下垂体は脳基底部に位置する約1cm程度のエンドウマメ大の内分泌器官で、トルコ鞍と呼ばれる骨でできた構造の内部に収まっています 。下垂体は他の多くの内分泌腺の働きを制御しているため、「内分泌中枢」とも呼ばれる重要な器官です 。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/12-%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%81%A8%E4%BB%A3%E8%AC%9D%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E4%B8%8B%E5%9E%82%E4%BD%93%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E4%B8%8B%E5%9E%82%E4%BD%93%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81
下垂体は構造上、下垂体前葉と下垂体後葉の2つの部位で構成されており、それぞれ異なる発生起源を持ちます 。下垂体前葉は内分泌細胞で構成され、胎生期の咽頭膨出(ラトケ囊)から発生します 。一方、下垂体後葉は視床下部の視索上核と室傍核に細胞体を有するニューロンの軸索末端からなり、これらの核の延長として発生します 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%B8%8B%E5%9E%82%E4%BD%93
下垂体は脳内でそのすぐ上に位置している視床下部に大部分を制御されています 。視床下部や下垂体は、下垂体に制御されている腺(標的器官)が作るホルモン濃度を感知して、標的器官が必要とする刺激の強さを決定する巧妙なフィードバック機構を持っています 。
下垂体前葉は細胞列が交錯し、その間に洞様毛細血管が発達して存在しています 。洞様毛細血管の内皮は他の内分泌器官と同様な有窓構造をしており、ホルモンの分泌と血液への移行を効率的に行うことができます 。前葉細胞にはホルモンを貯蔵する顆粒が存在し、そのホルモンはエキソサイトーシスによって細胞外に放出され、毛細血管に取り込まれて血流にのって標的器官へ運ばれます 。
下垂体前葉は神経系と内分泌系間に介在するインターフェイスとしての機能を有しており 、視床下部の小細胞性神経分泌細胞からのシグナルは下垂体門脈系という複雑な毛細血管網により下垂体前葉に流入します 。この下垂体門脈系は、視床下部正中隆起から下垂体前葉へ血液を運び、下垂体前葉ホルモン分泌を制御する視床下部ニューロンから分泌されるシグナルを輸送する重要な役割を担っています 。
下垂体前葉は6つの主要なホルモンを作り、分泌しています 。これらのホルモンはすべてペプチドホルモンであり、内分泌器官に作用する刺激ホルモンとしての役割を果たします 。
参考)https://www.kango-roo.com/learning/3958/
🔸 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH): コルチゾールやその他のホルモンを作るように副腎を刺激します
🔸 甲状腺刺激ホルモン(TSH): 甲状腺ホルモンを作るように甲状腺を刺激します
🔸 卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH): ゴナドトロピンとも呼ばれ、精子形成や卵胞発育を刺激し、性ホルモンの分泌を促進します
🔸 成長ホルモン(GH): 体の成長と発達を調節し、筋肉形成を促して脂肪組織を減らします
🔸 プロラクチン(PRL): 乳汁を作るように乳房の乳腺を刺激します
これらのうち、TSH、ACTH、FSH、LHは刺激ホルモンであり、直接的な生理作用は示さず、各内分泌腺を刺激してそれぞれのホルモンを分泌させます 。一方、GHとPRLは効果器ホルモンと呼ばれ、それ自身が直接的な生理作用を発揮する最終的なホルモンです 。
下垂体後葉は下垂体前葉とは異なり、主に神経終末から構成されており、オキシトシンとバソプレッシン(抗利尿ホルモン:ADH)の2つのホルモンを分泌します 。これらのホルモンは視床下部で合成され、下垂体後葉から血中に放出されます。
参考)https://sogo.kitakyu-hp.or.jp/department/cranial_nerve/pituitary
抗利尿ホルモン(ADH)は水の再吸収を促進し、体内の水分バランスを調節する重要な機能を持ちます 。ADHの分泌が低下すると尿崩症という病気になり、尿量が異常に増加して水を飲んで補給しないと脱水症状になってしまいます 。
参考)https://kompas.hosp.keio.ac.jp/disease/000129/
オキシトシンは分娩時の子宮収縮や母乳の射出反射を促進するホルモンとして知られており、母子の絆形成にも重要な役割を果たしています。これらの後葉ホルモンは、前葉ホルモンとは異なり、視床下部で直接合成されて下垂体後葉から分泌される点が特徴的です。
下垂体機能低下症は、下垂体からのホルモン分泌不全により発症する疾患で、足りなくなったホルモンの種類によってさまざまな症状が現れます 。この疾患は指定難病78として認定されており、適切な診断と治療が必要な重要な疾患です 。
参考)https://www.nanbyou.or.jp/entry/4017
ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の低下では、体がだるい、食欲がない、体重が減るなどの症状が現れます 。ACTHは副腎から生命活動に必要な副腎皮質ホルモンを分泌させる作用があり、その副腎皮質ホルモンが不足することにより副腎不全と呼ばれる生命に関わる状態になることもあります 。
参考)https://www.premedi.co.jp/%E3%81%8A%E5%8C%BB%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/h01858/
TSH(甲状腺刺激ホルモン)の低下では、体がだるい、むくみ、体重増加、寒がりになるなどの症状が出現します 。LH/FSH(性腺刺激ホルモン)の低下では、二次性徴が来ない、月経が来ない、性欲がなくなるなどの生殖機能に関わる症状が現れます 。
成長ホルモン(GH)の低下では、小児では背が伸びない成長障害が生じ、成人では脂肪の増加や気力・体力の低下が認められます 。プロラクチン(PRL)の低下では、産後の母親において母乳が出ないという症状が現れることがあります 。
参考)https://gotanda.clinic/pituitary_disease.html
下垂体疾患における興味深い現象として、下垂体腫瘍が正常の下垂体組織を圧迫することで生じる「mass effect」があります。この現象では、腫瘍自体がホルモンを過剰分泌する一方で、周囲の正常下垂体組織の機能が低下するという二重の病態が生じます 。
参考)https://www.nms.ac.jp/hosp/section/neurosurgery/info/pituitary.html
さらに、下垂体は血液脳関門の外側に位置するため、他の脳組織とは異なる免疫学的特性を持ちます。これにより、リンパ球性下垂体炎やIgG4関連下垂体炎などの自己免疫性疾患が発症しやすく、これらの炎症性疾患は下垂体機能低下症の重要な原因となっています 。
参考)https://www.todai-jinnai.com/endocrinology01
また、下垂体前葉の血管構造は特殊で、視床下部からの門脈血流に依存しているため、分娩時の大量出血によるショック状態では下垂体前葉の虚血が生じやすく、シーハン症候群と呼ばれる産後下垂体機能低下症を引き起こすことが知られています 。この血管構造の特異性は、下垂体疾患の病態理解において重要な要素となっています。