悪性腫瘍とがんの違い|定義・分類・特徴を解説

悪性腫瘍とがんは同じ意味で使われることが多いですが、厳密には異なる定義を持ちます。悪性腫瘍は腫瘍の性質を示す言葉で、がんは悪性腫瘍の一種です。それぞれの違いや分類について、医療従事者として理解しておくべき内容をわかりやすく解説します。悪性腫瘍とがんの違いを正確に理解していますか?

悪性腫瘍とがんの違い

この記事のポイント
📌
悪性腫瘍とは

浸潤・転移する能力を持つ腫瘍全体を指す広義の概念

🔬
がんと癌の定義

平仮名の「がん」は悪性腫瘍とほぼ同義、漢字の「癌」は上皮組織由来の悪性腫瘍に限定

⚕️
臨床上の重要性

発生組織による分類は治療方針や予後予測に直結する重要な情報

悪性腫瘍の基本的な定義

 

悪性腫瘍とは、体内で異常な細胞が無秩序に増殖してできた細胞のかたまりのうち、周囲の組織に浸潤したり、血液やリンパの流れに乗って他の臓器に転移したりする能力を持つものを指します。この浸潤と転移こそが、悪性腫瘍の最大の特徴であり、良性腫瘍との決定的な違いとなっています。悪性腫瘍は自律的に増殖を続け、正常な組織から栄養を奪い取ることで、患者の全身状態を悪化させる悪液質を引き起こします。
参考)「癌」ではない悪性腫瘍とは? 悪性腫瘍と良性腫瘍の違いやそれ…

臨床の現場では、悪性腫瘍は発生した組織の種類によって「癌」「肉腫」「血液腫瘍」などに分類されます。それぞれの腫瘍は発生メカニズムや進行パターン、治療への反応性が異なるため、正確な分類が治療戦略の立案において極めて重要になります。
参考)悪性腫瘍と癌って何が違う?定義から見たそれぞれの違いを解説 …

悪性腫瘍と「がん」の使い分け

平仮名で表記される「がん」は、医学的には悪性腫瘍とほぼ同義語として使用されています。白血病や悪性リンパ腫などの血液の悪性腫瘍、骨肉腫などの肉腫も「がん」に含まれるため、一般向けの説明では「がん」という表現が広く用いられます。ただし例外的に、脳腫瘍については悪性であっても「脳がん」とは呼ばず、「悪性脳腫瘍」と表現するのが一般的です。
参考)「悪性腫瘍」「がん」「癌」は厳密には違う?違いを解説

一方、漢字の「癌」は、上皮組織から発生した悪性腫瘍に限定して使用される医学用語です。上皮組織とは、皮膚の表面や消化管の内側、気道の粘膜、乳管など、体の表面や体内の臓器を覆っている細胞のことを指します。例えば「子宮頸がん」と書いた場合は上皮組織以外も含む悪性腫瘍全体を、「子宮頸癌」と書いた場合は上皮組織由来のものだけを指すという使い分けがなされます。
参考)肉腫の基礎知識|肉腫 -西新宿の地で がんに挑む- 東京医科…

悪性腫瘍と良性腫瘍の違い

悪性腫瘍と良性腫瘍の違いは、浸潤と転移の有無が最も重要な鑑別ポイントとなります。悪性腫瘍は水がしみ込むように周囲の組織を破壊しながら広がる「浸潤」という特徴的な増殖様式を示し、時には筋肉や骨にまで入り込んでいきます。一方、良性腫瘍は周囲の組織を押しのけるように増殖するものの、浸潤することはありません。
参考)がんではない悪性腫瘍はある?悪性腫瘍の種類や良性腫瘍との違い…

増殖スピードにおいても両者には明確な違いがあります。悪性腫瘍は正常細胞よりも速いスピードで不規則に増殖しますが、良性腫瘍の増殖スピードは比較的ゆっくりしています。形状の面では、悪性腫瘍は境界が不明瞭でギザギザした形状を示し、内部構造も不均一に見えることが多いのに対し、良性腫瘍は境界が明瞭で球形などの整った形をしています。
参考)良性腫瘍とは?悪性腫瘍との違いも紹介!

