DLCO(Diffusing capacity of the Lung for Carbon monoxide)は、肺胞から血液中への一酸化炭素の拡散能力を測定する検査で、肺のガス交換機能を評価する重要な指標です。医療従事者にとって、正確な基準値の理解と適切な解釈は、呼吸器疾患の診断と管理において極めて重要です。
DLCOの基準値は、**予測値に対して80-120%**が標準的な範囲とされています。この基準値は年齢、性別、身長、体重などの個人因子を考慮した予測式から算出された値に対する相対評価として表現されます。
具体的な判定基準。
日本の多くの医療機関では、予測値の80%未満を異常値として採用しており、これは国際的な標準とも一致しています。一部の施設では70%を下限とする場合もありますが、80%がより広く受け入れられている基準です。
健常成人における実測値では、20-30 ml/min/mmHgが正常範囲とされ、この値を下回る場合は肺胞でのガス交換障害を示唆します。ただし、個人差が大きいため、予測値との相対評価による判定が臨床的により有用とされています。
DLCOの測定は**単一呼吸法(single-breath technique)**により実施されます。患者は0.3%程度の一酸化炭素を含む特殊ガス(ヘリウムとの混合ガス)を吸入し、10秒間息を止めた後に呼気を採取します。
測定手順の詳細。
測定には高精度な機器が必要で、検査時間は約60分を要します。2017年のERS/ATS基準に従い、測定の精度管理が重要視されています。
測定値の補正も重要な要素です。ヘマトクリット値による補正や肺胞気量(VA)による正規化(DLCO/VA)により、より正確な評価が可能になります。DLCO/VAの基準値は5.0-6.0 mL/min/mmHg/Lとされています。
DLCOの基準値は多くの生理学的因子により変動するため、これらの理解は適切な解釈に不可欠です。
年齢の影響。
加齢とともにDLCOは低下する傾向があります。これは肺胞表面積の減少、肺弾性の低下、胸壁の硬化などが原因です。日本人を対象とした研究では、年齢特異的な予測式が開発されており、より正確な評価が可能となっています。
性別による差異。
男性は女性と比較してDLCO値が高い傾向があります。これは肺容量や筋力の違いが主要因です。性別特異的な予測式の使用により、この差異を適切に補正できます。
身体的因子。
喫煙歴の影響。
喫煙者では非喫煙者と比較してDLCOが低下することが知られています。予測式の多くは非喫煙者を基準としているため、喫煙歴の詳細な聴取が重要です。
DLCO値の異常は、様々な呼吸器疾患の診断と重症度評価において重要な情報を提供します。
DLCO低下を来す主要疾患。
間質性肺疾患。
肺線維症などの間質性肺疾患では、肺胞壁の肥厚により拡散障害が生じ、DLCOの顕著な低下が認められます。過敏性肺炎の研究では、93.8%の症例でDLCO低下が確認されており、早期診断の重要な指標となります。
肺気腫。
肺気腫では肺胞構造の破壊により、ガス交換面積が減少します。特にDLCO/VAの顕著な低下が特徴的で、肺気腫の診断において高い特異性を示します。
肺血管疾患。
肺高血圧症や肺塞栓症では、肺毛細血管床の減少によりDLCOが低下します。膠原病関連肺高血圧症では、FVC/DLCO比が診断的価値を持つことが報告されています。
COVID-19後遺症。
COVID-19感染後の患者では、DLCOの低下が最も頻繁に認められる異常所見です。退院後3ヶ月の時点で57%の患者にDLCO低下が認められ、長期的なフォローアップの必要性が示されています。
DLCOの臨床応用は多岐にわたりますが、その限界も理解しておく必要があります。
外科手術前評価。
呼吸器外科手術では、**術後予測DLCO(%ppoDLCO)**が重要な評価指標です。%ppoDLCO < 60%は周術期合併症および死亡リスクの増加を示すため、手術適応の慎重な判断が必要です。
心臓手術前評価においても、**DLCO < 70%**は術後合併症の予測因子となることが報告されています。
治療効果判定。
間質性肺疾患の治療効果判定において、DLCOの変化は重要な指標です。ただし、日常的な変動や測定誤差を考慮し、10-15%以上の変化を有意な変化として解釈することが推奨されています。
検査の限界と注意点。
また、正常なDLCO値でも疾患を完全に否定はできない点も重要です。過敏性肺炎の研究では、呼吸機能検査が正常型でも86.7%の症例でDLCO低下が認められており、他の検査所見との総合的な判断が必要です。
DLCOは肺のガス交換機能を評価する極めて有用な検査ですが、その結果の解釈には十分な知識と経験が必要です。基準値の適切な理解と臨床症状との関連性を常に考慮した総合的な判断が、患者の最良の転帰につながります。