脳死耳聞こえる判定の実態を医療従事者向け解説

脳死状態での聴覚機能について、聴性脳幹反応検査や実際の症例を通じて、医療従事者が知るべき判定基準と現実を詳しく解説します。家族への説明時の疑問に答えます。

脳死耳聞こえる判定の実態

脳死状態における聴覚機能
🧠
脳幹機能の状態

脳幹全体の機能停止による聴覚神経系への影響

👂
聴性脳幹反応

音刺激に対する脳幹反応の客観的検査法

⚖️
判定基準

法的脳死判定における聴覚検査の位置づけ

脳死患者における聴性脳幹反応の医学的意義

脳死の判定において、聴性脳幹反応(ABR:Auditory Brainstem Response)検査は重要な客観的指標として位置づけられている。
ABRは1970年にJewettによって発見されて以来、意識障害や脳死判定の補助診断法として、NICUやICUにおいて確立された検査法である。音刺激後10msec以内の短潜時反応として、脳幹の機能状態を客観的に評価できる。
検査方法としては、最大音圧105dBまたは85dB程度の音刺激を両耳に与え、頭皮上の電極で記録される。正常では6〜7個の電位により構成される波形が得られ、第I波から第V波までの反応が確認される。
脳死判定における聴性脳幹反応の特徴は以下の通りである。

 

  • 第I波のみ出現:蝸牛神経の反応は保たれるが、中枢性の反応は消失
  • 無反応:全く反応が得られない状態
  • I-V波間潜時の延長:脳幹機能の段階的障害を示す

注意すべき例外的症例 📊
興味深いことに、脳波がisoelectricで臨床上脳死と判定された29例中11例において、ABRの第I波から第V波までの波形が認められ、うち8例ではI-V波間潜時も4.4msec以内とほぼ正常反応に近い結果を示した。これは従来の報告とは異なる重要な知見である。

脳死状態での聴覚機能と神経病理学的変化

脳死状態における聴覚機能の実際について、病理学的観点から詳細に検討すると、複雑な状況が明らかになる。
内耳および聴神経の状態
脳死症例の側頭骨病理検査では、多くの場合コルチ器が融解状態にあるが、例外的によく保たれている症例も存在する。コルチ器融解例では前下小脳動脈の分枝である迷路動脈の血行障害が生じている。
脳幹内血流と聴覚中継核の状態
神経病理学的検査によると、脳死状態では以下のような特徴的変化が認められる。

 

  • 脳幹内血管:赤血球のゴースト化、ヘモグロビン消失
  • 脳底動脈:血流は比較的保たれている
  • 蝸牛神経核:著明な神経細胞脱落
  • 他の聴覚中継核:比較的良好な保存状態

これらの所見は、脳死状態では脳幹内血流が途絶しているが、脳底動脈には一定の血流が存在することを示している。
実験動物での知見 🔬
ラットの脳死実験モデルでは、興味深い結果が得られている。

 

  • 両側頚動脈結紮モデル:6〜12時間後もABRはほとんど影響なし
  • 脳底動脈結紮モデル:直ちに第I波のみとなり、その後無反応
  • 全脊麻モデル:数分で無反応になるが、その後徐々に回復し正常波形に

脳死判定における聴覚検査の実施手順と解釈

法的脳死判定においては、聴性脳幹反応検査が補助検査として義務づけられている。
検査実施条件
聴性脳幹反応検査は以下の条件で実施される。

 

  • 刺激条件:最大音圧105dB、両耳刺激
  • 電極配置:Cz-A1、Cz-A2導出
  • 評価項目:波形の有無、潜時、振幅

判定基準と解釈
脳死判定では、以下の段階的変化が観察される:

  1. 正常反応低電位潜時延長部分消失無反応

意識障害では、潜時の遅い反応成分から順次消失していくパターンが特徴的である。これは脳幹障害がrostro-caudalに進行することを反映している。
臨床的意義と限界 ⚠️
重要な点として、ABRの変化と神経学的所見の時間的対応は必ずしも一致しない。神経学的所見が当初から変化がない症例でも、ABR所見は短時間で著明に変化することがある。
検査の限界として以下が挙げられる。

