抜歯の前に骨吸収抑制薬を休薬させると、患者さんの骨折リスクが高まることがあります。
ARONJ(Antiresorptive agent-related osteonecrosis of the jaw)とは、骨吸収抑制薬(ARA)の投与を受けた患者に生じる顎骨壊死のことを指します。 もともとはビスホスホネート(BP)製剤のみが対象でしたが、2016年に抗RANKL抗体製剤デノスマブによる壊死も同じ概念に統合され、現在の「ARONJ」という名称に統一されました。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001288108097664)
診断には以下の3つの条件をすべて満たすことが必要です。 jsop.or(https://www.jsop.or.jp/atlas/alveolar-bone_jaw-lesions/aronj/)
- BP製剤またはデノスマブによる治療歴がある
- 顎骨への放射線照射歴がない、かつ骨病変が顎骨へのがん転移でないことが確認できる
- 医療従事者が指摘してから8週間以上持続して口腔・顎・顔面領域に骨露出を認める(または口腔内外の瘻孔から触知できる骨を8週間以上認める)
つまり「8週間」が判断の基準です。 ただし、ステージ0(骨露出を伴わない状態)にはこの基準は適用されないため、注意が必要です。 jsop.or(https://www.jsop.or.jp/atlas/alveolar-bone_jaw-lesions/aronj/)
歯科臨床でこの薬剤を使用している患者と接する機会は近年大幅に増えています。国内のARONJ発生報告数は、2006〜2008年の263例から、2011〜2013年には4,797例と約18倍に増加しています。 骨粗鬆症患者の増加や薬剤の普及が主な要因と考えられており、歯科従事者にとって「知らなかった」では済まされない問題となっています。 canbo.med.u-tokai.ac(http://canbo.med.u-tokai.ac.jp/topics/201805topics.pdf)
ARONJの発生頻度は一般人口集団では0.001%程度とされています。 経口・静注BP製剤使用患者では0.001〜0.01%、がん治療のために高用量で静注投与されているケースでは0.04〜1.9%と報告により幅がありますが、がん患者へのリスクは明確に高いといえます。 意外ですね。 gcoa(https://gcoa.jp/doc/statement/ikashika2021_06.pdf)
主なリスク因子を以下に整理します。
| リスクカテゴリ | 具体的な因子 |
|---|---|
| 薬剤関連 | 静注BP製剤(高用量)、長期服用(3年以上)、デノスマブ |
| 口腔環境 | 口腔衛生不良、不適合義歯、歯周病、感染歯 |
| 全身状態 | 糖尿病、副腎皮質ステロイド使用、化学療法 |
| 歯科処置 | 抜歯・インプラント等の侵襲的処置 |
問診では「骨粗鬆症の薬を飲んでいますか?」という質問だけでは不十分です。 骨転移の治療で使用するゾメタ(ゾレドロン酸)やランマーク(デノスマブ)は注射薬であるため、患者自身が「薬を飲んでいない」と答えるケースもあります。注射薬の使用歴まで含めた問診票の設計と、処方医への確認体制を整えることが基本です。 ncgg.go(https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/letter/080.html)
さらに、2013年以降は細菌感染を伴わない「ステージ0」のARONJが存在することも明らかになっています。 外科処置をしていなくても発症することがあるという事実は、歯科従事者が定期的な口腔衛生管理を怠らないことの重要性を示しています。 mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000168130_00001.html)
なぜ休薬が推奨されなくなったのでしょうか?
