抜釘さえすれば膝は元通り、と思っていると術後に取り返しのつかない筋力低下を招きます。

前十字靭帯再建術(ACLR:Anterior Cruciate Ligament Reconstruction)では、移植腱を骨孔内に固定するためにスクリューやプレートといった金属製インプラントが使用されます。術後の靭帯は骨と癒合し十分な強度を得るまでに一定期間を要しますが、その強度が確保された後は金属を骨内に留め続ける積極的な理由が乏しくなります。これが抜釘術(ばっていじゅつ)を検討する根本的な背景です。
重要なのは、抜釘は必ずしも「全例に必須」の手術ではないという点です。芦屋中央病院の患者説明文書にも「ネジが皮膚の下で当たって痛い、金属アレルギーで金属の周囲が腫れるなどの症状がない限りは必ずしも必要な手術ではありません」と明記されています。ただし、症状がないからといってスクリューを長期間(数年以上)骨の中に入れたままにしておくと、将来抜釘が必要になった際に抜釘困難・骨への癒着が生じるリスクがある点は医療従事者として把握しておくべきです。
つまり抜釘が必要かどうかは症例ごとに判断が必要です。施設によって方針は異なり、「必ず1年後に実施」とするクリニックもあれば、「患者の希望に応じて検討」とする施設もあります。担当する患者に対して「なぜ今抜釘を行うのか」「行わないとどうなるか」を説明できることが、医療従事者としての重要な役割です。
| 抜釘あり | 抜釘なし(経過観察) |
|---|---|
| 異物感・皮膚伸張感の解消 | 再手術リスクを負わない |
| セカンドルックで関節内を直視確認できる | 侵襲がない |
| 将来的な抜釘困難を予防できる | 金属アレルギー等がなければ放置可能 |
| 感染・骨折などの合併症リスクあり(術後管理が必要) | 長期放置で癒着・除去困難になる可能性あり |
参考:抜釘の適応と目的について詳しく解説されている施設説明文書
芦屋中央病院|前十字靭帯再建術後 抜釘 説明文書(PDF)
抜釘の時期は「術後1年を目安」とする施設が多く、川田整形外科をはじめ多くの専門施設でこのスケジュールが採用されています。江本ニーアンドスポーツクリニックでは「術後約1年〜1年半経過した時点で抜釘術を施行」と案内しており、一定の幅をもった設定が一般的です。
なぜ1年前後なのかというと、再建靭帯は術後6〜8週で最も強度が低下する「脆弱化期」を経て、その後徐々に成熟していきます。靭帯の骨孔内への癒合(リモデリング)が概ね1年前後で安定に近づくため、それを待ってからスクリューを除去するという考え方が根拠です。ただし、「1年経てば必ず安全」というわけではなく、再建靭帯の成熟度には個人差があります。
施設ごとに方針が異なる点も実臨床では重要です。抜釘術を一律に行わない施設、患者の希望で決定する施設、全例実施を推奨する施設と、アプローチが分かれています。患者が他施設でACLRを受けてから転院してきた場合や、術後経過を引き継ぐ際には、元の施設の方針を確認したうえで対応する必要があります。
また見落とされがちな点として、術後早期(術後6ヶ月ごろ)から腫脹が引くとスクリューの突起が目立ちやすくなり、異物感として患者が訴えるケースがあります。この時点ですぐに抜釘を希望する患者もいますが、靭帯成熟が不十分な状態での抜釘は腱の固定力を損なうリスクもあるため、適切な時期まで患者に説明しながら待機する判断が求められます。
参考:前十字靭帯再建術後の抜釘タイミングと術後フォローアップの流れ
川田整形外科|前十字靭帯再建術の抜釘術・セカンドルックについて
抜釘術には単なるスクリュー除去以上の臨床的意義があります。それが関節鏡を用いた「セカンドルック(second look arthroscopy)」です。抜釘のタイミングで関節鏡を挿入することで、①再建靭帯の成熟度・損傷の有無、②関節軟骨の変性状態(骨挫傷がある症例では特に重要)、③半月板の回復・残存状態を直視下に確認できます。
これは、MRIや徒手検査では把握しきれない「関節内の実際の状況」を知れる、非常に価値のある機会です。
特に注目すべきは、軟骨変性の評価です。星城大学の修士論文研究(榛地佑介, 2021)では、ACL再建術後約1年半時点で抜釘を受けた132名を分析した結果、大腿骨内側関節面で19%、脛骨内側関節面で23%、膝蓋骨関節面で16%に軟骨変性の進行が認められたと報告しています。つまり、「手術が終われば膝は守られている」とは必ずしも言い切れないのです。
さらに同研究では、術前の膝伸展制限(HHD)が軟骨変性の進行と関連することも示唆されています。リハビリテーション介入においてハムストリングスの筋力改善・膝伸展制限の解消が将来的な変形性膝関節症(KOA)の予防につながる可能性があることは、理学療法士や医師が術前から意識すべき重要なポイントです。
