選択的NK1受容体拮抗薬の種類と一覧:作用機序から臨床使用まで

がん化学療法における制吐療法の中核を担う選択的NK1受容体拮抗薬について、現在使用可能な薬剤の特徴と適切な使い分けを詳しく解説します。その効果的な活用法とは?

選択的NK1受容体拮抗薬の種類と一覧

選択的NK1受容体拮抗薬の概要
💊
アプレピタント(イメンド)

経口投与可能な第一世代NK1受容体拮抗薬

💉
ホスアプレピタント(プロイメンド)

アプレピタントのプロドラッグ、静注製剤

🆕
ホスネツピタント(アロカリス)

2022年発売の新規NK1受容体拮抗薬

選択的NK1受容体拮抗薬の作用機序と生理学的意義

選択的NK1受容体拮抗薬は、がん化学療法に伴う悪心・嘔吐(CINV:Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting)の予防において重要な役割を果たしています。これらの薬剤は、ニューロキニン1(NK1)受容体とサブスタンスPの結合を選択的に阻害することで制吐効果を発揮します。

 

NK1受容体は、Gタンパク質共役型受容体の一つで、中枢神経系および末梢組織に広く分布しています。特に延髄の孤束核や迷走神経終末に高密度で存在し、サブスタンスPとの結合により複数のイオンチャネルを修飾して、疼痛、神経原性炎症、情動などの広範囲な生理機能に関与しています。

 

CINVの発現機序は時期によって異なり、抗がん薬投与後24時間以内の急性期では主に5-HT3受容体が関与する一方、24-120時間後の遅発期では主にサブスタンスPとNK1受容体の相互作用が中心となります。このため、NK1受容体拮抗薬は特に遅発性嘔吐の予防に優れた効果を示します。

 

また、近年の研究では、抗がん薬投与開始120時間後以降(6日目以降)も持続する超遅発性CINVの存在も報告されており、NK1受容体拮抗薬の長期的な効果についても注目が集まっています。

 

選択的NK1受容体拮抗薬の適応と催吐性リスク分類

現在、我が国で使用可能な選択的NK1受容体拮抗薬は以下の3種類です。
1. アプレピタント(商品名:イメンド)

  • 剤形:カプセル80mg、125mg、カプセルセット
  • 薬価:80mgカプセル 730.8円~1,700.7円、125mgカプセル 1,145.7円~2,562.5円
  • 特徴:経口投与可能、3日間投与プロトコール

2. ホスアプレピタントメグルミン(商品名:プロイメンド)

  • 剤形:点滴静注用150mg
  • 薬価:10,068円
  • 特徴:アプレピタントのリン酸化プロドラッグ、単回静注

3. ホスネツピタント塩化物塩酸塩(商品名:アロカリス)

  • 剤形:点滴静注235mg 10mL
  • 薬価:11,276円
  • 特徴:2022年5月発売、ネツピタントのプロドラッグ、単回静注

『制吐薬適正使用ガイドライン2023年10月改訂第3版』では、抗がん薬の催吐性リスクに応じてNK1受容体拮抗薬の使用が以下のように推奨されています。
高度催吐性リスク(90%以上の患者に嘔吐が発現)

中等度催吐性リスク(30-90%の患者に嘔吐が発現)

  • 基本的には5-HT3受容体拮抗薬 + デキサメタゾンの2剤併用
  • イリノテカン等の催吐性の高い薬剤では、NK1受容体拮抗薬の追加が推奨

軽度催吐性リスク(10-30%)および最小度催吐性リスク(10%未満)

  • NK1受容体拮抗薬は基本的に不要

日本癌治療学会による制吐薬適正使用ガイドラインの詳細情報
https://www.jjco.org/

選択的NK1受容体拮抗薬の薬物相互作用と投与時注意点

NK1受容体拮抗薬を使用する際には、重要な薬物相互作用への注意が必要です。特にアプレピタントおよびホスアプレピタントは、薬物代謝酵素CYP3A4を軽度から中等度に阻害するため、以下の相互作用が報告されています。
デキサメタゾンとの相互作用
アプレピタント併用時には、デキサメタゾンの代謝が阻害され、AUC(濃度時間曲線下面積)が約1.9倍に増加します。日本人患者における母集団薬物動態解析では、アプレピタント125mg経口投与とデキサメタゾンリン酸エステル6mg静注併用時、デキサメタゾンのクリアランスが0.53倍に低下することが確認されています。

