ミトコンドリア病は、細胞のエネルギー産生を担うミトコンドリアの機能異常により引き起こされる疾患群です。国内では約700人の報告があるのみの希少疾患ですが、その症状は極めて多彩で、エネルギー需要の高い臓器から順に障害が現れます。
主要な症状パターン:
代表的な病型として、MELAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群)があります。MELASは20歳以前の発症が多く、脳卒中様症状、繰り返す頭痛・嘔吐発作、精神症状を主症状とし、発症から平均16.9年で死亡する予後不良な疾患です。
診断には複数の検査が必要で、血液・髄液の乳酸・ピルビン酸値の上昇が重要なバイオマーカーとなります。ただし、これらの値が正常でもミトコンドリア病を否定できないため、頭部MRI・MRS検査、筋生検による病理学的検査、遺伝子検査を組み合わせた総合的診断が不可欠です。
2019年3月、タウリンがミトコンドリア病に対する日本初の保険適用治療薬として承認されました。この承認は、川崎医科大学の砂田芳秀教授らが実施した医師主導治験の成果です。
タウリンの作用機序は、ミトコンドリアのタンパク質産生と品質維持に重要な役割を果たすことです。具体的には、ミトコンドリアロイシンtRNAのタウリン修飾を促進し、ミトコンドリア内のタンパク質合成を正常化させます。この作用により、細胞損傷が抑制され、MELAS患者の脳卒中様発作の再発を有意に抑制することが証明されました。
タウリン療法の効果:
臨床試験では、タウリン大量療法(1日12g投与)により、MELAS患者の脳卒中様発作頻度が有意に減少し、基本病態であるミトコンドリアロイシンtRNAのタウリン修飾率が増加することが確認されました。
現在、MELASのさまざまな症状に対する適応拡大や、MURRFなど他のミトコンドリア病への応用も期待されています。タウリン療法は根本的な病態改善を目指す治療法として、ミトコンドリア病治療に新たな希望をもたらしています。
東北大学の阿部高明教授らが開発したMA-5(Mitochonic acid-5)は、世界初・日本発のミトコンドリア病治療薬として注目されています。2022年1月より第I相臨床試験が開始され、現在重要な局面を迎えています。
MA-5は、腎不全患者の血中から発見されたATPや造血を促進するインドール化合物の誘導体として開発されました。その独特な作用機序は、ミトコンドリア内膜のミトフィリンというタンパク質に結合し、ATP合成酵素の複合体形成を促進することでATP産生効率を高めるという、これまでにない新規メカニズムです。
MA-5の特徴:
非臨床試験では、GMPレベルで27kg合成し、各種薬理試験、動態試験、安全性試験をラットとサルで実施し、有効性と安全性を確認しています。また、ミトコンドリア病のマーカーであるGDF-15がMA-5の効果判定に有用であることも明らかになりました。
さらに、MA-5はミトコンドリア病だけでなく、デュシェンヌ型筋ジストロフィーやパーキンソン病モデルでも症状改善効果が確認されており、幅広い疾患への応用可能性が示されています。
ミトコンドリア病の確定診断には遺伝子検査が不可欠です。ミトコンドリア病は、核DNA変異とミトコンドリアDNA(mtDNA)変異の両方が原因となり得るため、遺伝形式も多様です。
遺伝子検査の種類:
mtDNA変異では、正常mtDNAと変異mtDNAが細胞内に混在するヘテロプラスミー状態が重要な診断要素となります。変異mtDNAの割合が高いほど症状が重篤になる傾向があり、臨床症状と変異負荷の相関を評価することで予後予測も可能です。
遺伝カウンセリングも重要で、特にmtDNA変異の場合は母系遺伝のため、家族計画に大きな影響を与えます。東京都立小児総合医療センターなどでは、臨床遺伝専門医と連携した遺伝カウンセリング体制を整備しています。
近年、次世代シーケンサーの普及により、より迅速かつ網羅的な遺伝子解析が可能になっています。これにより、これまで診断困難だった症例でも原因遺伝子の同定率が向上し、個別化医療の基盤が整いつつあります。
ミトコンドリア病患者では、エネルギー代謝の最適化が症状改善と予後向上の鍵となります。根治療法が限られる現状では、代謝サポートと生活指導が治療の中核を担います。
薬物療法による代謝サポート:
生活管理では、ミトコンドリアへの負担軽減が重要です。規則正しい生活リズム、十分な睡眠、栄養バランスの良い食事が基本となります。特に、絶食や過食はミトコンドリアストレスを増大させるため避けるべきです。
感染症はミトコンドリア病患者の症状悪化の重要な誘因となるため、感染予防策の徹底が必要です。インフルエンザワクチンなどの予防接種、手洗い・うがいの励行、人混みの回避などの指導が重要です。
運動療法については、過度な運動は避けつつ、患者の体力に応じた軽度の有酸素運動が推奨されます。理学療法士と連携した個別プログラムの策定により、筋力維持と心肺機能の改善を図ることができます。
また、最新の研究では、ケトン食やケトン体補充がミトコンドリア病患者のエネルギー代謝改善に有効である可能性が示唆されており、今後の治療戦略として注目されています。
東北大学病院のミトコンドリア病診療における最新の取り組み
https://www.hosp.tohoku.ac.jp/webmagazine/feature/1373/
難病情報センターのミトコンドリア病詳細情報
https://www.nanbyou.or.jp/entry/194
ミトコンドリア病の診断・治療ガイドライン(日本ミトコンドリア学会)
http://jamp-mit.org/emerging.html