理由は主に2つあります。 honetoha(https://honetoha.jp/info/0576/)
1. 休薬のメリット(ARONJ発症率の低下)が明確なエビデンスで示されていない
2. 休薬により患者が服薬を再開しないケースがあり、骨折リスクが高まるというデメリットがある
休薬は患者を守るための措置のつもりが、別のリスクを生む可能性があるということです。これは使えそうです。
ただし、すべてのケースで一律に「休薬不要」と判断するのは危険です。 長期間の静注BP製剤を使用しているがん患者や、全身状態が複雑な症例では、処方医と相談しながら個別に判断することが求められます。「原則として休薬しない、ただし個別判断あり」という姿勢が、現時点での正確な理解といえます。 kenkyugakuenshika(https://kenkyugakuenshika.com/2025/02/26/bp%E8%A3%BD%E5%89%A4%E3%81%AF%E4%BC%91%E8%96%AC%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E3%81%8B%EF%BC%9Fbp%E8%A3%BD%E5%89%A4%E3%82%92%E9%A3%B2%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%82%8B%E6%96%B9%E3%81%B8/)
参考:PP2023の改訂内容や詳細なFAQは骨粗鬆症の専門情報サイト「骨と骨粗鬆症」にて確認できます。
【2023改訂】顎骨壊死ポジションペーパーのFAQ〈vol.1〉- 骨と骨粗鬆症
ARONJで最も重要なのは「発症させないこと」です。 一度発症すると難治性であり、治療は骨壊死領域の進展を抑えながら疼痛・感染をコントロールする対症療法が中心になります。 ncgg.go(https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/letter/080.html)
予防のために歯科医療従事者が実施すべき口腔管理のポイントは以下のとおりです。
- 骨吸収抑制薬投与開始前に、抜歯・歯周治療・インプラント等の侵襲的処置を完了させる
- 残存歯の感染源除去(う蝕・歯周病の治療)を徹底する
- 不適合義歯がある場合は修正・作り直しを優先する
- 投与中は定期的な口腔衛生管理と経過観察を継続する
- 患者へ「口腔内を清潔に保つことの重要性」を具体的に伝える
口腔衛生指導は患者任せにしない方が安全です。 投与中の患者が来院した際は、毎回プラークコントロールの状態を確認し、必要に応じてPMTCやスケーリングを実施することが望まれます。 miyamae-pa(https://www.miyamae-pa.jp/wp/wp-content/uploads/2022/02/0216.pdf)
ARONJの発症には口腔内の細菌感染が深く関係しているとされており、清潔な口腔環境の維持が最も現実的な予防策です。 炎症のある歯の存在そのものがARONJを誘発するリスクとなることも近年示されており、「問題がなければ放置」という考えは通用しません。 nagaidc(https://nagaidc.net/blog/blog-4809/)
処方薬の種類や投与量・期間が分からない場合には、医科歯科連携用紙を活用して処方医に確認することが最優先です。 「おそらく骨粗鬆症の薬だろう」という推測で処置を進めることは避けてください。 s418.or(https://s418.or.jp/collaboration_system/)
医科歯科連携はARONJ予防の柱ですが、実際の臨床現場ではいくつかの「落とし穴」が存在します。これは独自視点の重要なポイントです。
まず、患者が複数の医療機関を受診している場合、どの医師がARAを処方しているかが不明確なケースがあります。 骨粗鬆症は整形外科・内科・婦人科など複数の科で処方されるため、かかりつけ医が1人とは限りません。問診の際に「骨粗鬆症やがんの治療で複数の病院に通っていますか?」と確認することが重要です。 s418.or(https://s418.or.jp/collaboration_system/)
次に、連携用紙の「未回収」問題があります。歯科から医科へ情報提供書を送っても、返信が来ないまま処置期限が来てしまうケースです。 この場合、処置を延期するか、電話確認で代替するかを事前にクリニックのルールとして決めておくと対応がスムーズになります。 niihama-med.or(https://www.niihama-med.or.jp/wp-content/uploads/2024/05/aronj_m_d_1.pdf)
また、「デノスマブは注射薬なので患者が薬の名前を知らない」という問題もあります。 ランマーク・プラリアという商品名で投与されていますが、「骨の注射を病院でしています」という表現でしか患者が説明できないケースも実際にあります。 dentwave(https://www.dentwave.com/news/bus_ad_20200501_chugai/)
以下のような質問を問診票に追加することで、見落としを防ぎやすくなります。
- 「骨を強くする注射や点滴を受けていますか?」
- 「がんの治療で骨に関するお薬を使っていますか?」
- 「ビスホスホネート(フォサマック・ボナロンなど)を服用していますか?」
情報共有が1回でできれば理想的です。医科歯科連携を形式的なものにせず、実際に機能させるための運用設計が、ARONJゼロを目指すクリニックには欠かせません。 ncgg.go(https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/letter/080.html)
参考:ARONJ予防のための医科歯科連携用紙(歯科→医科)の書式・記載例は骨粗鬆症リエゾンサービス推進委員会(GCOA)で公開されています。
骨粗鬆症医科歯科連携情報提供書(歯科→医科)書式 - GCOA
参考:日本口腔外科学会のポジションペーパー2023(PDF全文)は以下で確認できます。
顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2023 - 日本口腔外科学会