75歳以上の女性にFRAXを使うと、ほぼ全員が治療対象になってしまいます。
FRAX(Fracture Risk Assessment Tool)は、WHO(世界保健機関)の国際共同研究グループが開発した骨折リスク評価プログラムです。世界6万人を超える前向きコホートデータをもとに構築されており、40歳以上を対象に「今後10年以内に主要骨粗鬆症性骨折が発生する確率(%)」を数値で出力します。
FRAXが対象とする主要骨粗鬆症性骨折(MOF:Major Osteoporotic Fracture)は、以下の4部位のいずれかが起こる10年確率として定義されています。
これは臨床的に非常に重要な点です。転倒のたびに問題になる「肋骨骨折」や「骨盤骨折」はMOFに含まれません。スウェーデンのデータでは、これらを加算すると約10%値が上昇するという試算もありますが、診断が難しく標準化できないため現状は除外されています。そういう設計なのだと理解しておけばOKです。
国別FRAXモデルは、その国の骨折発生率と平均余命に基づいて個別に調整されています。日本版FRAXも2008年に藤原ら(Osteoporosis International誌)により開発されており、日本人コホートを用いた妥当性検証も行われています。つまり日本版を使うことが原則です。
FRAX計算は無料のウェブツールとしてアクセス可能で、臨床の場で骨密度検査の前段階から活用できます。
参考:骨粗鬆症財団によるFRAX説明ページ(ツールへのリンクあり)
https://www.jpof.or.jp/osteoporosis/selfcheck/frax.html
FRAXの入力項目は全部で12項目(BMDを含む場合)です。BMDを入力しない場合は11項目となり、骨密度未測定のままでも計算が成立します。これはFRAXの大きな特徴の一つです。
| # | 項目 | 入力の注意点 |
|---|---|---|
| 1 | 年齢 | 40歳未満を入力すると40歳の確率が出力される |
| 2 | 性別 | 男女で出力値が異なる |
| 3 | 体重(kg) | 低体重はリスク上昇要因 |
| 4 | 身長(cm) | BMIが内部計算に使われる |
| 5 | 既存骨折歴 | 成人後の脆弱性骨折に限る。形態学的無症候性椎体骨折も「あり」で入力可 |
| 6 | 両親の大腿骨近位部骨折歴 | 父母のどちらかでも該当すれば「あり」 |
| 7 | 現在の喫煙 | 量に応じた用量反応があるが、Yes/Noのみ入力 |
| 8 | 糖質コルチコイド使用 | プレドニゾロン換算5mg/日以上、3ヶ月以上が目安 |
| 9 | 関節リウマチ | 2型糖尿病患者への対処として「あり」を入力する方法が提案されている(詳細後述) |
| 10 | 続発性骨粗鬆症 | 1型糖尿病・吸収不良症候群など特定疾患が対象 |
| 11 | アルコール摂取 | 1日3単位(純アルコール約36g)以上が基準 |
| 12 | 大腿骨頸部BMD(任意) | NHANES IIIの白人女性20〜29歳を基準としたTスコアを入力する |
BMDを入力する際は、参照標準に注意が必要です。正確には「NHANES IIIデータベースによる20〜29歳白人女性を基準にしたTスコア」を使います。地域のデータベースや民族別基準から算出したTスコアを使うと、誤った結果が出ます。これは見落としやすいポイントです。
また、情報が不明な項目は「いいえ」として入力するのが原則です。たとえば家族歴が不明な場合も「いいえ」で処理します。欠測値の扱いをどうするかを患者ごとに変えてしまうと、スコアの一貫性が失われます。そこが基本です。
参考:厚生労働科学研究によるFRAX検診マニュアル(入力方法の詳細)
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/…FRAX.pdf
FRAXの出力は2種類あります。「主要骨粗鬆症性骨折(MOF)の10年確率(%)」と「大腿骨近位部骨折の10年確率(%)」です。日本の骨粗鬆症ガイドライン(2011年版以降)では、前者の「主要骨粗鬆症性骨折確率15%以上」が薬物治療開始基準の一つとして設定されています。
ただし、この基準に重大な例外があります。それが年齢制限です。
75歳以上の女性では、ほぼすべての対象者がFRAX値15%を超えてしまいます。FRAXのカットオフ値が15%と設定された根拠は「治療を実際に受けている国内患者の骨折確率が約15%だった」というデータによるものです。つまり既に治療中の方の平均値が基準になっています。
そのため75歳以上では、家族歴がない場合でも多くがスコア閾値を超えてしまい、基準として機能しません。日本のガイドラインはFRAXによる薬物治療開始基準の適用を75歳未満に限定しています。75歳以上は原則として別の判断基準(骨密度値や既存骨折の有無など)で治療方針を検討します。
