エンドソームは細胞内物質輸送において中枢的な役割を果たす膜小器官であり、初期エンドソームと後期エンドソームに大別されます。初期エンドソームは選別エンドソーム(sorting endosome)とも呼ばれ、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた物質を最初に受け取る場所として機能します。この段階では、細胞膜に近い細胞辺縁部に位置し、比較的中性に近いpH環境を維持しています。
参考)エンドソーム - 脳科学辞典
初期エンドソームの重要な機能は、取り込まれた物質の選別(ソーティング)です。ここで分解経路へ向かう物質とリサイクリング経路へ戻る物質が振り分けられます。分解経路へ選別される物質には受容体型チロシンキナーゼなどのシグナル伝達因子受容体があり、モノユビキチン化が選別シグナルとして機能します。一方、インテグリンやカドヘリンといった接着因子はリサイクリング経路へと選別されますが、その選別機構は完全には解明されていません。
参考)エンドソーム - Wikipedia
後期エンドソームは、初期エンドソームの成熟によって形成されるより成熟したエンドソームです。細胞の中心部に近い位置に移動し、初期エンドソームよりも酸性度が高くなります。この酸性化はV-ATPaseの活性によって進行し、リソソームでの物質分解を促進する環境を作り出します。後期エンドソームの最大の特徴は、内部に多数の小胞を含む多胞体(multivesicular body, MVB)構造を形成する点です。
参考)エンドソームの探求:細胞内輸送システムの重要な役割
エンドソームの成熟過程で最も重要な分子イベントの一つが、Rab5からRab7への転換です。Rab5は初期エンドソームの膜に局在する低分子量GTPaseで、初期エンドソームのマーカータンパク質として機能します。一方、Rab7は後期エンドソームに局在し、リソソームとの融合に不可欠な役割を果たします。
参考)エンドソーム成熟を制御する新機構を発見 〜細胞内に取り込んだ…
このRab5からRab7への転換は、Mon1-Ccz1複合体によって制御されています。Mon1-Ccz1複合体はRab7特異的なグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)として機能し、Rab7を活性化します。興味深いことに、Mon1-Ccz1複合体のGEF活性はRab5に依存しており、これによりRab転換がエンドソーム上で効率的に進行します。Mon1のN末端領域は本来GEF活性を自己抑制していますが、Rab5との相互作用によってこの抑制が解除され、Rab7の活性化が促進されます。
参考)https://pnas.org/doi/10.1073/pnas.2303750120
Rab5のノックダウン実験により、初期エンドソーム、後期エンドソーム、リソソームの数が顕著に減少することが確認されており、Rab5がエンドソーム成熟全体において基幹的な役割を果たすことが示されています。また、Rab5は段階的にエンドソーム膜から解離し、この過程の初期段階はRab7非依存的であることが報告されています。これは、エンドソーム成熟が単純なRab交換だけでなく、複数の調節機構が関与する複雑なプロセスであることを示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8106955/
初期エンドソームと後期エンドソームは、それぞれ特徴的なマーカータンパク質によって識別されます。初期エンドソームの代表的なマーカーとして、Rab5と初期エンドソーム抗原-1(Early Endosome Antigen 1, EEA1)が広く用いられています。EEA1は初期エンドソーム膜に局在し、他のエンドソーム区画には存在しないため、初期エンドソームの事実上のマーカーとなっています。
参考)初期エンドソーム抗原-1(EEA1)に対する抗体
EEA1はRab5のエフェクタータンパク質として機能し、エンドソームの融合促進に重要な役割を果たします。このタンパク質は小胞の出芽、小胞の運動性、テザリング、ドッキング、膜融合、そして機能的オルガネラのアイデンティティなど、多様な機能に関与しています。また、初期エンドソームにはホスファチジルイノシトールの一種であるPI(3)Pが豊富に存在し、EEA1などのタンパク質の初期エンドソームへの局在化に寄与しています。
参考)https://www.cellsignal.jp/products/primary-antibodies/eea1-antibody/2411
後期エンドソームのマーカータンパク質としては、Rab7の他にLAMPタンパク質やマンノース-6-リン酸受容体が知られています。これらのマーカーの発現パターンを解析することで、エンドソームの成熟段階を正確に評価することが可能となります。蛍光顕微鏡や免疫組織化学を用いたこれらマーカータンパク質の局在解析は、エンドソーム成熟研究において標準的な手法となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys1961/31/6/31_6_33/_pdf
後期エンドソームの最も顕著な形態学的特徴は、多胞体(multivesicular body, MVB)構造の形成です。MVBは直径400〜500nmの球形構造で、内部に直径50〜80nmの内腔小胞(intraluminal vesicle, ILV)を多数含んでいます。この内腔小胞は、エンドソーム境界膜が内側に向かって陥入し、出芽することによって形成されます。
