プロラクチン(PRL)は下垂体前葉から分泌されるペプチドホルモンで、主に乳腺発達と乳汁分泌に関与しています。基準値は性別によって明確な差があり、男性では3.5~19.4ng/mL、女性では閉経前で4.9~29.3ng/mL、閉経後で3.1~15.4ng/mLと報告されています。女性は男性よりもやや高い傾向があり、これはエストロゲンの影響を受けてラクトトロフ(プロラクチン産生細胞)の機能が亢進するためです。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6069739/
妊娠中はプロラクチン値が著しく上昇し、妊娠週数に従って高値となります。非妊娠・非授乳期の女性における正常範囲は一般的に15ng/mL以下(または20ng/mL以下)とされ、これを超える持続的な高値は高プロラクチン血症と診断されます。年齢による変動も認められ、出生から成人期にかけて段階的に上昇し、女性では一貫して同年齢の男性よりも高い値を示すことが知られています。
参考)プロラクチン(PRL)
測定施設によって基準値が異なるため、結果の解釈には各施設の基準範囲を参照することが重要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11623244/
プロラクチンの測定には複数の免疫測定法が使用されており、測定方法によって基準値が大きく異なります。主な測定法にはECLIA法(電気化学発光免疫測定法)、CLIA法(化学発光免疫測定法)、FEIA法(蛍光酵素免疫測定法)があり、それぞれ異なるキャリブレーターと測定原理を用いています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11065352/
例えば、同じ検体をRoche社のECLIA法とSiemens社の測定法で測定すると、Roche法ではより高い値が報告されますが、メーカーが提供する基準範囲は類似しているため、診断上の混乱が生じることがあります。CLIA法による基準値は男性で3.6~12.8ng/mL、女性で6.1~30.5ng/mLと報告される一方、ECLIA法では男性4.0~14.0ng/mL、女性で閉経前5.0~30.0ng/mL、閉経後3.0~15.0ng/mLとなっています。
参考)https://www.crc-group.co.jp/crc/info/info-22/10-03.html
各検査システムには独自の標準化プロセスがあり、施設によって採用している測定法が異なるため、測定値の比較や経時的変化を評価する際には、同一の測定法で評価することが推奨されます。また、キャリブレーターの変更により基準値が変動することもあるため、検査施設からの情報に注意を払う必要があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10350613/
高プロラクチン血症は血中プロラクチン濃度が持続的に上昇する状態で、生理的、薬剤性、病的原因に分類されます。病的な高値の最も一般的な原因はプロラクチン産生下垂体腺腫(プロラクチノーマ)で、特にプロラクチン値が100ng/mL以上の場合は下垂体腫瘍の可能性が高まります。
参考)高プロラクチン血症の診察の流れ - 世田谷区の産婦人科なら冬…
薬剤性高プロラクチン血症は臨床現場で頻繁に遭遇する問題です。ドーパミン受容体拮抗作用を持つ薬剤、具体的には定型抗精神病薬、リスペリドン、消化管運動改善薬(メトクロプラミド)、制吐薬などが原因となります。これらの薬剤はドーパミンによるプロラクチン分泌の抑制機構を阻害し、プロラクチン値を上昇させます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2376090/
その他の病的原因として、原発性甲状腺機能低下症、慢性腎不全、視床下部疾患、茎断裂症候群などがあります。マクロプロラクチン血症も重要な鑑別対象で、高分子量のプロラクチン複合体が測定されることにより見かけ上の高値を示しますが、臨床症状を伴わないことが特徴です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6947286/
女性では高プロラクチン血症により月経不順が70~80%、不妊が30~40%、乳汁漏出が50~60%の頻度で認められます。男性では性欲減退が60~70%、勃起障害が40~50%の頻度で出現します。
参考)高プロラクチン血症(Hyperprolactinemia) …
プロラクチン低値は高値に比べて臨床的に注目される機会は少ないものの、重要な病態を示唆することがあります。下垂体前葉機能低下症、特にシーハン症候群(産後下垂体壊死)やプロラクチン単独欠損症では、プロラクチン分泌が低下します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11624245/
産褥期におけるプロラクチン分泌欠乏の唯一の症状は乳汁分泌量の低下であり、これは授乳困難の原因となります。非機能性下垂体腫瘍による圧迫や下垂体手術後、放射線治療後にもプロラクチン分泌能が低下することがあります。
参考)https://www.kchnet.or.jp/for_medicalstaff/LI/item/LI_DETAIL_082100.html
最近の研究では、男性において3ng/mL(64mIU/L)未満の低プロラクチン値が2型糖尿病などの臨床的に重要な疾患と関連することが示されています。適度に高いプロラクチン値(HomeoFIT-PRL)はインスリン抵抗性や耐糖能異常を改善する代謝的利益があるとされる一方、極端に低い値(<7μg/L)や極端に高い値(>100μg/L)は負の転帰と関連することが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9539817/
プロラクチン低値の診断には、他の下垂体ホルモン(TSH、ACTH、LH、FSH)の評価や下垂体の画像検査が必要となる場合があります。
プロラクチン測定には生理的変動要因への配慮が不可欠です。プロラクチンは日内変動を示し、睡眠中に上昇し覚醒後に低下するため、早朝空腹時の採血が推奨されます。採血前の安静も重要で、ストレス、運動、食事はいずれもプロラクチン分泌を一過性に促進させます。
参考)https://www.fpa.or.jp/library/kusuriQA/26.pdf
ストレスは高プロラクチン血症の重要な生理的原因であり、精神的ストレスは視床下部-下垂体-副腎系を介してプロラクチン分泌を刺激します。採血時の緊張や不安、待ち時間の長さも測定値に影響を与えるため、複数回の測定により高プロラクチン血症を確認することが診断の基本となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6304861/
性周期もプロラクチン値に影響し、排卵期や黄体期で変動がみられることがあります。授乳刺激、乳頭刺激、性交後でも一過性の上昇を認めるため、問診による情報収集が重要です。
軽度の無症候性高プロラクチン血症(20~200μg/L)は一般的であり、しばしば偽性です。このような場合には2~4週間後の再測定、マクロプロラクチンの検査、甲状腺機能検査が推奨されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12007944/
測定上の注意点として、極めて高いプロラクチン値ではフック効果(hook effect)により見かけ上低値となることがあり、プロラクチノーマが疑われる場合には希釈測定が必要です。
プロラクチン分泌過剰症の診断と治療の手引き(日本内分泌学会)- 診断基準と複数回測定の重要性について詳細な指針
Hyperprolactinaemia(MDPI誌)- マクロプロラクチンとフック効果の分析的問題に関する包括的レビュー