傾眠とは意識障害の軽度状態での症状と原因

傾眠は軽い意識障害の一つで、周囲からの刺激で覚醒するがすぐに眠る状態です。高齢者に多く見られ、認知症や脱水症状、薬の副作用が原因となることもあります。この状態をどう理解し対処すべきでしょうか?

傾眠の症状と意識障害における位置づけ

傾眠の基本理解
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軽度意識障害

刺激があれば覚醒するがすぐに眠る状態

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意識レベル分類

傾眠→昏迷→半昏睡→昏睡の順で重症化

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評価スケール

JCSやGCSで客観的に評価可能

傾眠の医学的定義と特徴

傾眠(けいみん)は、意識障害の最も軽度な状態として位置づけられる医学用語です 。軽い呼びかけや肩を叩く程度の軽微な刺激で覚醒するものの、刺激がなくなると再び眠りに入る状態を指します 。英語では「somnolence」と表現され、完全な睡眠状態ではありませんが、覚醒状態とも言い難い中間的な意識レベルです 。
参考)https://www.kango-roo.com/word/5861

 

この状態では、場所と時間に対する認識(見当識)に障害が現れることがあり、直前の出来事を記憶していないケースも見られます 。患者は自発的な活動が少なくなり、ベッドに寝たきりの状態になりやすい傾向があります 。食事に関しては、口に入れれば自ら咀嚼・嚥下することができる場合も多く、完全な意識消失状態ではないことが特徴的です 。

傾眠と他の意識障害レベルとの違い

意識障害は程度により、傾眠、昏迷(こんめい)、半昏睡、昏睡の4段階に分類されます 。傾眠の次の段階である昏迷は、大声で呼びかけたり体を揺さぶるなど、より強い刺激を与えなければ覚醒しない状態です 。半昏睡では体をつねったり針で刺すなどの強い痛み刺激でのみ反応が見られ、昏睡では外部からのいかなる刺激にも全く反応しない最重篤な状態となります 。
参考)https://healthrent.duskin.jp/column/rental/vol24/

 

昏蒙(こんもう)という用語もあり、これは傾眠と似た状態で、大声で呼ぶとやっと返事をする程度の意識レベルを指します 。しかし、これらの従来の分類は定義が曖昧な部分があるため、現在の医療現場では数値による客観的な評価法が主流となっています 。

傾眠のJCSとGCSによる評価方法

現在の医療現場では、主にジャパンコーマスケール(JCS)とグラスゴーコーマスケール(GCS)という2つの評価法で意識レベルを判定します 。JCSは日本で広く用いられている評価法で、3-3-9度方式とも呼ばれ、覚醒の程度によって1桁、2桁、3桁に分類されます 。傾眠はJCSにおいてスコア10に相当し、「普通の呼びかけで容易に開眼する」状態として定義されています 。
参考)https://kango.mynavi.jp/contents/nurseplus/career_skillup/20240824-2173291/

 

一方、GCSは国際的に使用されている評価法で、開眼反応(E)、言語反応(V)、運動反応(M)の3項目を組み合わせて15点満点で評価します 。正常な意識状態は15点、最も重篤な深昏睡状態は3点となり、8点以下が重症として扱われます 。GCSは3つの要素を独立して評価するため、より細かな意識レベルの把握が可能ですが、JCSは簡便性に優れているという特徴があります 。
参考)https://medical-term.nurse-senka.jp/terms/534

 

傾眠状態における認知機能への影響

傾眠状態では、単純な意識レベルの低下だけでなく、認知機能にも様々な影響が現れます。覚醒後も注意力の低下や無気力状態が続くことが多く、集中力の維持が困難になります 。症状が進行すると、錯覚や妄想、せん妄といったより複雑な精神症状が併発する可能性もあります 。
特に高齢者では、傾眠状態が継続することで日常生活動作(ADL)の低下を招きやすく、転倒や転落などの事故リスクも増大します 。活動量の低下は筋力低下や意欲減退を引き起こし、さらなる傾眠傾向の悪化という悪循環を形成する場合もあります 。また、食事摂取が不十分になることで栄養不足に陥り、全身状態の悪化につながるリスクも考慮する必要があります 。
参考)https://www.ycota.jp/point/52733

 