 

  • 内耳損傷や鼓膜損傷がある場合の評価困難
  • 高位脊髄損傷による評価制限
  • 確認できる項目のみでの総合的判断の必要性

脳死患者家族への聴覚機能に関する説明のポイント

医療従事者として、脳死患者の家族から「まだ聞こえているのではないか」という質問を受けることがある。この疑問に対する適切な説明は極めて重要である。

 

科学的根拠に基づく説明
脳死状態では脳全体の機能が不可逆的に停止しており、以下の理由から聴覚による認知は不可能とされている。

 

  • 大脳皮質の機能停止:音の認知・理解に必要な領域の機能消失
  • 海馬の変性:記憶・学習機能の完全な消失
  • 意識の不在:認知・感情・思考すべての精神機能の停止

家族の心理的側面への配慮 💝
しかし、絶対的な断定は避け、以下のような配慮ある説明が推奨される。

 

「医学的には、脳死状態では聞こえたり思ったりすることはできないと考えられています。しかし、絶対にそうだとは言い切れません。なぜなら、本当の脳死状態から回復した例も報告されているからです」
この表現は、科学的事実を伝えながらも、家族の心情に寄り添う姿勢を示している。

 

実際の対応例 🏥
臨床現場では、以下のような段階的説明が有効である。

 

  1. 脳死の概念説明:植物状態との違いを明確化
  2. 検査結果の提示:ABR検査結果の客観的データ
  3. 回復可能性の説明:現代医学では元に戻らないことを説明
  4. 家族の気持ちの受容:話しかけたい気持ちを否定しない

脳死判定における聴覚検査の独自視点と今後の課題

脳死診断における聴覚検査について、従来の医学教科書には記載されていない独自の視点と課題を検討する。

 

ECMO装着下での聴覚検査の新たな課題 🔄
近年、ECMO(体外式膜型人工肺)装着患者からの臓器提供事例が増加している。VA-ECMO装着下での法的脳死判定では、従来の聴覚検査手順に以下の課題が生じる:

  • 機械音による検査環境への影響
  • 血行動態の人工的維持による聴覚神経系への影響
  • 無呼吸テスト中のスイープガス調整との相互作用

実際の症例では、ECMO装着下でも聴性脳幹反応検査が実施され、第6病日に法的脳死判定が完了している。このような新しい医療技術下での検査標準化が急務である。
小児脳死における聴覚検査の特殊性 👶
小児の脳死判定では、成人とは異なる配慮が必要である:

  • 6歳未満の小児:24時間間隔での2回検査実施
  • 生後12週未満:法的脳死判定対象から除外
  • 発達段階による聴覚神経系の成熟度差異

興味深いことに、「脳死とされうる状態と判断されてから長期生存している低酸素性虚血性脳症の小児4症例」の報告もあり、小児における判定の困難さが示されている。
将来的な技術革新の可能性 🔬
脳死判定における聴覚検査の精度向上のため、以下の技術開発が期待される。

 

  • 高精度ABR解析システム:ノイズ除去技術の向上
  • マルチモダリティ検査:fMRIとABRの併用評価
  • 人工知能による波形解析:客観性の向上と診断支援

国際基準との整合性確保
日本の脳死判定基準は諸外国と比較して厳格である一方、ECMO装着下の臓器提供など新しい医療状況への対応が遅れている。国際基準を参考としたガイドライン整備と、標準化されたプロトコル構築が必要である。
教育・研修体制の充実
脳死判定に関わる医療従事者への継続的教育として、以下が重要である。

 

  • 最新の検査技術習得
  • 倫理的配慮の理解深化
  • 家族対応スキルの向上
  • 多職種連携体制の構築

医療技術の進歩に伴い、脳死判定における聴覚検査の意義と限界を正しく理解し、患者・家族に適切な説明ができる専門性が求められている。

 

法的脳死判定の最新ガイドライン(2024年版)では、聴覚検査を含む総合的な判定基準が詳細に記載されています
厚生労働省研究班による脳死判定疑義解釈に関する最新研究報告書