周術期における血糖管理は、術後合併症の予防において極めて重要な位置を占めています。米国糖尿病学会(ADA)は、周術期の目標血糖値として144~180mg/dL(8.0~10.0mmol/L)を推奨しており、この範囲が術後合併症のリスクを最小化しながら低血糖を回避できるとされています。術前のコントロール目標としては、空腹時血糖値140mg/dL以下、食後血糖値200mg/dL以下、HbA1c 8.0%未満が望ましいとされており、尿中ケトン体は陰性であることが求められます。webview.isho+2
術中の血糖管理では、150~200mg/dLを目標値として設定し、ブドウ糖投与速度は0.1~0.2g/kg/hrで調整します。術後の集中治療期においては、従来は200mg/dL程度の高血糖が容認されてきましたが、Van den Bergheらの報告以降、80~110mg/dLの範囲を目標とした強化インスリン療法が死亡率や感染症の発生率を改善することが示されました。しかし、厳格すぎる血糖管理は低血糖のリスクを高めるため、現在では140~180mg/dLが主流の目標値となっています。kochi-u+2
SSI(手術部位感染症)予防の観点からは、150mg/dL以下に管理することが望ましいとされています。米国外科学会のSSIガイドラインでは目標血糖値110-150mg/dL、心臓外科手術では180mg/dL未満が推奨されています。消化器外科手術では、1回でも180~200mg/dL以上、または2回連続150mg/dL以上でインスリン投与を開始し、目標血糖値は110~150mg/dLとするintensive protocolが提唱されています。gekakansen+1
周術期の血糖管理は、原則として術前からインスリンで行い、経口血糖降下薬は中止することが推奨されています。術前の経口血糖降下薬管理において、SGLT2阻害薬は術前2~3日前までに中止する必要があり、これは正常血糖糖尿病性ケトアシドーシスのリスクを回避するためです。一方、DPP-4阻害薬やGLP-1アナログなどのインクレチン関連薬は低血糖を起こしにくく、周術期の血糖管理に有用である可能性が示唆されています。medical.kowa+3
インスリン投与法としては、ブドウ糖を含む輸液と速効型インスリンを投与し、インスリン混合の目安はブドウ糖3-5gにつき1単位とされています。数時間おきに血糖を測定し、異常値にはスライディングスケールで対応します。強化インスリン療法では、1日に4~5回インスリン注射を行い、持効型(あるいは中間型)インスリンにより基礎分泌を、超速効型(あるいは速効型)により食後の血糖上昇に対応します。hokusoh-masuika+2
手術当日は、中間型・持効型インスリン以外は中止となり、術中から術後にかけては持続静注によるインスリン投与が推奨されます。Portlandグループは心臓手術中からインスリンの持続静注を開始し、インスリン皮下注と比べて死亡率を60%近く減少させることができたと報告しています。術後の経口摂取が安定し、血糖コントロールが良好であることを確認してから、術前の薬物療法に戻すことが原則とされています。hokusoh-masuika+1
術後感染症、特にSSIと血糖値の関連については、多くの研究が実施されています。興味深いことに、術前血糖値や術前HbA1c値とSSI発生率の間には明確な関連は認められていません。実際に重要なのは術後の血糖値であり、術後高血糖(200mg/dL以上)がSSI発症リスクを倍増させることが報告されています。術後48時間以内の血糖値が術後感染症と密接な関連を示しており、術後1日目の最高血糖値が220mg/dL以上の群では、それ以下の群と比較して術後感染の頻度が2.7倍になるという報告があります。pmc.ncbi.nlm.nih+1
周術期高血糖は感染性合併症の独立した危険因子であり、200mg/dL以下の血糖管理が望まれます。高血糖状態は好中球の機能低下、顆粒球の貪食能の低下、細胞内殺菌能の低下を惹起し、感染症や虚血性心疾患発生のリスクをもたらします。術前HbA1c<7.0であれば感染性合併症の頻度は低いことが示されており、糖尿病の有無によらず周術期高血糖がSSIのリスク因子となることが明らかになっています。jstage.jst+2
