チロシンキナーゼ種類と受容体型・非受容体型の分類機能

チロシンキナーゼには受容体型と非受容体型があり、それぞれがシグナル伝達において重要な役割を果たします。種類や構造、臨床応用について詳しく知りたくないですか?

チロシンキナーゼの種類と分類

この記事で学べること
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チロシンキナーゼの基本構造

受容体型と非受容体型の2つの大きな分類とそれぞれの特徴的な構造

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臨床での応用

がん治療を中心としたチロシンキナーゼ阻害薬の種類と作用機序

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耐性機構の理解

薬剤耐性獲得のメカニズムと今後の治療戦略

チロシンキナーゼ(tyrosine kinase)は、タンパク質のチロシン残基にリン酸基を付加する酵素であり、細胞内シグナル伝達において極めて重要な役割を担っています。ヒトには約90種類のチロシンキナーゼが存在し、細胞増殖、分化、生存、代謝、移動など多岐にわたる生理機能を制御しています。チロシンキナーゼは分子構造の特徴から、大きく受容体型チロシンキナーゼ(Receptor Tyrosine Kinase:RTK)と非受容体型チロシンキナーゼ(Non-Receptor Tyrosine Kinase:NRTK)の2つに分類されます。

 

受容体型チロシンキナーゼは細胞膜を貫通する膜貫通領域を持ち、細胞外ドメイン、膜貫通ドメイン、細胞内のキナーゼドメインから構成されています。一方、非受容体型チロシンキナーゼは膜貫通領域を持たず、主に細胞質に存在し、細胞膜上の受容体や接着因子からのシグナル伝達を担っています。これらのチロシンキナーゼは、がんをはじめとする多くの疾患との関連が明らかになっており、分子標的治療薬の開発において重要なターゲットとなっています。

 

チロシンキナーゼの受容体型と非受容体型の構造的特徴

 

受容体型チロシンキナーゼは、細胞外にリガンド結合ドメインを持ち、細胞外からのシグナルを直接受け取る構造を有しています。代表的なファミリーには、上皮成長因子受容体(EGFR)ファミリー、血小板由来成長因子受容体(PDGFR)ファミリー、血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)ファミリー、インスリン受容体ファミリー、線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)ファミリーなどがあり、それぞれ特定のリガンドに応答して活性化されます。リガンドの結合により受容体は二量体を形成し、細胞内ドメインのチロシン残基が相互にリン酸化される自己リン酸化が起こり、下流のシグナル伝達が開始されます。

 

非受容体型チロシンキナーゼは、直接結合するリガンドを持たず、細胞膜上の受容体や他のシグナル伝達分子と会合することで活性化されます。代表的なファミリーには、Srcファミリー(Src、Yes、Fyn、Lck、Lyn、Hck、Blk、Fgr、Frkの9種)、Abelson(Abl)ファミリー、Janus kinase(JAK)ファミリー(JAK1、JAK2、JAK3、TYK2の4種)、Focal Adhesion Kinase(FAK)ファミリー、Tecファミリー(Tec、Btk、Itk、Txk、Bmxの5種)などがあります。これらの多くは、Src Homology 2(SH2)ドメインやSrc Homology 3(SH3)ドメインといった特徴的なタンパク質結合ドメインを有しており、リン酸化チロシン残基やプロリンリッチ配列を認識して他のタンパク質と相互作用します。

 

脳科学辞典のチロシンリン酸化の項目では、受容体型および非受容体型チロシンキナーゼの詳細な分類と各ファミリーメンバーが網羅的にまとめられています

チロシンキナーゼファミリーの主要な種類と機能

受容体型チロシンキナーゼのファミリーごとに、その機能と特徴を見ていきましょう。

 

**EGFRファミリー(ErbBファミリー)**は、EGFR(ErbB1/HER1)、ErbB2(HER2)、ErbB3(HER3)、ErbB4(HER4)の4つのメンバーから構成され、細胞増殖、分化、生存に関わる重要なシグナルを伝達します。特に、EGFRやHER2の過剰発現や活性化変異は、肺がん乳がん、大腸がんなど多くのがん種で認められ、重要な治療標的となっています。

