オレキシン受容体拮抗薬は、脳内で覚醒維持に重要な役割を果たすオレキシン(ヒポクレチン)という神経ペプチドの受容体を阻害することで睡眠を誘導する薬剤です。従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬がGABA受容体に作用するのとは異なり、覚醒システムそのものを抑制するという独特な作用機序を持ちます。
オレキシンには2種類の受容体(OX1R、OX2R)が存在し、現在承認されているオレキシン受容体拮抗薬はこの両方を阻害するデュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)です。特にOX2R の阻害が睡眠誘導により重要とされており、薬剤間でのOX2R阻害作用の違いが効果の差に影響します。
主な特徴:
これらの特徴により、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の代替薬として注目されています。
ベルソムラは2014年に発売されたオレキシン受容体拮抗薬の第一号です。有効成分はスボレキサントで、MSD株式会社が製造販売しています。
基本情報:
効果の特徴:
ベルソムラは入眠障害と中途覚醒の両方に効果を示します。総睡眠時間の延長と寝つきの改善が臨床試験で確認されており、特に中途覚醒や早朝覚醒に対して有効性が高いとされています。
主な副作用:
悪夢の副作用は、オレキシン受容体1型の阻害によりレム睡眠が増加することに関連しています。
使用上の注意:
デエビゴは2020年に発売された第二世代のオレキシン受容体拮抗薬です。有効成分はレンボレキサントで、エーザイ株式会社が製造販売しています。ベルソムラと比較してより強力なオレキシン受容体阻害作用を持ちます。
基本情報:
効果の特徴:
デエビゴはベルソムラと比較して以下の利点があります。
半減期は47時間と長いものの、オレキシン受容体拮抗薬では半減期の長さと眠りの持続に直接的な関係がないため、翌日への影響は限定的です。
主な副作用:
実用上の利点:
クービビック(一般名:ボルノレキサント水和物)は、大正製薬が開発中の第三世代オレキシン受容体拮抗薬です。2024年4月に第III相臨床試験の良好な結果が発表され、承認申請の準備が進められています。
開発の背景と特徴:
ボルノレキサントは「投与翌日の持ち越し効果」の軽減を目指して開発されました。オレキシン受容体阻害作用を維持しながら脂溶性を低減することで、分布容積が小さく消失半減期が短いという理想的な薬物動態プロファイルを実現しています。
薬物動態の特徴:
第III相臨床試験結果(TS142-301試験):
不眠症患者596名を対象とした臨床試験において、5mg群・10mg群ともに以下の有効性が確認されました。
期待される臨床的位置づけ:
ボルノレキサントは翌日の持ち越し効果が少ないことから、日中の活動性を重視する患者や、運転業務に従事する患者への適用が期待されています。承認され次第、オレキシン受容体拮抗薬の選択肢がさらに拡大することになります。
オレキシン受容体拮抗薬は不眠症のタイプや患者背景に応じた使い分けが重要です。従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬では困難だった長期安全使用が可能な点が最大の臨床的意義です。
適応症と効果的な使用場面:
入眠障害:
中途覚醒・早朝覚醒:
熟眠障害:
高齢者での使用:
オレキシン受容体拮抗薬は高齢者に特に適しています。
ベンゾジアゼピン系からの切り替え:
長期間ベンゾジアゼピン系睡眠薬を使用している患者では、併用しながら段階的に減量する方法が有効です。依存性がないため、安全に切り替えが可能です。
薬剤選択の実際的な指針:
ベルソムラを選択する場合:
デエビゴを選択する場合:
今後期待されるボルノレキサント:
副作用への対応:
悪夢や金縛りなどの副作用が出現した場合は、用量の調整や他剤への変更を検討します。これらの副作用はオレキシン受容体拮抗薬特有のものであり、レム睡眠の増加に関連しています。
併用薬との相互作用:
CYP3A阻害薬との併用時は用量調整が必要です。特にベルソムラでは強いCYP3A阻害薬との併用が禁忌となっているため注意が必要です。
大正製薬のボルノレキサント開発に関する詳細情報
https://www.taisho.co.jp/company/news/2024/20240403001525/
オレキシン受容体拮抗薬は今後も新たな薬剤の開発が期待されており、不眠症治療の中核を担う薬剤群として位置づけられています。患者の症状や背景に応じた適切な選択により、質の高い睡眠を安全に提供することが可能になります。