セカンドルックで得られた所見は、その後のリハビリプログラムの修正や患者への長期的説明に活用できます。施設によっては抜釘時にセカンドルックを実施しないこともありますが、特に合併した半月板損傷の縫合例や骨挫傷のあった例では、積極的な関節鏡観察の意義は高いと考えられます。
参考:ACL再建術後抜釘時の軟骨変性と膝関節機能に関する研究
星城大学大学院|ACL再建術後抜釘時における膝関節軟骨変性と膝関節機能・歩行対称性の関連(PDF)
抜釘術は再建術に比べて侵襲が小さく、術後の痛みは「初回手術の約6/100程度」という報告(川田整形外科)もあります。しかし「簡単な手術だから問題ない」と軽視するのは危険です。医療従事者として把握すべき合併症は複数あります。
まず感染です。術後の創部感染は500人に1人の割合で発生するとされており(芦屋中央病院 説明文書)、特に口腔内に歯槽膿漏や虫歯を抱えている患者では感染リスクが高まるとされています。術前に歯科治療を勧めることも重要な感染予防となります。
次に抜釘困難のリスクがあります。ネジが骨に過度に癒着している場合、単純に除去できず周囲の骨を一部切除する必要が生じます。術中にネジが折損した場合も同様の対応が必要です。これは特に初回再建術から長年が経過した後に「やはり抜釘したい」と希望する患者で問題になることがあります。早期から抜釘の可能性を念頭に置いた説明の重要性がここにあります。
また骨折リスクも見逃せません。スクリュー抜去後は骨に小さな欠損が残り、一時的に骨強度が低下します。特に脛骨スクリューの抜去後は術後しばらく転倒・衝突を避けることが推奨されます。術後の生活指導においてこの点を患者に説明しておくことが重要です。
その他に、複合性局所疼痛症候群(CRPS)、神経麻痺(皮切周囲の知覚障害は1/3〜1/2に見られるが多くは経過観察で改善)、ケロイド形成なども合併症として挙げられます。発生率は低いものの、患者に術前説明を丁寧に行い同意を得ることが医療安全の観点からも求められます。
抜釘後のリハビリは「初回再建術後のリハビリ」と同等に重要です。この認識が欠けると、最終的なスポーツ復帰の質が大きく落ちます。
抜釘術後の膝関節には腫脹が生じ、一時的な可動域制限と筋力低下が避けられません。川田整形外科の報告では、「退院時までに術前の筋力レベルに完全に回復しないことがほとんど」と述べられており、これは患者への事前説明として非常に重要です。退院時に「もう普通に動ける」と誤解した患者がすぐに競技復帰し、再断裂を起こす事例は実臨床でも起こりえます。
抜釘後のリハビリの目標は①膝関節可動域の回復(正座ができる程度まで)、②大腿四頭筋・ハムストリングスの筋力回復、③腫脹のコントロール(物理療法の活用)の3点が中心になります。正座ができない状態が続く場合は膝周辺の癒着や滑走性低下が残存している可能性があり、丁寧なアプローチが必要です。
ここで注目したいのが、ACL再建術後のKOAリスクです。2026年1月に公開されたメタ解析(CareNet学術ニュース)によれば、ACL再建術後のKOA発症率は平均8.29%に上り、術後の大腿四頭筋筋力低下・軟骨損傷の合併・H/Q比の低下がKOAリスク因子として特定されています。つまり、抜釘後のリハビリにおけるハムストリングスと大腿四頭筋のバランス管理(H/Q比の回復)は、単なる筋力訓練を超えた長期予後管理の視点と言えます。
スポーツ復帰の目安としては、抜糸後すぐの復帰は避け、「術後1ヶ月を目安に筋力が術前レベルに回復してからの完全復帰」が推奨されています。コンタクトスポーツや屋外スポーツでは傷口への物理的衝撃・感染防止の観点からさらに慎重な管理が必要です。
独自視点として強調したいのは、「抜釘後のリハビリを初回再建術後のプロトコールと別物として設計する視点」の重要性です。初回術後は靭帯の再建・保護が最優先ですが、抜釘後のリハビリは「すでにある程度機能回復した膝の最終調整」という位置づけになります。患者のスポーツ競技レベル・活動目標・軟骨の変性状態に応じて、セカンドルック所見を活用しながら個別化されたプログラムを組むことが、理学療法士・整形外科医の双方に求められるアプローチです。
参考:ACL再建術後のKOA発症リスク因子を特定したメタ解析(2026年1月)
CareNet学術ニュース|前十字靱帯再建術後の変形性膝関節症、9つのリスク因子を特定
参考:ACL再建術後のリハビリテーション全体像と復帰基準について
江本ニーアンドスポーツクリニック|前十字靭帯再建術(手術・術後リハビリの流れ)