転移と再発のリスクも大きな違いです。悪性腫瘍は血流やリンパの流れを介して他の臓器に転移し、手術で取り除いても再発する可能性があります。対照的に、良性腫瘍は手術で完全に切除できれば転移や再発はほとんど起こりません。ただし、良性腫瘍でも発生部位によっては重篤な経過をたどることがあり、特に脳腫瘍では良性であっても重大な症状を引き起こす可能性があります。
参考)がんの基礎知識|三重県がん情報提供サイト がんねっと三重

悪性腫瘍と良性腫瘍の詳細な比較表(浸潤、転移、再発などの項目別)

悪性腫瘍の種類と分類

悪性腫瘍は発生する組織の種類によって大きく3つに分類されます。第一は上皮組織から発生する「癌(カルシノーマ)」で、肺がん、胃がん、大腸がん、乳がんなど、最も頻度の高い悪性腫瘍がこのカテゴリーに含まれます。これらは体の表面や内臓の粘膜を覆う上皮細胞が悪性化したもので、悪性腫瘍全体の中で最も多くの割合を占めています。
参考)がんの概要 - 14. がん - MSDマニュアル家庭版

第二は非上皮性組織から発生する「肉腫(サルコーマ)」です。骨、筋肉、脂肪、血管、リンパ管などの結合組織や末梢神経組織から発生し、骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫などが代表的な疾患として挙げられます。肉腫は癌に比べて発生頻度は低いものの、若年層に多く見られる傾向があり、治療戦略も癌とは異なるアプローチが必要になります。
参考)肉腫 -西新宿の地で がんに挑む- 東京医科大学病院

第三は血液やリンパ組織から発生する「造血器腫瘍」で、白血病や悪性リンパ腫がこれに該当します。白血病は血液を構成する細胞から発生し、異常な血球が増えすぎることで骨髄での正常な血球産生が阻害される疾患です。悪性リンパ腫はリンパ節に腫瘍細胞が広がり、わきの下や鼠径部、腹部、胸部に大きなかたまりを形成することが特徴です。​
肉腫の詳細な解説(癌との違いや発生メカニズム)

悪性腫瘍の診断における生検の重要性

悪性腫瘍の確定診断には生検(生体検査)が不可欠です。生検とは、メスや針などを使用して疑わしい臓器や組織の一部を採取し、顕微鏡で詳しく観察することで、腫瘍が良性なのか悪性なのかを判別する精密検査です。画像検査では腫瘍の存在を確認することはできますが、その性質を正確に判断するためには組織学的な検査が必須となります。
参考)Redirecting to https://micro-c…

病理医は採取された組織を40~400倍の倍率で拡大し、豊富な知識と経験を活かして腫瘍の性質、浸潤の深さ、分化度などを詳細に評価します。この病理診断によって悪性腫瘍の種類や悪性度が確定し、最適な治療方針を決定する根拠となります。生検の方法は、内視鏡を使った方法、超音波やX線検査で確認しながら体外から針を刺す方法、手術時に組織を採取する方法など、腫瘍の部位や状況に応じて選択されます。
参考)生検:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]

近年では、より低侵襲な液体生検技術も発展してきており、血液中の循環腫瘍細胞や循環腫瘍DNAを解析することで、組織生検を補完する診断法として注目されています。しかし現時点では、組織生検が悪性腫瘍診断のゴールドスタンダードとしての地位を保っており、確定診断には組織の病理学的評価が必須とされています。
参考)がんの診断 - 14. がん - MSDマニュアル家庭版

がんの生検検査の詳細(検査方法、診断までの期間、注意点)