参考)研究内容 - Morita Lab
MVB形成過程では、分解される分子が選別的に内腔小胞内に取り込まれます。この選別機構にはESCRT(Endosomal Sorting Complex Required for Transport)複合体が中心的な役割を果たしています。ユビキチン化された膜タンパク質、特に増殖因子受容体などは、ESCRT複合体によって認識され、内腔小胞へと選別されます。このプロセスにより、細胞表面の受容体が恒常的にシグナル伝達を続けることが防がれ、シグナルの適切な制御が実現されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2911632/
最近の研究では、ESCRT機能とRab転換の間に密接な協調関係があることが明らかになっています。初期ESCRTの機能が失われると、Rab5陽性エンドソームが肥大化し、Rab転換が阻害されます。このことは、ユビキチン化カーゴとESCRT-0がRab転換のタイマーとして機能している可能性を示唆しています。MVBは最終的にリソソームと融合し、内腔小胞とその内容物は加水分解酵素によって分解されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11914609/
エンドソーム成熟の異常は、多くの疾患の発症メカニズムに深く関与しています。特にアルツハイマー病(AD)において、エンドサイトーシス障害が初期病態として重要な役割を果たすことが明らかになっています。AD患者の脳組織では、肥大化したエンドソームが細胞内に多数蓄積するエンドサイトーシス障害病変が、疾患の初期段階から確認されます。
参考)https://www.ncgg.go.jp/ncgg-kenkyu/documents/25-20.pdf
初期AD患者の脳内では、肥大化した初期エンドソームにアミロイド前駆体タンパク質(APP)が蓄積することが報告されています。このエンドソーム内でAPPからβアミロイドタンパク質(Aβ)が切断産生され、時間依存的に蓄積することが、AD発症メカニズムに深く関与していると考えられています。エンドソーム輸送障害により、Aβの産生部位である後期エンドソームへの移行が阻害され、初期エンドソームでのAβ産生が亢進する可能性が示唆されています。
参考)孤発性アルツハイマー病の病態機序解明を目的とする、神経系軸索…
エンドソーム成熟の異常は、AD以外にもニーマンピック病C型などの疾患でも観察されています。これらの疾患では、エンドソームの容積増大や数の増加といった形態学的変化が特徴的です。エンドソーム成熟過程における形態制御機構の解明は、これら神経変性疾患の病態理解と治療法開発において重要な意義を持ちます。
参考)https://www.ueharazaidan.or.jp/houkokushu/Vol.33/pdf/summary/063_summary.pdf
エンドソーム成熟過程では、分解経路への輸送だけでなく、リサイクリング経路との緊密な連携が重要です。初期エンドソームから、トランスフェリン受容体やLDL受容体などの物質はリサイクリングエンドソームを経由して細胞膜へと戻されます。このリサイクリング経路により、重要な膜受容体が効率的に再利用され、細胞の恒常性が維持されます。
参考)Multivesicular Bodyの形成とESCRT複合…
リサイクリング経路は、速いリサイクリング経路と遅いリサイクリング経路の二つに分類されます。速いリサイクリング経路では、物質が初期エンドソームから直接細胞膜へ戻されるのに対し、遅いリサイクリング経路では周辺リサイクリングエンドソーム(perinuclear recycling endosome)や共通リサイクリングエンドソーム(common recycling endosome, CRE)を経由します。これらの経路は、異なるRabタンパク質によって制御されており、Rab4やRab11などが重要な役割を果たしています。
参考)https://dbarchive.biosciencedbc.jp/data/leading_authors/data/Doc/Taguchi-2.e015-PDF.pdf
興味深いことに、最近の研究では、リサイクリングエンドソームからリソソームへの新規の膜輸送経路の存在も報告されています。リサイクリングエンドソームに選別された細胞膜タンパク質の一部が、この経路を介してリソソームへ輸送されることが明らかになっており、エンドソーム成熟過程がこれまで考えられていた以上に複雑で柔軟なシステムであることが示されています。また、ゴルジ体とリサイクリングエンドソームが接着と解離を繰り返すことで、生合成経路とリサイクリング経路の物質交換が効率的に行われていることも発見されています。
参考)【研究成果】ゴルジ体とリサイクリングエンドソームは接着と解離…
脳科学辞典:エンドソーム - エンドソームの種類と機能についての包括的な解説
東北大学:エンドソーム成熟を制御する新機構を発見 - Rab5からRab7への転換機構の最新研究
日本生化学会:エンドソームの機能破綻に起因する疾患とその発症メカニズム - エンドソーム関連疾患の詳細