「処方を提案する」と書かれた薬は、大腿骨近位部骨折に効かないことがあります。
2025年8月1日、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版」が正式に公表されました。 前回の2015年版から実に10年が経過しており、この間に臨床現場のエビデンスは大きく積み上がっています。 ito-pain(https://ito-pain.com/blog/post-619/)
超高齢社会の進行とともに骨粗鬆症患者数は増加の一途をたどっており、骨折関連の医療費・介護費は国民医療費全体に対しても無視できない水準に達しています。こうした社会的背景が、今回の改訂を「単なる薬剤追加」ではなく「治療戦略の再構築」と位置づける理由のひとつです。
重要なのが作成プロセスの刷新です。今回の2025年版では新たにCQ(クリニカルクエスチョン)を設定し、システマティックレビューによるエビデンスの評価・統合をへて推奨文を作成しています。 合意率・エビデンスの強さ(A〜D)・推奨の強さという三軸で各薬剤・介入を評価する構造に変わっており、医療従事者はこの読み方を押さえておく必要があります。 hanmoto(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784897755021)
つまり、読み方そのものが変わったということです。
前版ではシンプルに「推奨」か否かを読み取ればよかった部分が、今版では表現の意味合いを正確に理解しないと処方選択を誤るリスクが生じます。以降のセクションでその具体的な落とし穴を解説します。
日本骨粗鬆症学会 公式PDF|骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版(全文)
2025年版で新規追加された治療薬は3剤です。ロモソズマブ(イベニティ®)、ゾレドロン酸(リクラスト®)、アバロパラチド(オスタバロ®)がそれにあたります。 ito-pain(https://ito-pain.com/blog/post-619/)
これら3剤の追加は、骨粗鬆症薬物療法の選択肢を大幅に広げました。これは使えます。
| 薬剤名 | 分類 | 投与経路 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| ロモソズマブ(イベニティ®) | 抗スクレロスチン抗体 | 皮下注・月1回 | 骨密度上昇効果で「強く推奨」(S評価)。高リスク例の第一選択候補 |
| アバロパラチド(オスタバロ®) | PTH関連ペプチドアナログ | 皮下注・毎日 | 骨折リスクの高い骨粗鬆症に適応。主な副作用:悪心・浮動性めまい・高カルシウム尿症(各5%以上) |
| ゾレドロン酸(リクラスト®) | ビスホスホネート | 点滴静注・年1回 | 年1回投与でアドヒアランス向上が期待できる |
emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
ロモソズマブは、骨形成促進と骨吸収抑制の二重作用を持つ唯一の薬剤です。 臨床試験では椎体骨折リスクを73%(ARCH試験)、非椎体骨折リスクを19%減少させたデータが示されています。高骨折リスクを持つ閉経後骨粗鬆症女性に対して、まずロモソズマブで1年間治療し、その後デノスマブやアレンドロネートへ移行する逐次療法の有効性が確立されました。 amgenpro(https://www.amgenpro.jp/products/brand/evenity/product/guideline-2025)
骨折リスクが高いほど積極的な介入が求められます。
アムジェン・UCBプロフェッショナル向け|Q&Aで確認!ガイドライン2025が示す治療方向性(ロモソズマブの位置づけ詳説)
ここが今回の改訂で最も見落とされやすいポイントです。
ガイドライン2025年版の「B. 骨折抑制効果」における「推奨の強さ」の表現は3段階です。「処方を推奨する」「処方を提案する」「処方しないことを提案する」の3つが使われています。 この文言を表面的に読むと「推奨するも提案するも大差ない」と感じてしまいがちです。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
しかし実際の意味は全く異なります。
「処方を推奨する」は、椎体骨折・大腿骨近位部骨折・非椎体骨折の3部位すべてに骨折抑制効果があることを意味します。 対して「処方を提案する」は、この3部位のうちどれかに対して有意な骨折抑制効果がないことを意味します。特に問題になるのは、多くのケースで大腿骨近位部(いわゆる股関節周囲)骨折に対する効果が証明されていない点です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
大腿骨近位部骨折は、骨折後1年以内の死亡率が約20〜30%とされる重篤な転帰を招きます。「提案する」薬剤でよいのか、「推奨する」薬剤を選ぶべきか、この判断が患者の予後を大きく左右します。厳しいところですね。
3部位すべてに骨折抑制効果が確認され「処方を推奨する(推奨の強さ:1)」に分類される薬剤は現在5種類です。アレンドロン酸・リセドロン酸・ゾレドロン酸・デノスマブ・ロモソズマブがそれにあたります。 処方選択の際はこの5剤の中から、患者の病態・アドヒアランス・合併症を考慮して絞り込む手順が合理的です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
なお、前版(2015年版)ではこれら3部位の骨折抑制効果が表形式で明記されていました。2025年版では記載形式が変わり、読み解きに知識が必要になっています。 医療従事者同士での情報共有が重要です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
