ノイラミニダーゼ阻害薬は、インフルエンザウイルス表面にあるノイラミニダーゼという酵素の活性を阻害する薬剤です 。インフルエンザウイルスが細胞内で増殖した後、新しく作られたウイルスが細胞から放出される際にノイラミニダーゼが必要となりますが、この酵素を阻害することでウイルスを細胞表面に留め、体内での拡散を抑制します 。[1][2]
ノイラミニダーゼの主な機能は、感染細胞からのウイルスの遊離と、細胞から遊離したウイルスの凝集防止という2つの重要な作用があります 。この薬剤は活性部位に付着してノイラミニダーゼの機能を阻害するため、気道の細胞内部で増殖したインフルエンザウイルスが周囲の細胞への感染を広げることを防ぎます 。
参考)https://jsv.umin.jp/journal/v55-1pdf/virus55-1_111-114.pdf
日本で承認されているノイラミニダーゼ阻害薬は4つあり、それぞれ投与方法や特徴が異なります 。[4]
**オセルタミビル(タミフル)**は経口薬で、1日2回5日間の服用が必要です 。小児から成人まで幅広く使用できる利便性の高い薬剤として位置づけられています 。
参考)https://www.hospital.iwata.shizuoka.jp/medicine/032/
**ザナミビル(リレンザ)**は吸入薬で、1日2回5日間の吸入が必要です 。耐性ウイルスの報告がほとんど見られない特徴があり、特にB型インフルエンザに対して高い効果を示すとされています 。
参考)https://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=37
**ラニナミビルオクタン酸エステル(イナビル)**は長時間作用型の吸入薬で、1回の投与で治療が完了する画期的な特徴があります 。成人では40mg、小児では20mgを単回吸入することで持続的な効果が得られます 。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/oseltamivir-phosphate/
**ペラミビル(ラピアクタ)**は静脈注射薬で、経口摂取が困難な重症患者や入院患者に適応されます 。1回の点滴静注で治療が完了するため、重症例において有用性が高い薬剤です 。
ノイラミニダーゼ阻害薬の治療効果は、発症からの投与タイミングが重要な要因となります。添付文書には「インフルエンザ感染症の発症から2日以内(48時間以内)に投与を開始する」ことが明記されており、この時間内での投与が治療効果を最大化します 。[6]
臨床研究では、発症後48時間以内にノイラミニダーゼ阻害薬を投与した場合、罹病期間の短縮と症状の軽快が証明されています 。特に健康な成人では、プラセボ群と比較して下気道感染や入院リスクが有意に減少することが報告されています 。
4種類のノイラミニダーゼ阻害薬はいずれもA型・B型インフルエンザに対して有効で、治療効果に大きな差はないとされています 。ただし、副作用の発現については薬剤ごとに特徴があり、特に小児・未成年者において異常行動などの精神・神経症状が報告されていますが、薬剤との関連性については明確な結論に至っていません 。
参考)https://passmed.co.jp/di/archives/3074
ノイラミニダーゼ阻害薬の使用に伴う耐性ウイルスの出現は、重要な臨床課題となっています。特に2008年頃には、A(H1N1)型ウイルスにおけるH275Y変異を有する耐性株の流行が世界的に問題となりました 。[9]
現在も日本では、A(H1N1)pdm09分離株の1~4%がH275Y変異を有する耐性株を占めており、これらの株はオセルタミビルとペラミビルに対して感受性が低下しています 。一方で、ザナミビルとラニナミビルへの感受性は保たれているため、耐性株が疑われる場合はこれらの薬剤の選択が推奨されます 。
参考)https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20241202_2024-2025_infuru_shishin.pdf
耐性ウイルスに感染した患者では、オセルタミビル感受性株と比較して発熱期間が有意に延長することが報告されており(平均89時間vs40時間)、臨床的な影響が確認されています 。この問題に対処するため、新しい作用機序を持つ抗インフルエンザ薬の開発が進められ、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬であるバロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ)が導入されています 。
参考)https://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=14
ノイラミニダーゼ阻害薬は、新型インフルエンザ(パンデミック)対策の中核を担う重要な治療薬として位置づけられています。高病原性鳥インフルエンザH5N1型が人から人への感染を起こすようになった場合の世界的大流行に備え、各国でノイラミニダーゼ阻害薬の備蓄が行われています 。[1]
WHO は、新型インフルエンザに対してノイラミニダーゼ阻害薬による治療を推奨しており、日本を含む各国では、経口内服薬で幼児から高齢者まで服用しやすいオセルタミビルを中心とした備蓄戦略を採用しています 。2009年のH1N1パンデミック時の経験から、早期診断と適切な抗ウイルス薬治療により、重症化防止と感染拡大の抑制効果が実証されています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001275741.pdf
また、ノイラミニダーゼ阻害薬は治療効果だけでなく、インフルエンザの予防投与としても有効性が認められています。タミフル、リレンザ、イナビル、ゾフルーザは発症前の予防投与として使用できるため、高リスク患者や医療従事者の感染予防対策としても重要な役割を果たしています 。
参考)https://doctorbook.jp/contents/405
新規開発されているノイラミニダーゼ阻害薬では、チアゾリジン-4-カルボン酸誘導体がインフルエンザA型(H7N3株)に対して有望な阻害効果を示すことが報告されており、既存の薬剤に加えて新しい選択肢の可能性が広がっています 。
参考)https://academia.carenet.com/share/news/72bc929e-7d39-40de-997d-3c3c2103b67b