HAQスコアが高い患者ほど、実は薬物治療よりもリハビリ介入の優先度が高くなるケースがあります。
HAQスコア(Health Assessment Questionnaire)は、1980年にスタンフォード大学のJames F. Fries博士らが開発した、患者の身体的機能障害を定量的に評価するための患者立脚型アウトカム指標です。開発当初は関節リウマチ(RA)患者の日常生活動作(ADL)の評価を目的としていましたが、現在ではその汎用性の高さから、変形性関節症・全身性エリテマトーデス・強直性脊椎炎など多くの膠原病・リウマチ性疾患に応用されています。
患者立脚型、という点が重要です。従来の医師主導の評価と異なり、患者自身が自分の日常生活の困難度を報告する形式(PRO:Patient-Reported Outcome)を採用しています。これにより、検査値や画像所見には現れない「生活の質の低下」を可視化できるという大きな強みがあります。
HAQが登場する以前、リウマチ診療における治療効果の評価は主に炎症反応(CRP・ESR)や関節所見(腫脹・圧痛関節数)に依存していました。しかし、炎症が抑制されていても患者のADLが改善しないケースが少なくないことが問題視され、機能的アウトカムを直接測定する指標の必要性が高まりました。HAQはその課題に応える形で生まれた指標です。
つまり、HAQは「患者が実際にどれだけ生活できているか」を測るツールです。
日本リウマチ学会 用語集 – リウマチ関連評価指標の解説ページ(HAQ・DAS28など主要指標を収録)
HAQは以下の8つのカテゴリで構成されており、それぞれのカテゴリに2〜3問の質問項目が含まれています。
| カテゴリ番号 | カテゴリ名(日本語) | 評価内容の例 |
|---|---|---|
| 1 | 更衣・身だしなみ | 衣服の着脱、靴ひもを結ぶ |
| 2 | 起床 | 椅子・ベッドからの立ち上がり |
| 3 | 食事 | 食事の切り分け、コップを口まで運ぶ |
| 4 | 歩行 | 屋外での歩行、階段の昇降 |
| 5 | 衛生 | 入浴、洗髪、トイレ動作 |
| 6 | リーチ(手を伸ばす動作) | 頭上の物を取る、かがむ |
| 7 | 握力・つかむ動作 | 蛇口を回す、瓶の蓋を開ける |
| 8 | その他の活動 | 買い物、車の乗降、掃除 |
各質問の回答は「困難なく可能(0点)」「多少の困難はあるが可能(1点)」「かなり困難(2点)」「不可能(3点)」の4段階で評価します。各カテゴリでの最高点(最も困難な項目のスコア)をそのカテゴリのスコアとして採用し、8カテゴリの合計を8で割った値(0〜3の範囲)が最終的なHAQスコアとなります。
計算式はシンプルです。
$$\text{HAQスコア} = \frac{\sum_{i=1}^{8} \text{各カテゴリの最高点}}{8}$$
補助具(杖・装具など)や他者の介助を必要とする場合は、そのカテゴリのスコアを少なくとも2点以上に引き上げるルールがあります。この「補助具・介助の加算ルール」は見落とされやすいため、正確な運用には注意が必要です。意外と見落とされるポイントです。
スコアの解釈目安は以下の通りで、臨床的に広く用いられています。
臨床的に意味のある改善(MCID:Minimum Clinically Important Difference)は、一般に0.22〜0.25ポイントの低下とされており、治療効果判定においてはこの変化幅を基準に評価することが推奨されています。
関節リウマチ診療において、HAQスコアはDAS28(Disease Activity Score 28)と並んで重要な評価指標ですが、この2つは測定しているものが根本的に異なります。DAS28は疾患活動性(炎症の程度)を評価するのに対し、HAQは身体機能障害(生活への影響)を評価します。この違いは非常に重要です。
実臨床では、DAS28が寛解レベルに達しているにもかかわらず、HAQスコアが改善しない「機能的非寛解」の状態が一定数の患者で観察されます。研究によると、DAS28寛解患者のうち約30〜40%がHAQスコアでは機能障害が残存しているというデータがあります。つまり炎症を抑えるだけでは不十分な場合があるということです。
