呼吸性アルカローシスは、体内で産生される炭酸ガスの量より、肺から呼出される炭酸ガスの量が多くなることで発症します。具体的には、動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2)が低下し、血液のpHが上昇して水素イオン濃度が低下した状態を指します。
この病態の根本的なメカニズムは、換気の増加による過剰なCO2除去にあります。正常な換気機構が障害され、分時換気量がpHの均衡を保つのに必要な量よりも多くなると、血液中のCO2が枯渇してPCO2は通常35mmHgを下回ります。その結果、血液のpHが上昇し、しばしば7.45を超える状態となります。
✅ 主な病因要因
興味深いことに、低酸素症に対する換気の増加は正常な生理反応ですが、不安やパニック発作による換気増加は異常な反応として分類されます。この違いを理解することは、適切な治療方針を立てる上で重要です。
呼吸性アルカローシスの症状は、急性型と慢性型で大きく異なります。慢性型は通常無症状ですが、急性型では特徴的な症状が現れます。
🔸 急性呼吸性アルカローシスの主要症状
これらの症状が現れる理由は、血液のアルカリ化による電解質バランスの変化にあります。特に、カルシウムイオンの結合状態が変化し、神経筋の興奮性が高まることでテタニーや痙攣が生じます。
診断は主に臨床症状と動脈血ガス分析によって行います。血液ガス検査では、**pH上昇(>7.45)とPaCO2低下(<35mmHg)**が確認されます。また、血清電解質の測定も重要で、低カルシウム血症や低リン血症を伴うことがあります。
意外にも、呼吸性アルカローシスによる潜在的低リン血症は経時的に変化し、これが症状の持続や悪化に関与することが近年の研究で明らかになっています。
呼吸性アルカローシスの詳細な病態生理について - MSD Manual
呼吸性アルカローシスが発生すると、体内では複数の代償機序が働きます。これらの機序を理解することは、病態の重症度評価と治療方針決定において極めて重要です。
急性期の代償機序(数分以内)
急性期では、細胞内(特に赤血球)の酸性分子が大量の水素イオン(H+)を放出します。これらの水素イオンは血液中に拡散し、重炭酸イオン(HCO3-)と結合して炭酸(H2CO3)を生成し、最終的に二酸化炭素と水に解離します。この過程により、血液中の主なアルカリ分子である血漿HCO3-濃度がわずかに低下します。
慢性期の代償機序(3〜5日)
慢性期になると、腎臓がpHの異常を感知し、主に近位尿細管細胞からのHCO3-排泄を増加させます。具体的には、PCO2が10mmHg低下するごとに、HCO3-濃度を約4〜5mEq/L低下させます。例えば、PCO2が40mmHgから20mmHgに20mmHg低下した場合、血漿重炭酸イオンは基準値の24mEq/Lから16mEq/Lへと8mEq/L低下し、pHを正常範囲に近づけます。
📊 代償の程度による分類
この代償機序の理解は、血液ガス分析の解釈において重要です。HCO3-の低下が見られる場合は慢性化を示唆し、治療戦略も変わってきます。
呼吸性アルカローシスの治療は、原因となる基礎疾患の除去が最も重要です。画一的な治療法はなく、個々の症例に応じたアプローチが必要となります。
🏥 基礎疾患別の治療アプローチ
肺疾患による場合
中枢神経系疾患による場合
心理的要因による場合
機械的人工換気による場合
⚠️ 過換気症候群での注意点
従来行われてきたペーパーバック再呼吸法(紙袋で鼻と口元を覆い、呼出した炭酸ガスを再吸入させる方法)は、現在では推奨されていません。隠れている器質的疾患が鑑別されずに施行される危険性があるためです。
代わりに、患者への説明と安心感の提供、適切な酸素投与、必要に応じた薬物療法が重要とされています。
呼吸性アルカローシスには、通常の病態とは異なる特殊な病態が存在し、これらを理解することは適切な治療を行う上で重要です。
偽性呼吸性アルカローシス
最も重要な特殊病態として、偽性呼吸性アルカローシスがあります。これは機械的人工換気を受けており、全身灌流不良による重度代謝性アシドーシスのある患者に発生します。
🔍 偽性呼吸性アルカローシスの特徴
この病態では、機械的人工換気により正常より多くの肺胞CO2が除去され、動脈血では呼吸性アルカローシスを示しますが、実際には細胞レベルではアシドーシスが進行しています。診断は動脈血と静脈血のPCO2およびpHの著明な差異を証明することで行います。
環境要因による呼吸性アルカローシス
意外にも、光化学スモッグによる集団発生例も報告されています。1974年の東京スモッグ症の集団発生では、大気汚染物質による呼吸器刺激が呼吸性アルカローシスを引き起こしました。これは現代でも重要な教訓となっています。
小児での特徴
小児の呼吸性アルカローシスでは、成人と異なる特徴があります。病歴聴取が困難であることが多く、身体所見での容量評価が特に重要となります。また、小児では脱水症状を伴いやすく、電解質バランスの管理がより重要となります。
📋 鑑別診断のポイント
正確な診断のためには、詳細な病歴聴取と系統的な身体診察が不可欠です。特に、発症の時間経過、誘因となる出来事、既往歴、服薬歴などの情報収集が重要となります。