先天性代謝異常症は、遺伝子の変異によって生まれつき代謝に必要な酵素が欠損または不足することが原因で起きる病気の総称です。生命維持するために摂取した糖質、タンパク質、脂質などはそれぞれ特異の酵素で分解して利用されますが、特定の酵素が欠損することで正常な代謝が阻害され、異常な物質が体内に蓄積したり、必要な物質が欠乏したりします。
参考)https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease25.html
現在報告されている先天性代謝異常症は1000種類以上にのぼり、代謝する物質に対応して多岐にわたって分類されています。主な分類としては、アミノ酸代謝異常症、有機酸代謝異常症、脂肪酸代謝異常症、糖質代謝異常症、尿素サイクル異常症、ライソゾーム病、ミトコンドリア病などがあります。
参考)https://www.shouman.jp/disease/search/group/list/08/%E5%85%88%E5%A4%A9%E6%80%A7%E4%BB%A3%E8%AC%9D%E7%95%B0%E5%B8%B8
発症頻度は疾患により異なりますが、すべての種類の病気を合わせると検査を受けた赤ちゃんのうち約9,000人に1人の割合で何らかの病気が見つかるとされています。個々の疾患は稀ですが、集合的には決して珍しくない疾患群といえます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11755387/
先天性代謝異常症の症状は疾患のタイプによって様々で、発症パターンも多様です。新生児期に嘔吐や眠りがち、呼吸の異常で発症するタイプ、乳幼児期に風邪や食事をとらないことをきっかけに急激に意識がなくなる、けいれんなどで発症するタイプ、小児期以降に筋肉の痛みなどで発症するタイプ、緩やかに神経退行を示すタイプなどが知られています。
主な症状として、けいれんや意識障害、顔立ちの特徴的変化、皮膚の異常、体臭や尿臭の変化、感染症や食事を抜いた後の急激な体調不良、呼吸異常、心筋症、肝臓や脾臓の腫大、原因不明の突然死、発達の遅れ、できていたことができなくなる退行現象などが挙げられます。
遅発性の先天性代謝異常症では、発育および発達が障害される傾向があり、嘔吐、痙攣発作、筋力低下なども起こりうるとされています。特に脂肪酸代謝異常症の遅発型では、横紋筋融解症やミオパチー、筋痛、易疲労性などの骨格筋症状が主にみられ、感染や飢餓、運動、飲酒などを契機に発症することが多く、症状が反復する特徴があります。
参考)https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/19-%E5%B0%8F%E5%85%90%E7%A7%91/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E6%80%A7%E4%BB%A3%E8%AC%9D%E7%96%BE%E6%82%A3/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E6%80%A7%E4%BB%A3%E8%AC%9D%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%8C%E7%96%91%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%81
新生児マススクリーニングは、赤ちゃんの先天性代謝異常症等の病気を早期に発見するための検査です。生後4~6日目のすべての赤ちゃんを対象として、足の裏から少量の血液を採取して行われます。
参考)https://www.yobouigaku-tokyo.or.jp/baby/public_index.html
現在、全国一律で公費により20疾患を対象とした検査が実施されており、検査は無償で受けることが可能です。対象疾患には、アミノ酸代謝異常症(フェニルケトン尿症、メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症など6疾患)、有機酸代謝異常症(メチルマロン酸血症、プロピオン酸血症など8疾患)、脂肪酸代謝異常症(MCAD欠損症、VLCAD欠損症など8疾患)、その他ガラクトース血症、先天性副腎過形成症、先天性甲状腺機能低下症が含まれます。
参考)https://www.pref.oita.jp/soshiki/12470/screeningtest.html
ただし、この検査ですべての先天性代謝異常症を発見することはできません。遅発性や特異的な疾患については、この検査以後に発症することがあるため、症状が現れてから診断される場合も多くあります。
参考)https://www.mils-int.jp/iemt.php
先天性代謝異常症の診断には、問診、診察、血液検査、尿検査、遺伝子解析などが必要で、それ以外の精密検査も行われることが多いです。特に血液を用いた新生児スクリーニングでは、タンデムマス法という高精度な分析技術が用いられており、複数の代謝産物を同時に測定できます。
参考)https://jsimd.net/pdf/newborn-mass-screening-disease-practice-guideline2019.pdf
尿を用いる先天性代謝異常症の検査により、血液検査だけでは発見できない多数の疾患を検出することも可能です。また、有機酸の分析では、液体イオン化質量分析法なども活用されており、診断精度の向上が図られています。
参考)http://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku1952/39/12/39_12_817/_article/-char/ja/
ミトコンドリア病などの特殊な疾患では、肝臓におけるミトコンドリア呼吸鎖の酵素活性測定が診断の基本となり、血液や皮膚線維芽細胞のみでの診断は非常に困難とされています。このように疾患によって適切な検査法を選択することが重要です。
参考)https://plaza.umin.ac.jp/icterus/01/1-2-8.html
遺伝子診断技術の進歩により、確定診断の精度も向上しており、疾患の原因となる遺伝子変異を特定することで、より正確な診断と治療方針の決定が可能になっています。
参考)https://www.jacga.jp/wp-content/uploads/2015/11/guide-line1_5.pdf
先天性代謝異常症の治療法は近年大きく進歩しており、薬物療法、酵素補充療法、食事療法などが確立されています。初期に確立された食事療法は、蓄積する物質の摂取を制限し、不足する物質を補充する方法で、フェニルケトン尿症などで効果が実証されています。
薬物療法では、蓄積する物質の体外への排泄を促進する治療法が用いられ、骨髄移植・肝臓移植による根本的な治療も一部の疾患で行われています。最近では、欠損する酵素を直接投与する酵素補充療法が実用化され、特定の疾患に対して有効な治療選択肢となっています。
遺伝子治療については、正常な遺伝子を細胞に導入して病気を治療する究極の治療法として注目されています。先天性代謝異常症では、アデノ随伴ウイルス(AAV)やレンチウイルスを用いた遺伝子治療が検討されており、一度の治療で長期間の治療効果が期待できる利点があります。特に脳など通常の薬では治療が困難な臓器に対しても効果が期待されています。
参考)https://www.jasmin-mcbank.com/jasminmcbank/wp-content/uploads/2017/08/170801_tokubetsu.pdf
ミトコンドリア病などの重篤な疾患に対しては、コエンザイムQ10や各種ビタミン剤による薬物療法、栄養療法により症状の改善が見られることがあり、重篤な肝外症状がなければ肝移植も治療選択肢として考慮されます。造血幹細胞移植についても、複数の先天性代謝異常症に対して検討されており、治療法の多様化が進んでいます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/f849b2e0d50b84eba635bbba5eb5a2583cb7550a