年齢帯ごとの目安を整理すると次のようになります。
結論はシンプルです。FRAXは40〜74歳の骨量減少患者において最も有効に機能します。高齢者ほど他の評価指標と組み合わせた判断が必要です。
参考:日本骨粗鬆症学会による2025年版ガイドラインの刊行情報
https://www.jpof.or.jp/news/detail.html?itemid=160&dispmid=704
FRAXは強力なツールですが、いくつかの状況では骨折リスクを実際より低く算出してしまいます。臨床現場で特に気をつけたい代表的なケースが3つあります。
① 2型糖尿病の患者
2型糖尿病患者は非糖尿病患者に比べて骨密度(BMD)が高い傾向があります。一見すると骨が強そうに見えますが、実際の骨折リスクは高いという矛盾した状態です。FRAXの計算にはBMDが反映されるため、「BMDが高い=低リスク」と誤評価されやすいのです。
2015年版の日本のガイドラインでも「2型糖尿病ではFRAXに基づく骨折リスクは過小評価される」と明記されています。対処として、FRAXの「関節リウマチ」欄を「あり」に設定することで、骨折リスクを上方修正する方法が専門家から提案されています。これは暫定的な運用ですが、覚えておくと実臨床で役立ちます。
② 転倒歴がある患者
FRAXには転倒歴を入力する項目がありません。転倒歴はFRAXから独立して骨折リスクを予測することが複数の研究(Harvey et al., JBMR 2018など)で示されています。転倒を繰り返している患者はFRAXスコアが低くても注意が必要です。FRAXplus®では転倒歴の影響を反映した調整アルゴリズムが追加されており、この点で従来ツールより優れています。
③ 腰椎と大腿骨頸部のBMDに乖離がある患者
腰椎TスコアのほうがFRAXに使用する大腿骨頸部Tスコアより大幅に高い場合、FRAXは骨折確率を過大評価する方向にバイアスがかかることが報告されています。逆に大腿骨頸部BMDが腰椎より極端に低い場合も、臨床判断での補正が必要です。乖離がある場合は要注意です。
これら3パターンをまとめると「FRAXの数値を鵜呑みにせず、患者の臨床背景でスコアを読む」という姿勢が大切です。スコアはあくまで出発点だと覚えておけばOKです。
参考:GEヘルスケア「生活習慣病を合併する骨粗鬆症診療の注意点」(2型糖尿病とFRAXの詳細)
https://www.gehealthcare.co.jp/products/bone-and-metabolic-health/clinical/cv-suzuki-01
FRAXはスコアを出して終わりではありません。近年注目されているのが、FRAX単独ではなく「TBS(Trabecular Bone Score)との組み合わせ」による予測精度の向上です。
TBSとは、DXA画像の腰椎データから骨微細構造を反映させる指標で、骨密度とは独立して骨折リスクを予測することが示されています。2025年版の日本骨粗鬆症ガイドラインでも「TBSをFRAXに組み合わせることでFRAXの骨折予測能が向上する」と明記されました。これは使えそうです。
たとえば2型糖尿病患者では、骨密度が正常値でもTBSが低下しており、「骨の質」が劣化していることを示します。このようなケースではFRAX+TBSで評価することで、過小評価を補正できる可能性があります。腰椎術後や高度変形椎体を除いてL1〜L4の平均値が使用でき、退行性変化の影響が少ない点もTBSの利点です。
一方、FRAXplus®(フラックスプラス)は2024年以降に公開が進んでいる改良版ツールです。従来のFRAXに対して以下の調整機能が追加されています。
臨床の場では、まずFRAX(またはFRAXplus)で10年骨折確率を算出し、患者背景(2型糖尿病の有無、転倒歴、TBSの値)を重ね合わせて最終的な治療判断を行うフローが現実的です。数値だけで動くのではなく、その補正視点を持つことが骨折予防につながります。
参考:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版(GEヘルスケア概要ページ)
https://landing1.gehealthcare.com/Lunar_VOC_Technical-Tips_guideline2025.html
参考:FRAXplus®公式サイト(FAQ・計算ツール・調整アルゴリズム)
https://www.fraxplus.org/ja/faq
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