この「機能的非寛解」の背景には、関節破壊による構造的損傷の蓄積、痛みに対する中枢感作、廃用による筋力低下、抑うつや睡眠障害などの精神的要因が絡み合っています。薬物療法だけでなく、リハビリテーション・患者教育・精神的サポートを組み合わせたアプローチが求められる状況です。
HAQスコアは予後予測にも有用とされています。早期RA患者における発症1年後のHAQスコアが0.5以上の場合、10年後に就労困難となるリスクが有意に高いという報告があり、早期介入の根拠として機能します。
| 評価指標 | 何を測るか | 患者負担 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| DAS28 | 疾患活動性(炎症) | 採血+診察が必要 | 治療効果・寛解判定 |
| HAQ | 身体機能障害(ADL) | 患者自己記入のみ | 機能評価・予後予測・QOL評価 |
| SDAI/CDAI | 疾患活動性 | 採血不要(CDAI) | 外来での簡便な活動性評価 |
日本リウマチ学会 診療ガイドライン – RA治療における評価指標の推奨使用法(DAS28・HAQの位置づけを含む)
現在臨床や研究で使用されているHAQ関連ツールは複数の変形版が存在しており、場面に応じた使い分けが求められます。各バージョンの違いを正確に理解しておくことは、研究論文を読む際の誤読防止にもつながります。
最も広く普及しているのはHAQ-DI(Disability Index)で、原版HAQの機能障害セクションのみを抽出した20項目版です。現在「HAQ」と呼ばれる場合の多くはこのHAQ-DIを指しています。HAQ-DIが事実上の標準です。
mHAQ(Modified HAQ)は、各カテゴリから1項目ずつ抜粋した8項目の短縮版で、外来診療での運用負担を軽減するために開発されました。記入時間は約2〜3分と、原版の半分以下に短縮されています。ただし、項目数が少ない分、感度(微細な変化の検出力)が原版より若干低下するという指摘もあります。
MDHAQ(Multidimensional HAQ)は、身体機能の評価に加えて、疼痛・倦怠感・精神的健康などの多次元的評価を取り込んだ発展版です。日本では主に研究目的での使用が多いですが、包括的なQOL評価が必要な場面では有力な選択肢になります。
施設内で使用するバージョンを統一し、経時的な変化を追跡できる体制を整えることが、HAQを最大限に活用するための基本条件です。バージョンの混在には注意が必要です。
HAQスコアは多くの臨床試験で使用されており、RA治療薬の承認審査においても重要なアウトカム指標として採用されています。メトトレキサート(MTX)、TNF阻害薬、IL-6阻害薬などの生物学的製剤の臨床試験では、プラセボ群と比較したHAQスコアの改善幅が有効性の根拠の一つとして提示されています。これは臨床に直結する情報です。
しかし、HAQには認識しておくべき限界もあります。HAQは身体的ADLの評価に特化しているため、精神的健康・社会参加・職業機能・睡眠の質といった側面は評価されません。また、加齢や合併症(変形性関節症・糖尿病性ニューロパチーなど)がスコアに影響するため、高齢患者や合併症の多い患者では「RA由来の機能障害」と「加齢・合併症由来の機能障害」の区別が難しくなることがあります。
さらに、文化的・社会的背景による回答バイアスも指摘されています。日本の患者は欧米の患者と比較して、困難度を控えめに申告する傾向があるという研究報告があります。患者の背景を踏まえた解釈が原則です。
HAQを補完する指標として、以下のものが実臨床で併用されることがあります。
HAQスコアを単独で使うのではなく、患者の全体像を捉えるための複数指標との組み合わせが、質の高い診療につながります。HAQはあくまで評価の一部です。
患者自身がスマートフォンや端末でHAQを入力できる電子PRO(ePRO)システムの導入が国内外で進んでおり、記入漏れの防止・データ管理の効率化・受診前スコアの自動集計などのメリットが報告されています。外来の効率化を検討している施設では、ePROシステムの導入を検討するための資料として、日本リウマチ学会や各製薬企業の提供するシステムを調べるところから始めると有益です。