リビングウィル(Living Will)は、英語の「living」(生きている)と「will」(遺書・意思)を組み合わせた概念で、患者が元気なうちに終末期医療に関する意思を文書化したものです。医療従事者にとって、リビングウィルは患者の自己決定権を尊重し、終末期における医療の質を向上させる重要なツールとなります。
リビングウィルの主な内容には以下が含まれます。
医療現場では、リビングウィルは単なる文書ではなく、患者の価値観や人生観を反映した重要な意思表示として捉える必要があります。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人の意思を最大限尊重する旨が明記されており、リビングウィルはその意思確認の重要な手段となっています。
現在、日本尊厳死協会に登録されているリビングウィル作成者は約10万人で、人口の0.1%に過ぎませんが、会員以外も含めると人口の3.2%がリビングウィルを作成していると推計されています。医療従事者は、この数字の背景にある患者・家族のニーズを理解し、適切な支援を提供することが求められます。
リビングウィル作成において、医療従事者の説明能力は極めて重要です。患者や家族が十分な理解のもとで意思決定できるよう、段階的で丁寧な説明が必要となります。
効果的な説明のステップ:
医療従事者は、リビングウィルが「死への準備」ではなく「自分らしい生き方の延長」であることを強調し、患者の不安を軽減することが重要です。また、15歳以上であれば誰でも作成可能であり、健康なうちに作成することの意義を説明する必要があります。
家族への配慮事項:
家族はリビングウィル実現において重要な役割を担うため、以下の点に注意した説明が必要です。
日本におけるリビングウィルの法的位置づけは、アメリカやオーストラリアなどと異なり、明確な法的拘束力を持たないのが現状です。1995年の横浜地裁判決では尊厳死の要件が示されていますが、法制化には至っていません。
法的な現状と課題:
医療従事者は、この法的な曖昧さを理解し、患者・家族に適切に説明する必要があります。リビングウィルがあっても必ずしも記載通りの医療が提供されるとは限らないことを、誠実に伝えることが重要です。
実際の医療現場での取り扱い:
日本尊厳死協会の調査によると、リビングウィルの実現率は約9割となっており、法的拘束力がなくても多くの場合で本人の意思が尊重されています。ただし、以下の要因が実現を困難にする場合があります。
リビングウィル作成は一度限りの行為ではありません。患者の病状変化、価値観の変化、医療技術の進歩などに応じて、定期的な見直しが必要です。
定期的な見直しのタイミング:
フォローアップの具体的方法:
医療従事者は、リビングウィルの変更や撤回が患者の権利であることを理解し、変更に対して否定的な反応を示さないよう注意が必要です。むしろ、患者が自分の意思について深く考え続けていることを肯定的に評価すべきです。
リビングウィルの効果的な実現には、医師、看護師、ソーシャルワーカー、薬剤師、理学療法士など、多職種からなる医療チームの連携が不可欠です。この連携の質が、患者の意思の実現度を大きく左右します。
多職種連携の具体的な役割分担:
医師の役割:
看護師の役割:
ソーシャルワーカーの役割:
効果的な連携のための工夫:
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)との統合:
厚生労働省が推進する「人生会議」としてのACPは、リビングウィル作成・実現の過程で重要な役割を果たします。医療チームは、ACPの本質である「繰り返し行う開かれた対話」を通じて、患者・家族との信頼関係を構築し、より良い意思決定支援を提供することができます。
ACPを効果的に実践するためには、以下のポイントが重要です。
医療従事者は、リビングウィルが単なる文書ではなく、患者の人生観や価値観を反映した重要な意思表示であることを深く理解し、その実現に向けて専門職としての責任を果たすことが求められています。
厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf
日本尊厳死協会の詳細な活動内容と登録方法について
https://songenshi-kyokai.or.jp/