 

VEGFRファミリーは、VEGFR-1(Flt-1)、VEGFR-2(KDR/Flk-1)、VEGFR-3(Flt-4)の3つから構成され、血管内皮細胞に主に発現して血管新生を制御します。がん組織では血管新生が亢進しており、VEGFRの阻害は腫瘍増殖を抑制する有効な治療戦略となっています。
PDGFRファミリーには、PDGFRA、PDGFRB、KIT、FLT3、CSF1Rなどが含まれ、細胞増殖、遊走、生存のシグナル伝達に関与します。KITは消化管間質腫瘍(GIST)で活性化変異が高頻度に認められ、FLT3は急性骨髄性白血病で変異が見られます。
非受容体型チロシンキナーゼでは、Srcファミリーが最も研究が進んでいます。Srcは1979年にTony Hunterらによって最初に発見されたチロシンキナーゼであり、細胞増殖、分化、運動、接着など多様な細胞機能を制御しています。Srcファミリーメンバーは、N末端にミリストイル化部位やパルミトイル化部位を持ち、これらの脂質修飾により細胞膜に局在します。

 

JAKファミリーは、サイトカイン受容体と会合してSTAT(Signal Transducer and Activator of Transcription)タンパク質をリン酸化し、JAK-STAT経路を形成します。この経路は、インターフェロン、インターロイキン、増殖因子などによるシグナル伝達に必須であり、免疫応答や造血において重要な役割を果たしています。
Cell Signaling Technologyのキナーゼシグナル伝達経路の解説では、主要なチロシンキナーゼファミリーのシグナル伝達機構が詳細に説明されています

チロシンキナーゼのドメイン構造とシグナル伝達機序

チロシンキナーゼのシグナル伝達において、SH2ドメインとSH3ドメインは極めて重要な役割を担っています。

 

SH2ドメインは約100アミノ酸残基から構成され、リン酸化チロシン残基(pTyr)を特異的に認識して結合します。SH2ドメインは、2つのαヘリックスと7つのβシートから構成される特徴的な立体構造を持ち、保存された結合ポケットを介してリン酸化チロシンを認識します。リン酸化チロシンの周辺3〜5残基の配列によって結合の特異性が決定されるため、SH2ドメインを持つタンパク質は特定のリン酸化部位を選択的に認識できます。ヒトゲノムには115個のタンパク質に120個のSH2ドメインが存在し、シグナル伝達ネットワークの多様性を生み出しています。
SH3ドメインは約60アミノ酸残基からなり、5〜6個のβシートからなるβバレル構造を形成します。SH3ドメインは、プロリンリッチ配列(X-Pro-X-X-Pro)を認識して結合し、タンパク質間相互作用を制御します。Srcファミリーチロシンキナーゼでは、SH2ドメインとSH3ドメインが協調して、キナーゼの活性制御と基質認識の両方に関与しています。ヒトゲノムには約300個のSH3ドメインが存在し、シグナル伝達経路におけるタンパク質複合体の形成に寄与しています。
Srcファミリーチロシンキナーゼでは、不活性状態において、C末端のリン酸化チロシン(Tyr527)がSH2ドメインと分子内結合し、SH3ドメインがリンカー領域のプロリンリッチ配列と結合することで、キナーゼドメインが閉じた不活性型構造をとります。細胞外刺激によりこれらの分子内相互作用が解除されると、キナーゼドメインの活性化ループ内のTyr416が自己リン酸化され、完全活性型に転換します。このような精密な調節機構により、チロシンキナーゼの活性は厳密に制御されています。

 

受容体型チロシンキナーゼの活性化においては、リガンド結合による受容体の二量体化が重要です。EGFR、PDGFR、FGFRなどの多くのRTKでは、リガンド結合により2つの受容体分子が近接し、細胞内のキナーゼドメインが相互にリン酸化し合います。この自己リン酸化により、複数のチロシン残基がリン酸化され、これらがSH2ドメインを持つ下流シグナル伝達分子の結合部位として機能します。

