血液脳関門(血液脳関門、BBB:Blood-brain barrier)は、血液と脳の組織液との間の物質交換を制限する重要な機構です 。この関門は文字通り、血管の中を流れる血液と脳との間にあるバリア機構のことで、血管内皮細胞と周皮細胞(ペリサイト)、基底膜、アストロサイトから構成されます 。
参考)http://www.brainscience-union.jp/trivia/trivia3833
血液脳関門の解剖学的実体は脳毛細血管であり、脳室周囲器官を除いては、内皮細胞同士が密着結合で連結しています 。当初BBBは、この構造的特徴によって、細胞間隙を介した非特異的な中枢への侵入や、脳内産生物質の流出を阻止している物理的障壁と考えられてきました 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E8%84%B3%E9%96%A2%E9%96%80
しかし現在では、血液脳関門は脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念が確立しています 。この関門には、多様なトランスポーターや受容体が内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現し、協奏的に働くことによって、循環血液と脳実質間でのベクトル輸送を厳密に制御しています 。
血液脳関門は脳の微小血管に局在し、3種類の細胞と2種類の基底膜から構成されます 。最内層に位置する内皮細胞は、脳にあって常時血液成分と直接的な接触をもつ唯一の細胞です 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E8%84%B3%E9%96%A2%E9%96%80
この内皮細胞には4つの重要な特徴があります :
血液脳関門では、脳毛細血管内皮細胞同士がタイトジャンクションによって接着することで、細胞−細胞間の輸送が抑制されています 。同時に、細胞内では小胞のトランスサイトーシスも抑制されており、これらが協調して血中から脳への物質の移行を制限しています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/144/5/144_253/_pdf
血液脳関門において、脳内で必要な栄養素の取り込みは血管内皮細胞の選択的トランスポーターによって行われます 。内皮細胞に存在するトランスポーターには、有用物質を取り込むinflux transporterと不要物質と有害物質を血管側へ排除するefflux transporterの2種類があります 。
参考)https://www.zaitsu-naika.com/%E9%A0%AD%E9%A0%9A%E9%83%A8%E7%97%87%E7%8A%B6/p3506.html
血液脳関門の機能分子は、タイトジャンクション構成分子、トランスポーター、細胞接着分子に分類されます 。血管から血液脳関門を通って脳へ通過できるのは、脳の活動源となるブドウ糖やアミノ酸などの分子の小さな物質です 。
参考)https://mcbi.jp/column/3434/
興味深いことに、薬のような分子の大きな物質は血液脳関門を通過することができません 。そのため、脳に良い作用があるとわかっている薬でも脳まで届けるのは難しく、脳内に届く薬の研究が多く行われています 。
アルツハイマー型認知機能障害や、パーキンソン病、多発性硬化症などの様々な中枢神経系の疾患において血液脳関門の機能低下が報告されており、病態の進行とバリア破綻の関係に注目が集まっています 。
参考)https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/2019_12_20_01/
パーキンソン病では、原因タンパク質であるαシヌクレインが脳内に蓄積し、発症します 。本来脳内に存在するαシヌクレインは患者さんの血液中でも増加し、トランスポーターによって輸送され血液脳関門を透過して脳内へ入ってくることがわかりました 。
参考)https://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~dohgu/research-content.html
血液脳関門機能低下と認知機能障害が相関することが明らかにされており、αシヌクレインによって誘発される血液脳関門機能破綻が認知機能障害誘発に繋がる可能性があります 。脳ペリサイトはαシヌクレインを細胞内へ取り込み、分解することで、脳内での過剰なαシヌクレイン蓄積を抑制していると考えられています 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16K08566/
血液脳関門の構成細胞であるペリサイトは血液脳関門のバリア機能を強化するだけでなく、ドパミン神経細胞の機能を高めることがわかっています 。ペリサイトと脳血管内皮細胞との分布比は、末梢組織・骨格筋では1:100程度であるのに対し、脳・網膜では1:3〜1:1程度と非常に高密度です 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/146/1/146_63/_pdf
ペリサイトは基底膜を隔てて脳血管内皮細胞を被覆し、アストロサイトの足突起とも接着しています 。ペリサイトと脳血管内皮細胞との結合様式はpeg-and-socketといわれるものとgap junctionがあり、これらの形成にN-cadherinやconnexin43が関与します 。
ペリサイトは、脳血管内皮細胞上に発現するP糖タンパク質などのATP binding cassette(ABC)トランスポーターやタイトジャンクション構成タンパク質の発現量を増加させ、脳血管内皮細胞透過性を低下させます 。このように、ペリサイトはアストロサイトと同様に血液脳関門機能を維持・強化することがわかっています 。
近年、加齢に伴い血液脳関門(BBB)の機能が低下することが報告されています 。血液脳関門は神経細胞への栄養素の選別、毒素の遮断、変性タンパク質蓄積の防止などを担いますが、これらの機能が加齢に伴い低下することが知られています 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K16612/
BBBの機能低下は脳血管疾患だけでなく神経変性疾患の要因にもなることが示唆されており、加齢に伴う脳血管疾患および神経変性疾患の発症メカニズムに重要な役割を果たしています 。最近の大規模メタアナリシスの結果からは、老化に伴うBBB機能の障害が確認されています 。
参考)https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/057030095.pdf
アストロサイトや基底膜の構成要素に異常が生じると血液脳関門の機能が低下し、通常条件下において行き来が制約されている物質や細胞が脳に浸潤し、結果として脳組織の障害へと繋がることが知られています 。BBBの機能分子であるタイトジャンクション(TJ)が失われると、脳実質への免疫細胞の浸潤や分子の流入がおこり、恒常性の破綻と神経炎症を引き起こします 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/145/6/145_326/_pdf