骨折直後から動かさないほうが安全だと思っていませんか?実は術後翌日から始めないと、3〜6か月後の握力回復が10%以上落ちます。
橈骨遠位端骨折は全骨折の16〜20%を占める、成人上肢骨折のなかで最も頻度の高い骨折です。治療は保存療法(70〜90%)と手術療法(20〜30%)に大別され、どちらの場合もリハビリ開始のタイミングと内容が予後を大きく左右します。
リハビリ開始の原則は「早期介入」です。掌側ロッキングプレートを用いた観血的整復固定術(ORIF)であれば、術後翌日から手指・肘・肩のROM訓練が推奨されています。実際に東大阪病院のプロトコールでは、術後翌日に退院しながら翌日から外来リハビリを開始するケースも増えているとされています。
では固定期(術後0〜3週)に行うべき主な介入は何でしょうか。
保存療法(ギプス固定)の場合は腫脹が引く1〜2週間後にギプスが巻き直されるため、その間も手指運動は継続可能です。早期からの手指運動は腱の癒着予防にも直結します。これが基本です。
また、骨折後1〜2か月に突然起こる長母指伸筋腱断裂にも注意が必要です。運動中に手関節部または前腕背側で「轢音」や患者が「何か違う感じ」と訴えたら、直ちに運動を中断して医師に報告するルールをプロトコールに組み込むべきです。
北海道医療大学病院のプロトコール(掌側ロッキングプレート固定術後)では、術後3日目に腫脹が引いたらcockup splintを作製し、1週で抜糸、2〜3週で外固定除去を開始、という段階的な流れが示されています。粉砕骨折の場合はSAFHS(超音波骨折治療器)の使用も検討します。
北海道医療大学病院:橈骨遠位端骨折 掌側ロッキングプレート固定術後プロトコール(PDF)
外固定が除去される3〜4週以降は、いよいよ手関節と前腕の可動域改善を本格的に開始します。機能訓練期です。
この時期のリハビリは「愛護的な他動運動から、自動運動へ」という段階を踏むことが重要です。可動域の目標値が明示されているプロトコールでは、4週時点での目安として「掌屈20°・背屈45°・回内60°・回外45°」が設定されています。6週時点では「掌屈60°・背屈70°・回内90°・回外60°」まで拡大するのが一般的な到達目標です。
機能訓練期に用いる主なツールと方法を整理しましょう。
| ツール | 目的 | 使用時期の目安 |
|---|---|---|
| リストラウンダー | 掌背屈の自動運動 | 2〜4週から |
| クランクバー | 回内外の自動運動 | 2〜4週から |
| 筒転がし | 掌背屈(低負荷) | 2〜4週から |
| Oベルト | 持続的他動掌背屈(10分間伸張) | 4週以降 |
| 掌背屈板 | 掌屈位または背屈位で10分間伸張 | 2〜4週から |
| 重錘伸張 | 高負荷の持続伸張 | 6週以降(過負荷注意) |
このうちOベルトは、肘を机上に乗せ、輪にした太めのベルトを上腕と手掌にかけ、肘90°屈曲位で10分間伸張するシンプルなツールです。コストを抑えながら自宅でも実施しやすいため、自主練習への移行に向いています。
前腕回外は回内より優先して運動を進めることが原則です。前腕回外の制限は日常生活動作(洗顔・食事・書字など)への影響が大きく、遅れると回内外のバランス回復が難しくなります。
また屈筋腱癒着が疑われる場合は手関節掌屈位での指の自動運動(グライディングエクササイズ)を、伸筋腱癒着が疑われる場合は手関節背屈位での指の自動伸展を優先します。腱ごとの動きを意識した介入が有効ということですね。
運動後30分以上、痛みが続く場合は運動負荷が強すぎる合図です。
セラピスト側も患者に「30分ルール」を伝え、自主練習のセルフモニタリングとして定着させることが重要です。
プライベートリハ:橈骨遠位端骨折のリハビリ詳細(Ⅰ〜Ⅲ期の運動療法解説)
骨癒合が完成する6〜8週以降は、筋力増強期へ移行します。この時期は積極的な負荷運動と日常生活への応用が中心になります。
筋力増強期の代表的な訓練内容には、次のものが含まれます。
職場復帰の目安はどうなるんでしょう。デスクワーク・軽作業であれば、術後8〜12週で終了・復帰できるケースが多いとされています。力仕事・重作業を伴う場合は3〜6か月かかることもあります。外来リハビリは退院直後の週2回程度から始まり、自主トレの定着状況と患部の状態に応じて週1回へ移行するのが一般的な流れです。
