胆汁酸排泄促進薬は、消化器疾患や便秘症の治療において重要な役割を果たしています。これらの薬剤は作用機序により大きく3つのカテゴリーに分類され、それぞれ異なる臨床適応と特徴を持っています。
近年の研究により、胆汁酸の腸肝循環における役割がより詳細に解明され、新たな治療戦略が開発されています。胆汁酸は肝臓で合成された後、胆嚢に蓄えられ、食事に伴って十二指腸へ排出され、小腸で約95%が再吸収されて肝臓に戻る「腸肝循環」を形成しています。
胆汁酸製剤は、天然由来または合成された胆汁酸成分を主体とする薬剤群です。代表的な薬剤として以下が挙げられます。
ウルソデオキシコール酸は、元々熊の胆汁を乾燥した「熊胆(ユウタン)」に含まれる有効成分として知られていました。現在では合成技術により効率的に製造されており、5つの胆汁酸タイプの中で最も親水性が高く、消化器官への刺激が少ないという特徴があります。
UDCAは経口摂取後、そのまま腸肝循環のサイクルに入り、肝臓に働きかけることで胆汁酸の分泌を促進します。継続的な服用により、消化器を刺激するタイプの胆汁酸が徐々にUDCAに置き換えられていくことが確認されています。
利胆薬は、胆道疾患によって胆汁の排出が阻害された場合に使用される薬剤群で、作用機序により以下のように分類されます。
催胆剤(胆汁分泌促進剤)
排胆剤(胆汁排出促進剤)
デヒドロコール酸は1881年にHammarsten によってコール酸の酸化により製造された化合物で、強力な速効性の胆汁分泌促進薬として知られています。現在、薬価基準に収載されている利胆剤の注射剤は10%デヒドロコール酸注「ニッシン」のみとなっており、特殊な地位を占めています。
この薬剤の特徴として、胆汁量は増加するが胆汁中の固形分の増加は伴わないため、低比重の胆汁分泌が起こります。ただし、重大な副作用としてショックが現れることがあるため、使用時には十分な注意が必要です。
胆汁酸トランスポーター阻害薬は、従来の利胆薬とは全く異なる作用機序を持つ新しいカテゴリーの薬剤です。
グーフィス錠5mg(エロビキシバット水和物)
作用機序は回腸末端部の胆汁酸トランスポーター(IBAT:ileal bile acid transporter)を阻害することにより、胆汁酸の再吸収を抑制し、大腸管腔内に流入する胆汁酸の量を増加させることです。
この増加した胆汁酸により、以下の2つの主要な効果(デュアルアクション)が発揮されます。
この作用機序は世界初の便秘治療法として注目されており、従来の下剤とは根本的に異なるアプローチを提供しています。
胆汁酸捕捉薬は、腸管内で胆汁酸と結合して体外への排泄を促進する薬剤群です。主にコレステロール低下作用や胆汁酸性下痢の治療に使用されます。
主要な胆汁酸捕捉薬
胆汁酸捕捉薬の作用機序は、イオン交換樹脂として機能し、腸管内で胆汁酸と不溶性の複合体を形成することです。これにより胆汁酸の腸肝循環が遮断され、肝臓でのコレステロールから胆汁酸への変換が促進されます。
特に、胆汁酸性下痢の患者において、過剰な胆汁酸を捕捉することで下痢症状の改善が期待できます。また、家族性高コレステロール血症の治療においても重要な役割を果たしています。
コレセベラム(コレバイン)は、第2世代の胆汁酸捕捉薬として開発され、従来のコレスチラミンと比較して服用しやすい錠剤型が利用可能で、副作用プロファイルも改善されています。
胆汁酸排泄促進薬の選択においては、患者の病態、症状の重篤度、併用薬剤、経済性などを総合的に考慮する必要があります。
病態別選択指針
未来への展望と独自の視点
胆汁酸研究の最新動向として、FXR(farnesoid X receptor)を介した胆汁酸の転写調節機構の解明が進んでいます。これにより、胆汁酸が単なる消化液成分ではなく、代謝調節に関わるホルモン様物質としての機能が明らかになっています。
特に注目すべきは、胆汁酸による脂肪合成系の制御機構です。FXRの活性化により、肝臓ではBSEP(bile acid export pump)の発現が上昇し胆汁中への胆汁酸排泄が促進される一方で、NTCP(sodium-taurocholate cotransporting protein)の発現低下により門脈血からの胆汁酸取り込みが抑制されます。
この知見は、将来的に糖尿病や非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の治療戦略として胆汁酸排泄促進薬が応用される可能性を示唆しています。
臨床現場での実践的考慮事項
薬剤選択時の独自の判断基準として、以下の点を提案します。
胆汁酸排泄促進薬の分野は、基礎研究の進歩とともに新たな治療選択肢が開発されており、今後も注目すべき領域といえるでしょう。
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