消化性潰瘍は胃粘膜および十二指腸粘膜に生じた良性の上皮欠損と定義され、組織学的には粘膜筋板を超える上皮欠損を指します 。内視鏡診断では正確な欠損深度の判定が困難な場合があるため、直径3mm以上(または5mm以上)の粘膜欠損を「潰瘍」と定義しています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/63/12/63_2433/_html/-char/ja
発生部位により以下のように分類されます。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%88%E5%8C%96%E6%80%A7%E6%BD%B0%E7%98%8D
本邦における消化性潰瘍の患者数は漸減傾向にあり、その死亡者数は1970年には年間約8,000人でしたが、2017年には約2,500人と著しく減少しています 。
本邦における消化性潰瘍の2大要因は、ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)感染およびNSAIDsや低用量アスピリン(LDA)などの薬剤使用です 。
ヘリコバクター・ピロリ菌感染
H. pylori感染は消化性潰瘍の主要な原因であり、2005年にバリー・マーシャルとロビン・ウォレンがH. pyloriが消化性潰瘍を引き起こすことを確認しノーベル賞を受賞しました 。除菌治療により多くの場合、潰瘍は再発しません 。
参考)https://midori-hp.or.jp/pharmacy-blog/web20230317
薬剤性潰瘍
現在、潰瘍の原因として圧倒的に多いのは薬剤性の出血性潰瘍です 。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や血液をサラサラにする作用のある低用量アスピリンが主な原因となります 。
参考)https://kenko.sawai.co.jp/prevention/202404-2.html
近年では、H. pylori、NSAIDs/LDAいずれにも起因しない消化性潰瘍(特発性消化性潰瘍)が増加しており、新しい臨床課題となっています 。フランスの総合病院での研究では、消化性潰瘍患者の5人に1人がH. pylori感染ともNSAIDs/アスピリン内服とも関連のない特発性潰瘍であることが明らかになりました 。
参考)https://www.carenet.com/news/general/carenet/36110
消化性潰瘍の症状は潰瘍の位置や年齢によって異なる場合があります 。
主要な症状
参考)https://onumata-clinic.com/colum/2364/
食事との関連
胃潰瘍では食べ物が胃に入るにつれて胃酸発生量が増加するため、食事中に上腹部痛を生じます 。一方、十二指腸潰瘍の痛みは空腹によって悪化するため、食事によって緩和され、夜間の痛みに関連します 。
診断方法
参考)http://keijinkai-hp.net/chiryo/jyunishicho.html
45歳以上の人や体重減少などの他の症状がある人に初めて生じた場合は、胃がんでも同様の症状が起こることがあるため、検査が必要となります 。
日本消化器病学会は2020年に「消化性潰瘍診療ガイドライン2020改訂第3版」を発刊し、最新のエビデンスに基づく治療指針を示しています 。
参考)https://www.nankodo.co.jp/g/g9784524225446/
除菌治療
H. pylori感染が判明した場合、除菌が第一選択となります 。日本では一次除菌において、プロトンポンプ阻害薬(PPI)またはボノプラザンと、抗菌薬のアモキシシリンおよびクラリスロマイシンの3剤併用療法を7日間行います 。二次除菌にはクラリスロマイシンに代わってメトロニダゾールを用います 。
薬物療法
薬剤性潰瘍の対応
NSAIDsが原因の場合は原因薬剤の中止が最優先となります 。病気の関係で中止できない場合は、プロトンポンプ阻害薬などの胃酸産生を抑える薬や胃内壁を守る薬を併用します 。
参考)https://todokusuri.com/column/post_20240510/
NSAIDs潰瘍の予防
非選択的NSAIDsと比較しCOX-2選択的阻害薬で消化性潰瘍合併リスクが低下することが示されており推奨されています 。潰瘍既往のある場合には、予防としてプロスタグランジン(PG)製剤やH2受容体拮抗薬よりも優れた予防効果が示されているPPIが第一選択薬として推奨されます 。
参考)https://www.takanohara-ch.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/01/DI_2022_01.pdf
低用量アスピリン(LDA)潰瘍の予防
LDAの中止により心血管イベントによる死亡率が増加するため、可能な限り休薬せずにPPIで治療します 。PPIまたはP-CABの投与が推奨されますが、日本では潰瘍既往のない予防において保険適用はありません 。
特発性潰瘍の治療
原因が明らかでない特発性潰瘍では、PPIを用いて治療し、再発予防のためPPIやH2受容体拮抗薬投与が維持療法として推奨されます 。消化性潰瘍診療ガイドラインでも特発性潰瘍(IPUD)の再発予防としてPPIまたはヒスタミンH2受容体拮抗薬投与が必要であると提案されています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/64/6/64_1201/_html/-char/ja
手術適応
手術が消化性潰瘍に対して必要になることは現在では稀ですが、以下の場合に検討されます :
最新の動向
2025年における消化性潰瘍診療では、新たな診断法や多くの新薬の登場により治療が大きく進歩していますが、それに伴い診療も複雑化しており、専門的な知識を有する医師を中心としたチーム医療の重要性が高まっています 。特に高齢患者の増加が新たな課題となっており、個別化された治療アプローチが求められています 。
参考)https://www.kawanishi-hospital.jp/news/2025/06/news_1929.php