ここで注目すべきエビデンスがあります。2022年に発表されたRCTでは、術後2週間以内に早期握力トレーニングプログラム(EGTP)を開始した群は、術後6か月で健側比90%以上の握力回復を達成し、通常のリハビリ群よりも筋力・可動域ともに有意に改善したことが報告されています(Medicine, 2022)。握力トレーニングというシンプルな介入であっても、タイミングが早ければ成果が変わります。
また、掌側ロッキングプレートを用いた術後に「即時可動群」と「外固定群」を比較した2025年のメタアナリシス(Daherら、RCT4件・228例)でも、即時可動は合併症・再手術率を増加させず、3〜6か月後の痛み(VAS)・機能障害(DASH)が有意に改善していたことが示されています。「固定してからリハビリ」は必須ではないということです。
長谷川整形外科:橈骨遠位端骨折の手術後に固定は必要か?早期リハビリのメタアナリシス解説(2025年)
リハビリスケジュールを組む際、痛みと腫脹の管理だけに目を向けていると、重大なリスクを見落とす可能性があります。それがCRPS(複合性局所疼痛症候群)と手指拘縮です。
橈骨遠位端骨折後のCRPS発症率は、報告により8〜35%とされています。意外ですね。つまり10人に1人、場合によっては3人に1人がCRPSリスクを抱えている計算になります。CRPSが慢性化した場合の予後は厳しく、骨折から平均2.3か月後に診断された患者を16年間追跡した調査では、93%に疼痛が残存していたことが報告されています(CareNet Academia, 2025)。
早期発見のためのチェックポイントとして、以下のサインに注目してください。
これらのサインを複数認めた場合は、CRPSを疑って医師に報告し、早期の集中的な介入(疼痛管理+作業・理学療法)を進める必要があります。治療目標は「痛みの緩和」より「機能回復」を重視することが、日本ペインクリニック学会のガイドラインでも明示されています。
手指拘縮については、手背の浮腫によるMP関節伸展拘縮と母指内転拘縮が最も起こりやすい変形です。固定期間中からのMP他動屈曲・母指外転位の維持を徹底することが、拘縮予防の第一歩となります。
注意点として、保存療法のギプス圧とCRPS発症には因果関係があるとも報告されています。ギプス交換のタイミングや圧迫の強さが実は重要です。整形外科チームとのコミュニケーションを密にして、ギプスの締め過ぎや腫脹の増大がないか連携して確認する体制をつくることが、転帰改善につながります。
日本ペインクリニック学会:複合性局所疼痛症候群(CRPS)診療ガイドライン(PDF)
どれだけ精度の高いプロトコールを設計しても、患者が自主練習をしなければ機能回復は進みません。セラピストが直接介入できる時間は1日のほんのわずかであり、訓練以外の時間こそが回復を決めるという視点が不可欠です。
自主練習定着に向けた患者指導の核心は「視覚化」と「段階的理解」です。橈骨遠位端骨折後の患者の多くは初めての骨折・手術を経験しており、「手を動かしていいのか」「痛みは正常なのか」という基本的な疑問を持っています。この不安が過剰な安静につながり、拘縮を進行させるという悪循環が現場では頻繁に起こります。
効果的な指導書・パンフレットを活用することで、患者は自宅でも内容を何度でも確認できます。写真付きの指導書は動作のイメージを助け、「痛い=動かしてはいけない」という誤解の修正にも有効です。
日本作業療法士協会が2023年度の課題研究でも、自主練習動画(YouTube活用)が患者のエクササイズ定着に有効であることを示しており、デジタルツールの活用も今後の選択肢として広がっています。
患者指導で意識すべき3点を以下に整理します。
通院リハビリと自主練習、どちらが成績が良いかという問いに対して、「有意差はない」という研究結果があります。ただし、通院リハビリは拘縮が強い症例や患者満足度の面で優れているとも報告されています。つまり、症例に応じた使い分けが条件です。自主練習への依存度が高い外来では特に、初回の指導の質と継続フォローが長期的な成績を決めます。
また再転倒予防も見落とせないポイントです。橈骨遠位端骨折の患者の55.2%は複数回の転倒経験を持つという報告があり、骨折治療と並行して転倒リスク評価と自宅環境整備の指導も取り入れることが、再受傷予防として重要な視点になります。
社会医療法人有隣会 東大阪病院:橈骨遠位端骨折のリハビリテーション〜患者指導の工夫〜(OTによる実践報告)