 

チロシンキナーゼ阻害薬の種類と作用機序

チロシンキナーゼは、がん細胞において異常に活性化していることが多く、がん治療における重要な分子標的となっています。チロシンキナーゼ阻害薬(Tyrosine Kinase Inhibitor:TKI)は、キナーゼドメインのATP結合部位に競合的に結合することで、リン酸化反応を阻害します。

 

EGFR阻害薬は、非小細胞肺がん治療において中心的な役割を果たしています。第一世代のゲフィチニブ(イレッサ®)やエルロチニブ(タルセバ®)は、EGFR遺伝子に活性化変異を持つ肺がん患者に対して高い有効性を示します。第二世代のアファチニブは、EGFRだけでなくHER2にも作用する不可逆的阻害薬です。第三世代のオシメルチニブ(タグリッソ®)は、第一・第二世代TKIに対する耐性変異であるT790M変異を持つがんにも有効であり、一次治療としても承認されています。
VEGFR阻害薬は、腫瘍血管新生を阻害することで抗腫瘍効果を発揮します。スニチニブ(スーテント®)は、VEGFR-1、2、3に加えてPDGFR、KITにも作用するマルチキナーゼ阻害薬であり、腎細胞がんや消化管間質腫瘍(GIST)で使用されます。ソラフェニブ(ネクサバール®)は、VEGFRに加えてRafキナーゼも阻害し、肝細胞がんや腎細胞がんで用いられます。レンバチニブ(レンビマ®)は、VEGFR-1、2、3、FGFR-1、2、3、4、PDGFR、RET、KITを阻害するマルチキナーゼ阻害薬で、甲状腺がんや肝細胞がんで承認されています。
慢性骨髄性白血病(CML)治療薬として、BCR-ABL融合タンパク質のチロシンキナーゼ活性を阻害する薬剤が使用されます。イマチニブ(グリベック®)は最初に開発されたBCR-ABL阻害薬で、CMLの予後を劇的に改善しました。イマチニブ耐性例に対しては、第二世代のダサチニブ、ニロチニブ、第三世代のポナチニブが使用されます。
近年では、ALK融合遺伝子陽性肺がんに対するALK阻害薬(クリゾチニブ、アレクチニブ、セリチニブなど)、ROS1融合遺伝子陽性肺がんに対するROS1阻害薬、NTRK融合遺伝子陽性の固形がんに対するTRK阻害薬(ラロトレクチニブ、エヌトレクチニブ)など、特定の遺伝子異常を標的とした精密医療が進展しています。

 

日経メディカルの分子標的薬の解説記事では、チロシンキナーゼ阻害薬の分類と作用機序がわかりやすく図解されています

チロシンキナーゼ阻害薬の耐性機序と臨床的課題

チロシンキナーゼ阻害薬は高い治療効果を示しますが、多くの場合、治療開始後1〜2年程度で薬剤耐性を獲得し、腫瘍が再増殖してしまうという課題があります。

 

EGFR-TKIに対する耐性機構として最も頻度が高いのは、T790M変異の出現であり、第一・第二世代TKI耐性例の50〜60%に認められます。この変異はEGFRのATP結合部位付近に位置し、TKIの結合を妨げることで耐性を引き起こします。第三世代TKIであるオシメルチニブはT790M変異に対しても有効ですが、さらにC797S変異などの新たな耐性変異が出現することがあります。

 

バイパス経路の活性化も重要な耐性機構です。c-MET増幅(15〜20%)やHER2増幅(20〜25%)により、EGFR以外の受容体型チロシンキナーゼが活性化し、EGFRをバイパスして細胞増殖シグナルが伝達されます。また、PIK3CA変異やBRAF変異など、EGFR下流のシグナル伝達分子の異常も耐性の原因となります。
まれに、組織型の変化が起こることもあります。非小細胞肺がんから小細胞肺がんへの形質転換が約5〜10%の症例で認められ、この場合EGFRシグナルへの依存性が失われるため、EGFR-TKIは無効となります。