エメラルド整形外科疼痛クリニック|ガイドライン2025版の「推奨」と「提案」の意味を医師が独自解説(表付き)
2025年版では、「goal-directed treatment(目標指向型治療)」と「anabolic first(骨形成促進薬先行戦略)」が新たな治療コンセプトとして打ち出されました。 これは「差し迫った骨折リスク(imminent fracture risk)」を持つ患者に対し、まず骨形成促進薬で骨密度を速やかに引き上げてから、骨吸収抑制薬で維持するという考え方です。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.34433/og.0000001703)
逐次療法が原則です。
背景にあるのは2つの大規模試験です。FRAME試験では、ロモソズマブ→デノスマブの逐次投与が偽薬→デノスマブと比較して椎体骨折リスクをさらに低下させることが示されました。 ARCH試験では、ロモソズマブ→アレンドロネートがアレンドロネート単独と比較して大腿骨近位部骨折リスクを有意に低下させたことが確認されています。 amgenpro(https://www.amgenpro.jp/products/brand/evenity/product/guideline-2025)
逐次療法のポイントをまとめると以下の通りです。
デノスマブを中止する際の対応は特に重要です。中止後6〜12ヵ月以内に骨密度の急激な低下と多発椎体骨折が生じるリバウンド現象が報告されています。この「デノスマブ中止後の対応」は2025年版でも強調されており、医療従事者が見落とすと患者に重大な不利益をもたらします。
JA長野厚生連|骨粗鬆症治療ガイドライン2025年版の発表(改訂ポイント概要まとめPDF)
薬物療法ばかりが注目されますが、ガイドライン2025年版は栄養療法と運動療法を「骨粗鬆症の治療戦略の柱として重要であることに異論はない」と明記しています。 これは前版から変わらない姿勢です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
栄養療法の核はカルシウムとビタミンDです。2025年版では「骨粗鬆症患者に対してカルシウムを700〜800mg/日、ビタミンDを600〜800IU/日(15〜20μg/日)摂取することを提案する」とされています(エビデンスの強さ:C、合意率:93.8%)。 注目すべきはエビデンスレベルがCであること。つまりカルシウムやビタミンDの単独使用には有意なエビデンスがないという点です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
ただし、カルシウムとビタミンDを同時に摂取することで骨折リスクが低下するというデータは存在します(Lancet 2007など)。 セット摂取が条件です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
一方で注意が必要なのが、カルシウムサプリメントの過剰摂取です。心血管疾患リスクの上昇を示した報告(Bolland MJ et al. BMJ 2008)があり、食事からの摂取を基本とし、不足分をサプリで補う考え方が現実的です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
運動療法については、閉経後女性(60〜82歳)を対象とした研究で腰椎・大腿骨頚部・大腿骨転子部の骨密度上昇が確認されています。 特にバランストレーニングを含むプロトコールが転倒外傷予防に有効であり、太極拳も腰椎骨密度上昇に有効とするエビデンスが存在します(Zhang Y et al. Clin Interv Aging 2019)。 高齢患者への指導では「骨密度を上げる」だけでなく「転倒させない」視点での運動メニュー選択が重要です。 emerald-orthopedic-pain-clinic(https://www.emerald-orthopedic-pain-clinic.com/osteoporosis/osteoporosis-guideline2025/)
ガイドラインを読むだけでなく、実際の患者アウトカムに結びつけるには組織的な介入が必要です。これが骨リエゾンサービス(FLS:Fracture Liaison Service)との統合という視点です。 hanmoto(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784897755021)
2025年版ガイドラインはFLSの取り組みを支援するために必須の参考資料と位置づけられています。FLSとは、脆弱性骨折を経験した患者を多職種で包括的に管理し、「2回目の骨折」を防ぐためのシステムです。これは使えそうです。
医療従事者が現場で押さえるべきポイントは次の通りです。
骨折は「起きてから治す」ではなく「起こさない」が目標です。
ガイドライン2025年版が示す「goal-directed treatment」の概念は、個別の処方判断にとどまらず、施設全体の診療フローの見直しを促すものでもあります。 外来診療において骨粗鬆症管理の「次の診察までの期間」が長くなりがちな現状を踏まえ、デジタルツールや患者教育ツールを活用した継続支援の仕組みを整えることが、2025年以降の医療従事者に求められる実践的な課題といえます。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.34433/og.0000001703)
日本医師会|かかりつけ医に必要な骨粗鬆症への対応(2025年改訂ガイドライン準拠・実践的PDF)