 

このため、併用時のデキサメタゾン用量調整が必要です。

  • 高度催吐性リスク:12mg(注射薬9.9mg)に減量
  • 中等度催吐性リスク:6mg(注射薬4.95mg)に減量

ただし、CHOP療法などコルチコステロイドを抗がん薬として使用する場合は減量しません。

 

その他の薬剤との相互作用

  • 5-HT3受容体拮抗薬(オンダンセトロン、グラニセトロン):軽微な影響(AUC 1.10-1.15倍)
  • CYP3A4誘導薬(リファンピシン、フェニトイン、カルバマゼピンなど):アプレピタントの代謝促進により効果減弱の可能性
  • CYP3A4基質薬:代謝阻害による血中濃度上昇の可能性

選択的NK1受容体拮抗薬の投与方法と用法用量の最適化

各NK1受容体拮抗薬の標準的な投与方法は以下の通りです。
アプレピタント(イメンド)の投与法

  • 1日目:125mgを抗がん薬投与1時間前に経口投与
  • 2-3日目:80mgを朝食後に経口投与
  • 効果不十分時:最大5日間まで投与延長可能

ホスアプレピタント(プロイメンド)の投与法

  • 1日目のみ:150mgを抗がん薬投与30分前に30分間で点滴静注
  • 2-3日目:アプレピタント80mgの経口投与に切り替え

ホスネツピタント(アロカリス)の投与法

  • 1日目のみ:235mgを抗がん薬投与30分前に30分間で点滴静注
  • 追加投与は不要(半減期が長いため)

投与タイミングの最適化も重要で、抗がん薬投与前の予防的投与が基本となります。一度重度の嘔吐を経験すると、その後の治療でも嘔吐性事象で苦しむケースが多いため、初回治療から適切な制吐療法を実施することが推奨されています。

 

患者のアドヒアランスや経口投与の可否、抗がん薬レジメンのスケジュールを考慮した薬剤選択も重要です。経口投与が困難な患者や外来化学療法では注射製剤の選択が有用で、特にホスネツピタントは単回投与で3日間効果が持続するため、患者の利便性が向上します。

 

選択的NK1受容体拮抗薬の臨床効果評価と将来の発展可能性

NK1受容体拮抗薬の臨床効果は、完全奏効率(Complete Response:CR率)で評価されます。CR率は、嘔吐なし+救済薬不使用の患者割合として定義され、各薬剤とも承認用法用量において同等の効果が認められています。

 

効果の比較検討
現在使用可能な3種類のNK1受容体拮抗薬間では、悪心・嘔吐の抑制効果および全身作用に基づく副作用(血管痛を除く)に有意差は認められていません。そのため、薬剤選択は効果よりも患者の状況や利便性を重視して行われます。

 

血管痛と投与時の工夫
注射製剤であるホスアプレピタントやホスネツピタントでは、投与時の血管痛が報告されています。この対策として、十分な希釈や投与速度の調整、必要に応じた前処置の検討が推奨されています。

 

将来の発展方向
NK1受容体拮抗薬の研究開発は現在も継続されており、以下の方向性で進展が期待されています。

  1. より長時間作用型の製剤開発:現在のホスネツピタントの成功を受け、さらに長期間効果が持続する製剤の開発
  2. 経皮吸収型製剤:注射や内服が困難な患者向けの新たな投与経路
  3. 小児適応の拡大:現在成人のみの適応を小児患者にも拡大する研究
  4. 他の適応症への応用:術後悪心嘔吐(PONV)や妊娠悪阻への適応拡大の検討

また、個別化医療の観点から、患者の遺伝子多型や薬物代謝能に基づいた投与量調整の研究も進められており、より精密で効果的な制吐療法の実現が期待されています。

 

NK1受容体拮抗薬は、がん化学療法における制吐療法の重要な構成要素として確立されており、患者のQOL向上と治療継続性の確保に大きく貢献しています。適切な薬剤選択と投与方法により、より多くの患者が快適にがん治療を継続できる環境が整備されつつあります。

 

国立がん研究センターによる制吐療法の最新情報
https://www.ncc.go.jp/