選択的NK1受容体拮抗薬は、がん化学療法に伴う悪心・嘔吐(CINV:Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting)の予防において重要な役割を果たしています。これらの薬剤は、ニューロキニン1(NK1)受容体とサブスタンスPの結合を選択的に阻害することで制吐効果を発揮します。
NK1受容体は、Gタンパク質共役型受容体の一つで、中枢神経系および末梢組織に広く分布しています。特に延髄の孤束核や迷走神経終末に高密度で存在し、サブスタンスPとの結合により複数のイオンチャネルを修飾して、疼痛、神経原性炎症、情動などの広範囲な生理機能に関与しています。
CINVの発現機序は時期によって異なり、抗がん薬投与後24時間以内の急性期では主に5-HT3受容体が関与する一方、24-120時間後の遅発期では主にサブスタンスPとNK1受容体の相互作用が中心となります。このため、NK1受容体拮抗薬は特に遅発性嘔吐の予防に優れた効果を示します。
また、近年の研究では、抗がん薬投与開始120時間後以降(6日目以降)も持続する超遅発性CINVの存在も報告されており、NK1受容体拮抗薬の長期的な効果についても注目が集まっています。
現在、我が国で使用可能な選択的NK1受容体拮抗薬は以下の3種類です。
1. アプレピタント(商品名:イメンド)
2. ホスアプレピタントメグルミン(商品名:プロイメンド)
3. ホスネツピタント塩化物塩酸塩(商品名:アロカリス)
『制吐薬適正使用ガイドライン2023年10月改訂第3版』では、抗がん薬の催吐性リスクに応じてNK1受容体拮抗薬の使用が以下のように推奨されています。
高度催吐性リスク(90%以上の患者に嘔吐が発現)
中等度催吐性リスク(30-90%の患者に嘔吐が発現)
軽度催吐性リスク(10-30%)および最小度催吐性リスク(10%未満)
日本癌治療学会による制吐薬適正使用ガイドラインの詳細情報
https://www.jjco.org/
NK1受容体拮抗薬を使用する際には、重要な薬物相互作用への注意が必要です。特にアプレピタントおよびホスアプレピタントは、薬物代謝酵素CYP3A4を軽度から中等度に阻害するため、以下の相互作用が報告されています。
デキサメタゾンとの相互作用
アプレピタント併用時には、デキサメタゾンの代謝が阻害され、AUC(濃度時間曲線下面積)が約1.9倍に増加します。日本人患者における母集団薬物動態解析では、アプレピタント125mg経口投与とデキサメタゾンリン酸エステル6mg静注併用時、デキサメタゾンのクリアランスが0.53倍に低下することが確認されています。
このため、併用時のデキサメタゾン用量調整が必要です。
ただし、CHOP療法などコルチコステロイドを抗がん薬として使用する場合は減量しません。
その他の薬剤との相互作用
各NK1受容体拮抗薬の標準的な投与方法は以下の通りです。
アプレピタント(イメンド)の投与法
ホスアプレピタント(プロイメンド)の投与法
ホスネツピタント(アロカリス)の投与法
投与タイミングの最適化も重要で、抗がん薬投与前の予防的投与が基本となります。一度重度の嘔吐を経験すると、その後の治療でも嘔吐性事象で苦しむケースが多いため、初回治療から適切な制吐療法を実施することが推奨されています。
患者のアドヒアランスや経口投与の可否、抗がん薬レジメンのスケジュールを考慮した薬剤選択も重要です。経口投与が困難な患者や外来化学療法では注射製剤の選択が有用で、特にホスネツピタントは単回投与で3日間効果が持続するため、患者の利便性が向上します。
NK1受容体拮抗薬の臨床効果は、完全奏効率(Complete Response:CR率)で評価されます。CR率は、嘔吐なし+救済薬不使用の患者割合として定義され、各薬剤とも承認用法用量において同等の効果が認められています。
効果の比較検討
現在使用可能な3種類のNK1受容体拮抗薬間では、悪心・嘔吐の抑制効果および全身作用に基づく副作用(血管痛を除く)に有意差は認められていません。そのため、薬剤選択は効果よりも患者の状況や利便性を重視して行われます。
血管痛と投与時の工夫
注射製剤であるホスアプレピタントやホスネツピタントでは、投与時の血管痛が報告されています。この対策として、十分な希釈や投与速度の調整、必要に応じた前処置の検討が推奨されています。
将来の発展方向
NK1受容体拮抗薬の研究開発は現在も継続されており、以下の方向性で進展が期待されています。
また、個別化医療の観点から、患者の遺伝子多型や薬物代謝能に基づいた投与量調整の研究も進められており、より精密で効果的な制吐療法の実現が期待されています。
NK1受容体拮抗薬は、がん化学療法における制吐療法の重要な構成要素として確立されており、患者のQOL向上と治療継続性の確保に大きく貢献しています。適切な薬剤選択と投与方法により、より多くの患者が快適にがん治療を継続できる環境が整備されつつあります。
国立がん研究センターによる制吐療法の最新情報
https://www.ncc.go.jp/