リポソームは両親媒性のリン脂質が水系に分散することで形成される脂質二重膜の閉鎖小胞であり、内部に水性画分を有する独特の構造を持っています。この構造により、水溶性・脂溶性低分子から核酸やタンパクなどの機能性高分子まで安定に包埋することが可能です。リポソームに封入された薬剤は生体による分解・代謝から保護され、非特異的な分布が抑制されることで毒性の軽減と効果の向上を同時に実現します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane/32/1/32_18/_pdf
リポソームの製造には脂質、コレステロール、および水を用いることが一般的で、これらの成分を特定の方法で混合し高速で振動させることでリポソームが形成されます。製造条件や使用する脂質の種類によって、リポソームの大きさや形状、安定性が変化するため、目的に応じた最適なリポソームの選択が不可欠です。脂質二重膜を構成する脂質分子やリガンド(標的素子)などが有効成分の生体内安定性、薬物動態、細胞内動態等の改善に寄与しています。
参考)がんで使用するリポソーム技術の全貌
有効成分をリポソーム製剤として投与することにより、有効成分単独で投与した時に比べ薬物動態学的特性が著しく変化します。具体的には、分布容積とクリアランスが変化し、半減期が延長し、体内分布が変化することがあります。このような薬物動態学的特性の変化に伴い、有効性及び安全性も著しく異なることがあります。
参考)エラー
リポソーム製剤に封入された有効成分の薬物動態学的特性は、主に以下の要因により変化します。
参考)https://www.nihs.go.jp/drug/section4/nanomedicine_j/20160328_liposome_0328-19.pdf
リポソームが組織へ到達後、有効成分を放出し薬効を発揮するには、リポソームが細胞内に取り込まれた後に有効成分が放出される場合と、細胞外でリポソームから放出された有効成分が細胞に取り込まれ効力を発揮する場合があります。
リポソーム技術の最大の利点は、標的とする細胞に薬剤を効率的に届けることができる点にあります。がん治療においては、リポソームを用いることで薬剤の選択的な細胞内への取り込みが期待され、薬剤が直接がん細胞に届けられるため健康な細胞へのダメージを大きく減少させることができます。
リポソームのサイズは20-100nmであり、血管壁も不完全で隙間が大きい腫瘍血管を通過しやすく、かつ正常血管の隙間は通りにくくなります。この現象はEnhanced Permeability and Retention(EPR)効果と呼ばれ、腫瘍だけに薬剤を集中させることができます。EPR効果を利用した治療法は、がん細胞に特定の薬剤を効率的に運ぶことを目的としており、特にリポソーム等のナノキャリアを使用して薬剤をがん細胞へと効率的に運びます。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000208789.pdf
リポソームによって薬剤が保護されるため、体内での薬剤の分解や排泄を遅らせる効果もあります。これにより薬剤の効果時間が延長され、治療の効果が向上するとともに患者様の負担も軽減されます。抗がん剤封入リポソーム製剤は、少量の投与でも高い効果があり、かつ毒性の低減を目指した投与形態として期待されています。
参考)https://www.katayamakagaku.co.jp/maker/LiposomeInfo_20210729.pdf
国立がん研究センターでは、リポソームを用いた免疫チェックポイント阻害剤との併用療法の開発も進められており、活性化された免疫細胞ががん細胞を攻撃する効果を示す薬剤の総称として注目されています。
参考)ドラッグ・デリバリー・システム技術である「リポソーム」を用い…
ポリエチレングリコール(PEG)で修飾したPEG修飾リポソームは、細網内皮系への取り込みを回避して高い血中滞留性を示します。このようなリポソームは貪食細胞のレーダーから逃れることから、ステルスリポソームと呼ばれています。PEG脂質は、タンパク質のリポソームへの結合を抑制し、全身循環時間の延長、リポソームの間接的な標的指向能力を補助し、リポソームの自己組織化を促進し、サイズと安定性の制御のために使用されます。
参考)核酸デリバリー研究のための革新的な脂質