傾眠の疫学と高齢者における特異性

傾眠は特に高齢者に多く見られる症状で、加齢に伴う神経伝達機能の低下により自然に起こる場合もあります 。高齢者では体内の水分貯留機能の低下や喉の渇きを感じにくくなることから、脱水症状を起こしやすく、これが傾眠の要因となることも多いです 。
参考)https://www.mcsg.co.jp/kentatsu/dementia/3435

 

さらに、高齢者は複数の薬剤を服用している場合が多く、薬物の副作用として傾眠が現れることもあります 。特に睡眠薬抗精神病薬抗てんかん薬などの中枢神経系に作用する薬剤では、傾眠や意識レベルの低下が副作用として報告されています 。認知症患者においては、病気の進行に伴う無気力状態(アパシー)や昼夜逆転が傾眠傾向を助長することが知られています 。
参考)https://medical.francebed.co.jp/special/column/70_somnolence.php

 

傾眠の原因と発症機序

傾眠における認知症の影響

認知症は傾眠の最も重要な原因の一つです 。認知症の初期症状として現れる無気力状態(アパシー)により、意欲を失った患者では脳の興奮状態が起こりにくくなり、傾眠傾向が強くなります 。特にアルツハイマー病では、脳内のアミロイドβやタウタンパクの蓄積が睡眠調節機能に影響を与え、睡眠覚醒リズムの異常を引き起こします 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5910033/

 

認知症患者に特徴的な昼夜逆転も傾眠の大きな要因となります 。夜間に活動的になり日中に強い眠気を感じるパターンが確立されると、日中の傾眠傾向がさらに悪化します 。また、認知症の進行に伴い睡眠の質が低下し、深い睡眠段階であるノンレム睡眠の減少により、日中の覚醒維持が困難になることも知られています 。
参考)https://yaya-roujinhome.com/nursing-info/nursing-info-7392/

 

レビー小体型認知症では、特に「夢現(ゆめうつつ)現象」と呼ばれる半覚醒状態が報告されており、これは傾眠と類似した症状として注目されています 。この疾患では睡眠時レム睡眠行動障害(RBD)も併発することが多く、夜間の睡眠の質の低下が日中の傾眠につながる悪循環を形成します 。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/pcn5.50

 

傾眠における脱水症状の病態

高齢者における脱水症状は傾眠の重要な原因となります 。加齢により体内に水分を蓄える機能が低下し、さらに喉の渇きを感じにくくなるため、気づかないうちに脱水状態に陥りやすくなります 。脱水により脳血流が低下し、脳や全身の機能が抑制されることで意識レベルの低下を招きます 。
参考)https://chikusa-zaitaku.jp/news/p584/

 

脱水の病態生理学的メカニズムとして、血液の粘稠度上昇による微小循環の障害が挙げられます 。特に認知症患者では、タンパク質の凝集異常と相まって、脳の間質液量の減少が神経機能に深刻な影響を与えるという「水分子仮説」が提唱されています 。この仮説によると、脱水状態では異常タンパク質の折りたたみ不全や凝集が促進され、認知機能の低下と傾眠傾向が同時に進行すると考えられています 。
参考)https://www.mdpi.com/2072-6643/10/5/562/pdf

 

また、食事性低血圧も高齢者の傾眠に関与する重要な因子です 。食後に血圧が急激に低下する現象で、パーキンソン病やアルツハイマー病、高血圧症の患者で特に起こりやすく、食後の意識レベル低下や傾眠を引き起こします 。

傾眠における内科的疾患の関与

様々な内科的疾患が傾眠の原因となることが知られています 。発熱を伴う感染症では、体が回復のために睡眠を求めることで傾眠状態が出現します 。このような場合、原疾患の治療により傾眠も改善することが多く、生理的な反応として理解されます 。
代謝異常も重要な要因の一つです 。肝機能障害では、アンモニア代謝の異常により肝性脳症を発症し、意識レベルの低下から傾眠状態に至ることがあります 。腎機能低下では尿毒症による中枢神経への影響で、同様の症状が現れることがあります 。内分泌疾患、特に甲状腺機能低下症では全身の代謝率低下により、傾眠や意欲低下が見られます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/22/2/22_153/_article/-char/ja/

 

