乳酸リンゲル液は、ナトリウム、カリウム、カルシウム、塩化物イオンに加えて、28mmol/Lの乳酸イオンを含有している電解質補充液です。この乳酸濃度は生理学的な血中乳酸濃度(0.5-1mmol/L)と比較して約28倍と高濃度となっています。
乳酸リンゲル液の電解質組成は、**Na⁺ > Cl⁻**という特徴を持ち、細胞外液の電解質組成により近いバランスを実現しています。浸透圧は278mOsm/Lで等張液として分類され、塩素濃度は109mmol/Lとヒト血漿に近い値を示します。
乳酸の代謝については、約2/3が肝臓で代謝される特徴があります。肝細胞内で乳酸はピルビン酸に変換され、最終的に重炭酸イオン(HCO₃⁻)として酸塩基平衡の維持に貢献します。この代謝過程により、体内でアルカリ化剤として機能し、代謝性アシドーシスの補正に有効です。
酢酸リンゲル液は、乳酸イオンの代わりに酢酸イオンを含有した電解質補充液です。酢酸イオンの最大の特徴は、肝臓だけでなく全身の筋肉や腎臓でも代謝されることです。これにより肝機能が低下している患者でも適切にアルカリ化剤として機能します。
酢酸の代謝速度は乳酸と比較して速く、速やかに酸塩基平衡(アシドーシス)が是正されるという利点があります。また、酢酸は生理的に代謝されやすく、小児などでも問題になりにくい特性を持っています。
酢酸リンゲル液の代謝過程では、有酸素需要が低く、代謝過程における肝臓への負担が乳酸リンゲル液と比較して少ないことが報告されています。このため、肝不全やショックなどの病態では、酢酸リンゲル液が選択される理由となっています。
乳酸リンゲル液は、出血性ショック、熱傷、手術時、代謝性アシドーシスの治療に適応があり、細胞外液補充液として広く使用されています。等張液の中では最も細胞外液の電解質組成に近い製剤として評価されています。
ただし、乳酸リンゲル液使用時の重要な注意点として、肝機能障害患者では乳酸代謝ができず、乳酸性アシドーシスを招く可能性があります。特に肝不全やショック状態などの乳酸が蓄積しやすい病態では慎重な使用が求められます。
また、乳酸リンゲル液はカルシウムを1.5mmol/L含有しているため、クエン酸を添加している血液製剤と混合すると凝血塊が生じ、リン酸イオンや炭酸イオンを含む製剤と混合すると沈殿が生じる相互作用があります。カリウム含有量が4mmol/Lであるため、高カリウム血症のリスクがある患者にも注意が必要です。
酢酸リンゲル液の最大の臨床的優位性は、乳酸代謝に障害のある疾患や病態(特に循環不全や肝障害時)での有用性にあります。肝機能低下時でもアルカリ化剤として確実に作用するため、幅広い病態で安全に使用できます。
体外循環手術における比較研究では、乳酸リンゲル液と酢酸リンゲル液の使用により、術後の酸塩基平衡、血行動態、血液生化学検査、サイトカインに有意差は認められませんでした。しかし、酢酸リンゲル液群ではアシドーシスの補正により有用であるとの結果が報告されています。
胆道閉鎖症患児における周術期の比較研究では、酢酸リンゲル液の使用により、肝機能や代謝障害を考慮した適切な酸塩基平衡の維持が可能であることが示されています。この研究結果は、肝機能が未熟な小児領域での酢酸リンゲル液の有用性を裏付けています。
近年の研究では、プラズマ活性乳酸リンゲル液によるがん治療への応用という革新的なアプローチが報告されています。2016年には、プラズマ活性乳酸リンゲル液やプラズマ活性酢酸リンゲル液による抗腫瘍効果が発見され、臨床応用に向けた研究が進められています。
特に注目すべきは、ハイパーサーミア(42°C)とプラズマ活性酢酸リンゲル液(PAA)の併用による相乗的な抗腫瘍効果です。A549ヒト非小細胞肺癌細胞株を用いた研究では、単独治療と比較して併用により相乗的な細胞毒性を示すことが確認されています。
この治療法のメカニズムとして、PAA処理とハイパーサーミアの併用により細胞内活性酸素種が増大し、DNAの断片化とPARP-1の活性化が促進されることが明らかになっています。さらに、TRPM2チャネルが活性化されて細胞内Ca²⁺が増加することで細胞死が誘導される詳細な経路も解明されており、正常細胞への毒性は認められないという選択性も確認されています。