 

VEGFR阻害薬に対する耐性機構としては、腫瘍微小環境の低酸素化により低酸素誘導因子(HIF-1α)が活性化し、VEGFとは異なる血管新生因子(FGF、PDGF、アンジオポエチンなど)の発現が亢進することが知られています。また、血管新生非依存的な腫瘍増殖経路の活性化や、周皮細胞による血管の保護作用の増強なども報告されています。

 

これらの耐性機構に対する戦略として、次世代TKIの開発、異なる標的を組み合わせた併用療法、免疫チェックポイント阻害薬との併用などが臨床試験で検討されています。また、血液中の循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いたliquid biopsyにより、耐性機構をリアルタイムでモニタリングし、適切な治療戦略を選択する個別化医療の実現が期待されています。

 

肺がんともにの分子標的治療の解説では、EGFR-TKI耐性のメカニズムとその対策について詳しく説明されています

チロシンキナーゼの疾患における発現と今後の展望

チロシンキナーゼの異常は、がん以外の多くの疾患でも重要な役割を果たしています。

 

血液疾患では、JAKファミリーの異常が真性多血症、本態性血小板血症、原発性骨髄線維症などの骨髄増殖性腫瘍と関連しています。特にJAK2 V617F変異は高頻度に認められ、JAK阻害薬(ルキソリチニブ)が治療に用いられています。また、Btkは成熟B細胞への分化に必須であり、BTK遺伝子変異はX連鎖無γグロブリン血症を引き起こします。逆に、Btk阻害薬は慢性リンパ性白血病やマントル細胞リンパ腫の治療に有効性を示しています。
自己免疫疾患においても、チロシンキナーゼは重要です。関節リウマチでは、JAK阻害薬(トファシチニブ、バリシチニブ、ウパダシチニブ)が炎症性サイトカインのシグナル伝達を抑制し、疾患活動性を低下させます。Syk阻害薬も関節リウマチの治療薬として開発が進められています。
線維化疾患では、PDGFR、FGFR、VEGFRなどが組織線維化の進行に関与しており、特発性肺線維症、肝硬変、腎線維症などにおいてチロシンキナーゼ阻害薬の有効性が検討されています。ニンテダニブは、VEGFR、FGFR、PDGFRを阻害するマルチキナーゼ阻害薬で、特発性肺線維症の進行抑制効果が確認されています。
今後の展望として、以下の点が注目されています。

 

まず、アロステリック阻害薬の開発が進んでいます。従来のTKIはATP結合部位を標的としますが、アロステリック阻害薬はキナーゼドメインのATP結合部位以外の部位に結合して活性を阻害します。これにより、ATP競合型阻害薬とは異なる耐性プロファイルを持つ可能性があります。

 

**PROTAC(Proteolysis Targeting Chimera)**と呼ばれる新しいモダリティも開発されています。PROTACは標的タンパク質とユビキチンリガーゼを同時に結合し、標的タンパク質をプロテアソーム分解に誘導する技術であり、従来の阻害薬では困難だった非酵素的機能の抑制も可能となります。

 

また、バイオマーカーに基づいた精密医療の重要性が増しています。次世代シーケンサーを用いた包括的ゲノム解析により、患者個々のがんの遺伝子異常プロファイルを明らかにし、最適なチロシンキナーゼ阻害薬を選択するアプローチが標準化されつつあります。

 

さらに、免疫療法との併用も重要な戦略です。チロシンキナーゼ阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用により、相乗効果が期待できる可能性があります。特に、VEGFR阻害による腫瘍血管の正常化が免疫細胞の腫瘍内浸潤を促進するという仮説に基づいた臨床試験が進行中です。

 

チロシンキナーゼの種類と機能の理解は、今後の創薬と臨床応用においてますます重要になるでしょう。受容体型と非受容体型のそれぞれの特性を考慮した治療戦略の開発が、多くの疾患の予後改善につながることが期待されています。