PEG脂質を配合したリポソームは、細網内皮クリアランスシステムを迂回して全身循環に留まることができるため「ステルス剤」と呼ばれています。血中に長時間循環滞留する特性を有しており、これにより抗がん薬封入PEG修飾リポソームは腫瘍組織への集積を高めることができます。
参考)https://tmu.repo.nii.ac.jp/record/4233/files/toidaishi060060454.pdf
ただし、PEG化には課題もあります。PEG鎖が長いという立体上の障害は細胞が治療薬を取り込む能力を損ない、PEG化はナノ粒子のエンドソームからの脱出を妨げ、デリバリーシステムの活性低下につながります。また、PEG化されたシステムの反復投与は血液クリアランスの加速(ABC)と呼ばれる現象を引き起こすことがあります。
新型コロナウイルスに対するメッセンジャーRNAワクチンも、リポソームの技術を応用したものです。このワクチンは、ウイルスの設計図であるメッセンジャーRNAが酵素で壊れないよう包み込んで体内に送り込む仕組みとなっています。人工mRNAを脂質ナノ粒子にくるんだmRNAワクチンを投与すると、mRNAは体内で直接作用するのではなく、細胞に取り込まれたmRNAから合成されたタンパク質が効果を発揮します。
参考)医薬mRNAの普及に貢献~新しい品質評価法の開発
mRNAワクチンは、塩基配列さえあればパンデミックでも迅速に対応でき、ヒトのゲノムに組み込まれることがなく安全性も高いので、感染症ワクチンとして有望と考えられています。新型コロナウイルス感染症では、最初の感染者発見からわずか1年でワクチンが実用化され、次々と登場する変異株にも対応できました。すでに感染症ワクチンのほか、がんや代謝疾患など140品目以上の医薬品の治験が行われています。
カチオン性リポソームとmRNAの複合体を用いたワクチンでも有望な成果が得られており、リポソームとmRNAの混合比を最適化し、やや負に帯電したリポプレックスを調製することで効果的なワクチンを開発できます。2021年には2つのリポソーマルワクチンが承認され、COVID-19と戦うために使用されており、リポソームは水コアに様々な小分子や生体高分子を理論的にカプセル化できます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9671608/
医薬mRNAの品質評価法とワクチン実用化の背景について、理化学研究所の詳細な解説記事
mRNAワクチン開発への先駆的研究とノーベル賞受賞者の業績についての公式資料(PDF)
リポソーム製剤の臨床応用例として、アムホテリシンBリポソーム製剤(AmBisome)は世界で初めて承認を受けたリポソーム製剤であり、1963年の承認以来最も強力な抗菌剤とされているアムホテリシンBを封入したものです。従来のアムホテリシンB製剤では副作用の懸念がありましたが、リポソーム化技術を用いることでこの問題を大幅に改善しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/130/3/130_3_457/_pdf
リポソーム化技術により以下のような利点が生まれます。
参考)アムホテリシンBリポソーム製剤(L-AMB)(アムビゾーム)…
| 効果 | 詳細 |
|---|---|
| 薬物の安定性向上 | 脂質二重膜による保護で薬剤の分解を防止 |
| 標的組織への効率的な送達 | EPR効果による選択的集積 |
| 副作用の軽減 | 正常組織への分布抑制 |
シスプラチン(CDDP)リポソーム製剤の臨床使用研究では、患者に対してCDDPリポソームを投与したところ、明らかな副作用は観察されず、血液検査データでは腎機能の悪化も示されませんでした。リポソーム化されたCDDPは抗がん効果を持ちながら腎障害や骨髄抑制を軽減する可能性があることが、日本で初めて示唆されました。
参考)高分子抗がん剤(リポ化抗がん剤療法)
リポソームは薬剤をカプセル化して効果を高め、持続的な放出を可能にします。リポソームは細胞毒性を低減し、薬剤の治療効果を改善し、複数の薬剤を搭載できます。さらに、リポソームはポリマーミセルやデンドリマーなどの他の薬剤キャリアに比べて、より高いペイロード能力、安定性の向上、薬剤保護と生体適合性、より直接的な修飾と工業化などの利点を示します。
リポソーム製剤の化学、製造、及び品質管理に関する医薬品医療機器総合機構(PMDA)のガイドライン(PDF)