治療解説。
https://www.gan.med.kyushu-u.ac.jp/result/hematological_malignancies/index3