慢性硬膜下血腫や脳腫瘍などの占拠性病変では、脳圧上昇により意識レベルの段階的な低下を来し、初期症状として傾眠が現れることもあります 。また、てんかんの非けいれん性発作では、意識変容の一環として傾眠様の状態を示すことがあり、脳波検査による鑑別が重要となります 。
参考)https://ichirou.co.jp/column/2467

 

傾眠における薬剤性要因

多くの薬剤が副作用として傾眠を引き起こす可能性があります 。特に中枢神経系に作用する薬剤では、その薬理作用により意識レベルの低下が生じやすくなります 。睡眠薬であるベンゾジアゼピン系薬物では、筋弛緩作用と相まって翌朝への持ち越し効果により日中の傾眠が問題となることがあります 。
参考)https://www.goodcycle.net/fukusayou-kijyo/0021/

 

新しいタイプの睡眠薬であるスボレキサント(ベルソムラ®)では、オレキシン受容体拮抗作用により、服用翌朝の傾眠や倦怠感が副作用として報告されています 。特に高齢者や肝・腎機能低下患者では薬物の代謝・排泄が遅延するため、症状が持続しやすくなります 。
参考)https://anamne.com/belsomra/

 

抗てんかん薬のプレガバリン(リリカ®)では、中枢神経系抑制作用によるめまいや傾眠が20%以上の高頻度で発現します 。この副作用は用量依存性であり、投与初期や増量時に特に注意が必要です 。糖尿病性神経障害の治療で使用される際、高齢患者では腎機能低下により薬物蓄積が起こりやすく、傾眠リスクが増大します 。
参考)http://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdt/44/7/44_7_637/_article/-char/ja/

 

傾眠における睡眠障害の複合的影響

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は夜間の睡眠の質を著しく低下させ、日中の過度の眠気や傾眠を引き起こす代表的な疾患です 。特に高齢者では、レム睡眠時の低酸素血症が認知機能低下を加速させ、海馬の萎縮を通じて記憶障害と傾眠の両方を悪化させることが明らかになっています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11555004/

 

パラソムニア(睡眠随伴症)も傾眠の原因となることがあります 。夢遊病や夜驚症などのノンレム睡眠パラソムニアでは、深睡眠からの部分覚醒により夜間の睡眠が断片化され、日中の傾眠につながります 。レム睡眠行動障害(RBD)では、レム睡眠時の筋緊張抑制機能が破綻し、夢の内容に応じた運動が起こるため、夜間の睡眠が浅くなり日中の傾眠を招きます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11270231/

 

持続性不眠症では、睡眠の質と量の両方が低下し、認知機能の低下とともに日中の傾眠が問題となります 。興味深いことに、レム睡眠の保護効果により一部の認知機能は維持される場合もありますが、全体的な神経変性のリスクは高まると報告されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10319274/

 

傾眠の診断と治療アプローチ

傾眠の臨床的評価と鑑別診断

傾眠の診断において最も重要なのは、詳細な病歴聴取と身体診察による原因の特定です 。まず、傾眠の発症時期、持続期間、日内変動の有無を確認し、急性発症か慢性経過かを判断します 。服用中の薬剤リスト、特に中枢神経系作用薬の使用歴や投与量の変更履歴は重要な情報となります 。
参考)https://kateinoigaku.jp/symptom/153

 

身体診察では、脱水の兆候(皮膚の乾燥、粘膜の乾燥、皮膚弾力性の低下)、感染症の徴候(発熱、炎症反応)、神経学的異常所見の有無を詳細に評価します 。血液検査では、電解質異常、腎機能・肝機能、血糖値、甲状腺機能、炎症反応などを測定し、代謝性要因を除外します 。
参考)http://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdt/40/2/40_2_177/_article/-char/ja/

 

画像検査として、頭部CTやMRIにより脳血管障害、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍などの器質的病変を除外することも重要です 。必要に応じて脳波検査を実施し、非けいれん性てんかんや代謝性脳症の可能性を評価します 。認知症が疑われる場合は、神経心理学的検査や認知症マーカーの測定も考慮されます 。

傾眠における薬物療法的アプローチ

傾眠の治療は原因に応じたアプローチが基本となります 。薬剤性が疑われる場合は、原因薬剤の減量や中止を検討しますが、治療上必要な薬剤については、投与時間の調整や剤形変更により副作用を軽減する工夫を行います 。
参考)https://shiftlife.jp/keiminkeikou/