悪性腫瘍の症状と全身への影響

悪性腫瘍は局所的な症状だけでなく、全身に多様な影響を及ぼします。腫瘍が急激に増大すると、正常な細胞に必要な栄養や酸素が腫瘍に奪われ、腫瘍部分以外の組織にも悪影響が及びます。この状態を悪液質と呼び、体重減少、筋肉量の低下、全身の衰弱といった症状が現れます。​
全身症状として特に注目すべきは「B症状」と呼ばれる一連の症状です。これには盗汗(激しい寝汗)、原因不明の体重減少(6ヶ月で10%以上)、38度以上の発熱が含まれ、特に悪性リンパ腫などの血液腫瘍で顕著に見られます。これらの症状は予後予測の指標としても重要で、B症状の有無によって病期分類や治療方針が変わることがあります。
参考)リンパ腫の症状 初期症状から進行時の全身症状まで|おしえて …

腫瘍の発生部位によって特異的な症状も出現します。脳内で悪性腫瘍が増殖した場合は、錯乱、めまい、頭痛、吐き気、視覚の変化、けいれん発作などが起こることがあります。また、腫瘍随伴症候群として、腫瘍が産生するホルモン様物質や免疫反応によって、腫瘍の直接的な影響とは異なる全身症状が出現することもあります。これらの多様な症状を正確に評価し、早期に悪性腫瘍を疑うことが、予後改善につながります。
参考)がんの症状 - 14. がん - MSDマニュアル家庭版

がん患者に起こる様々な症状への対応(国立がん研究センター)

悪性腫瘍のリスク因子と予防の可能性

日本人における悪性腫瘍の最大のリスク因子は喫煙と感染性因子で、それぞれが全体の約20%を占めています。男性では喫煙が最大のリスク要因となり、がん発生の約53%、がん死の約57%が予防可能な要因によるものとされています。一方、女性では感染性因子が第一位のリスクとなり、C型肝炎ウイルスやヒトパピローマウイルス(HPV)、ヘリコバクター・ピロリ菌などが重要な役割を果たしています。
参考)日本におけるがんの原因

生活習慣に関連する要因として、飲酒、過体重・肥満、運動不足、野菜・果物不足、塩分の過剰摂取などが悪性腫瘍の発生リスクを高めることが科学的に証明されています。興味深いことに、日本人では食事要因の影響が欧米の推定よりもはるかに小さく、また肥満の影響も欧米に比べて限定的であることが明らかになっています。これは日本人の食生活がもともと比較的健康的であることと、極端な肥満(BMI≧30)の割合が男女とも3%前後と少ないことに起因します。
参考)がん予防|厚生労働省

予防可能なリスク因子を避けることで、悪性腫瘍の発生を一定程度抑制できる可能性があります。特に禁煙は最も効果的な予防策の一つであり、口腔・咽頭がん、食道がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がん、喉頭がん、肺がん、子宮頸がん、卵巣がん、膀胱がん、腎臓がん、骨髄性白血病など、多岐にわたる悪性腫瘍のリスクを低減させることができます。また、肝炎ウイルスやHPVに対するワクチン接種、ピロリ菌の除菌などは、感染に関連した悪性腫瘍の予防に直結する重要な対策です。​
日本人におけるがんの原因に関する詳細な疫学データ(国立がん研究センター)

悪性腫瘍における医療従事者の役割

医療従事者は、悪性腫瘍とがん、癌の違いを正確に理解し、患者や家族への説明において適切な用語を選択する必要があります。専門的な説明が必要な場面では「上皮組織由来の悪性腫瘍」として「癌」という用語を使用し、一般向けの説明では「がん」という平易な表現を用いるなど、状況に応じた使い分けが求められます。​
早期発見と早期治療が予後を大きく左右するため、リスク因子を持つ患者への適切なスクリーニング検査の提案や、症状出現時の迅速な精査が重要です。特に、浸潤や転移の有無は治療方針を決定する上で極めて重要な情報であり、画像診断と病理診断を組み合わせた総合的な評価が必要になります。
参考)病理診断

また、患者が確定診断を待つ間の不安に寄り添い、生検の必要性や検査の流れについて丁寧に説明することも、医療従事者の重要な役割です。診断から治療、そして経過観察に至るまで、多職種チームで連携しながら、個々の患者に最適な医療を提供していくことが求められています。
参考)確定診断(生検)に至るまでの不安~皆さまへ~