一方で、術前の血糖値が高いからといって手術を延期することは必ずしも必要ではなく、それよりも手術後にしっかりと血糖管理ができるように準備することが適切な対応とされています。ただし、緊急手術でない限り、ある程度の血糖コントロールを達成してから手術を行うことが推奨されます。sports-doctor93+1
手術を延期すべきケースの判断は、周術期管理において重要な意思決定となります。一般的に、HbA1cが9%以上、空腹時血糖が200mg/dLを超える状態では、感染や創傷治癒遅延のリスクが非常に高いため、手術延期を検討することが推奨されています。英国のガイドラインでは「待機手術において術前HbA1cが8.5%以上の場合には血糖コントロールが改善するまで、手術を延期する」とされています。shigoto-retriever+1
日本のガイドラインにおいても、空腹時血糖200mg/dL以上、食後血糖300mg/dL以上、尿ケトン体陽性のいずれかの場合には、手術延期が勧められています。待機可能な場合、HbA1c 8.5%以上は手術延期の目安となります。一方、施設によっては緊急を要する場合、ある程度の高血糖であっても手術を行うこともあり、個々の患者の状態と手術の緊急性を総合的に判断する必要があります。hoyukai+1
ケトアシドーシス(DKA)や高浸透圧高血糖症候群(HHS)など急性合併症がある場合は、もちろん手術は延期となります。糖尿病患者は術後合併症の頻度が高いため、術前の評価と準備が極めて重要であり、患者の状態変化を早めにキャッチし、医師への適切な報告を行うことが求められます。webview.isho+1
人工膵臓は、血糖値の連続モニタリングであると同時に、インスリンとブドウ糖の投与量を自動的に調節し、血糖値を設定範囲内にコントロールすることを可能とする革新的なデバイスです。従来のsliding-scale法を用いたマニュアル式血糖管理法に比べて、Closed-loop型人工膵臓では術後感染症発生頻度を有意に抑制し、術後在院日数の短縮、入院費用の削減を実現できることが証明されています。jstage.jst+2
人工膵臓を用いた周術期血糖管理の利点として、①リアルタイムの連続血糖測定、②目標血糖域に沿った血糖管理、③血糖変動が少なく安定、④低血糖発作の回避、⑤頻回の血糖測定による医療スタッフの負担軽減が挙げられます。特に膵切除術においては、手術侵襲による高血糖と膵性糖尿病による低血糖リスクの両方が存在するため、人工膵臓による適切な血糖コントロールが術後合併症の軽減に有効であることが示されています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
本邦では400例以上の周術期血糖管理において、人工膵臓STG-22またはSTG-55を用いて80-110 mg/dLの血糖値を目標とした強化インスリン療法を実施し、低血糖発作を生じることなく血糖変動の少ない安定した管理が可能であったことが報告されています。肝臓外科手術においては、肝阻血解除後に急峻に血糖値が上昇することが判明しており、人工膵臓による強化インスリン療法がこのような複雑な病態下での血糖管理に特に有用です。jstage.jst
日本外科代謝栄養学会雑誌 - 人工膵臓を用いた周術期血糖管理の詳細な論文
人工膵臓による周術期血糖管理の臨床研究の参考として、最新の知見が掲載されています。
日本糖尿病学会 - 糖尿病診療ガイドライン2024
周術期を含む糖尿病患者の総合的な管理指針として、最新のエビデンスに基づいた推奨事項が記載されています。
NYSORA - SAMBA 2024周術期血糖管理に関する最新の合意ガイドライン
外来手術を受ける糖尿病患者の管理に関する包括的な推奨事項が示されています。
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レジデントノート 2019年6月 Vol.21 No.4 血糖コントロール 病棟での「あるある」を解決します! -急性期,周術期,血糖不安定など病態に応じた実践的な管理のポイント [単行本] 赤井 靖宏