抗がん剤曝露は、医療従事者がHazardous Drugs(HD)として分類される抗がん剤に接触することで発生します。主要な曝露経路は以下の4つに分類されます。
吸入による曝露 🫁
抗がん剤の調製時や投与時に気化した薬剤を吸入することで起こります。特に安全キャビネット外での作業や、換気が不十分な環境での調製作業で高リスクとなります。揮発性の高いシクロホスファミドやイホスファミドなどは特に注意が必要です。
皮膚接触による曝露 👋
最も頻度が高い曝露経路で、抗がん剤が直接皮膚に付着することで発生します。手袋を着用していても、微細な穴や破損部位から薬剤が侵入する可能性があります。また、汚染された表面に触れることでの二次的な皮膚接触も問題となります。
針刺し事故による曝露 💉
注射針による事故で抗がん剤が直接血管内に侵入する最も危険性の高い曝露形態です。血管内への直接侵入により、他の曝露経路と比較して体内濃度が急激に上昇するリスクがあります。
経口摂取による曝露 🍽️
汚染された手指で食事をしたり、抗がん剤に汚染された物品を口に入れることで発生します。意図しない摂取であることが多く、予防意識の向上が重要です。
曝露機会は医療施設内の様々な場所で確認されており、安全キャビネット周辺の床、輸液ポンプの前面、患者用便器の前の床、電話の受話器など、予想以上に広範囲で抗がん剤の残留が検出されています。
抗がん剤曝露による健康影響は、急性症状と長期的な影響に大別されます。これらの影響は曝露量、曝露期間、薬剤の種類によって異なります。
急性症状の種類 ⚡
急性症状は曝露後比較的短期間で現れ、曝露の回避により改善する特徴があります。
長期的な影響の重大性 📈
長期的な影響は実証が困難ですが、以下のような重篤な健康問題が報告されています。
特に注目すべきは、日本の大規模出生コホート研究により、母親の抗がん剤職業的曝露が1歳以上の幼児における急性リンパ芽球性白血病のリスクを約8倍上昇させることが示されたことです。この研究結果は、抗がん剤曝露対策の重要性を改めて浮き彫りにしています。
医療従事者の抗がん剤曝露は、患者の治療とは異なる特殊な問題を抱えています。患者は高用量の薬剤に曝露しますが期間は限定的である一方、医療従事者は低用量でも多種多様な薬剤に長期間曝露し続けるリスクがあります。
職業的曝露の特徴 👨⚕️👩⚕️
がん病棟や外来化学療法部門に勤務する看護師、薬剤師は、数十年にわたり数種類から10種類以上の抗がん剤に曝露する可能性があり、生殖毒性や発がん性のリスクが特に高いとされています。1970年代以降、HDを取り扱う医療者について尿変異原性や遺伝子損傷、染色体異常などが報告されており、職業性曝露の深刻性が明らかになっています。
職種別の曝露リスク 🏥
曝露予防の法的背景 📋
2014年5月、厚生労働省労働基準局より「発がん性等を有する化学物質を含有する抗がん剤等に対する曝露防止対策について」の通知が発出されました。この通知では以下の5項目が推奨されています。
2019年には「がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン」が改訂され、HDの静脈内投与時のルートにCSTDを使用することが強く推奨されるようになりました。
抗がん剤曝露の評価には、環境モニタリングと生物学的モニタリングの2つのアプローチがあります。これらの手法により、実際の曝露状況を定量的に把握し、適切な対策を講じることが可能になります。
環境モニタリングの種類 🌍
環境モニタリングは、作業環境中の抗がん剤濃度を測定する手法です。
これらの測定により、医療施設内で予想以上に広範囲で抗がん剤の残留が検出されることが明らかになっています。特に、外来化学療法中の患者が使用する便器の前の床や、輸液ポンプの前面、電話の受話器からも検出されており、意外な汚染源の存在が判明しています。
生物学的モニタリングの重要性 🧬
生物学的モニタリングは、実際に体内に取り込まれた抗がん剤量を評価する手法です。
生物学的モニタリングにより、環境モニタリングでは検出できない実際の曝露量を把握することができ、個人レベルでの曝露評価が可能になります。
モニタリング結果の活用 📊
モニタリング結果は以下の目的で活用されます。
定期的なモニタリングにより、曝露対策の継続的改善が可能となり、医療従事者の安全確保に重要な役割を果たしています。
外来化学療法の普及により、抗がん剤曝露は医療施設内だけでなく、患者の家庭でも重要な問題となっています。この家庭での二次曝露リスクは、従来の職業性曝露対策では十分にカバーされていない新たな課題です。
家庭での曝露経路の特殊性 🏠
患者の家庭では、以下のような独特な曝露リスクが存在します。
家族への影響の懸念 👨👩👧👦
特に懸念されるのは、妊娠中の女性や小児への影響です。日本の研究では、母親の抗がん剤職業的曝露が小児白血病のリスクを約8倍上昇させることが示されており、家庭内での曝露も同様のリスクを持つ可能性があります。
家庭での曝露対策指針 🛡️
家庭での曝露対策として、以下の対策が推奨されています。
医療従事者の指導責任 📚
医療従事者は、患者や家族に対して家庭での曝露対策について適切な指導を行う責任があります。特に外来化学療法を受ける患者に対しては、退院前または外来受診時に具体的な対策方法を説明し、理解を促すことが重要です。
この家庭での二次曝露対策は、抗がん剤曝露の種類を考える上で新たに注目されている分野であり、今後さらなる研究と対策の充実が必要とされています。医療従事者は職業性曝露だけでなく、患者家族の曝露リスクも含めた包括的な曝露対策を理解し、適切な指導を行うことが求められています。
厚生労働省の抗がん剤曝露防止対策に関する詳細情報
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000044718.html
がん薬物療法における職業性曝露対策ガイドライン2019年版の詳細
https://www.kanehara-shuppan.co.jp/books/detail.html?isbn=9784307702362