 

睡眠薬による持ち越し効果が原因の場合、超短時間作用型への変更や投与量の減量を行います 。ベンゾジアゼピン系薬物では、半減期の短い薬剤への切り替えや、非ベンゾジアゼピン系薬物(ゾルピデム、ゾピクロンなど)への変更も選択肢となります 。プレガバリンのような神経障害性疼痛治療薬では、腎機能に応じた用量調整や分割投与により副作用を軽減できます 。
参考)https://kokoro-egao.net/blog/?p=504

 

脱水が原因の場合は、適切な水分・電解質補充を行います 。経口摂取が困難な場合は輸液療法を選択し、同時に基礎疾患の治療も並行して実施します 。認知症に伴う傾眠では、コリンエステラーゼ阻害薬やメマンチンなどの抗認知症薬の適正使用により、意欲改善とともに傾眠の軽減が期待できる場合があります 。

傾眠における非薬物療法的介入

非薬物療法は傾眠の改善において重要な役割を果たします 。日中の活動量増加を目的とした理学療法や作業療法は、睡眠覚醒リズムの正常化に有効です 。適度な散歩や体操などの軽運動は、脳の覚醒度を向上させ、夜間の深い睡眠を促進します 。
参考)https://kaigo.homes.co.jp/manual/healthcare/somnolence/

 

光療法は概日リズム障害の改善に効果的で、特に認知症患者の昼夜逆転や傾眠の改善に用いられます 。朝の明るい光への曝露により、メラトニン分泌リズムが整い、日中の覚醒度向上が期待できます 。室内環境の整備も重要で、適切な温度・湿度管理、騒音の軽減、快適な寝具の使用により睡眠の質を向上させることができます 。
積極的なコミュニケーションも効果的な介入方法です 。定期的な声かけや会話により脳の働きを活発にし、傾眠の頻度を減らすことが可能です 。音楽療法や回想法などの非薬物的介入も、認知症患者の意欲向上と傾眠軽減に有効とされています 。

傾眠における生活習慣改善指導

規則正しい生活リズムの確立は傾眠改善の基本となります 。起床・就寝時間の一定化、日中の適切な昼寝時間(30分以内)の設定により、夜間の睡眠の質向上と日中の覚醒度改善を図ります 。食事時間の規則化も重要で、特に夕食時間を早めることで夜間の消化活動が睡眠に与える影響を軽減できます 。
水分摂取の指導も重要な要素です 。起床時、食事中、入浴前後など、定期的な水分補給のタイミングを決めることで脱水予防と傾眠軽減の両方が期待できます 。特に高齢者では、喉の渇きを感じにくいため、意識的な水分摂取の習慣づけが必要です 。
カフェインの適切な摂取も考慮されます。朝から昼過ぎにかけての適量のカフェイン摂取は覚醒度向上に有効ですが、夕方以降の摂取は夜間睡眠に悪影響を与える可能性があるため注意が必要です 。アルコールの過度な摂取は睡眠の質を低下させ、翌日の傾眠につながるため、適量摂取の指導も重要です 。

傾眠における介護・看護的ケア

傾眠患者のケアにおいて安全性の確保は最優先事項です 。転倒・転落リスクが高いため、ベッド周囲の環境整備、適切な照明の確保、滑り止めマットの使用などの物理的対策が必要です 。特に夜間のトイレ移動時は介助者の付き添いや、必要に応じてポータブルトイレの設置を検討します 。
栄養管理も重要な要素です 。傾眠により食事摂取量が減少し栄養不足に陥るリスクがあるため、覚醒時を狙った食事提供や、栄養価の高い食品の選択が必要です 。嚥下機能の評価も定期的に実施し、誤嚥性肺炎の予防に努めます 。
服薬管理では、薬剤の効果と副作用を継続的にモニタリングし、処方医との連携により適切な薬物治療を維持します 。特に複数の薬剤を服用している高齢者では、薬物相互作用による傾眠の増悪にも注意が必要です 。家族への教育・支援も重要で、傾眠の原因や対処法について十分な説明を行い、介護負担の軽減と適切なケアの継続を図ります 。
参考)https://cuc-hospice.com/rehope/magazine/3602/