腎代替療法選択ガイド2020は、日本腎臓学会・日本透析医学会・日本腹膜透析医学会・日本臨床腎移植学会・日本小児腎臓病学会の5学会が合同で編纂したガイドラインです。 末期腎不全(ESKD)に至った患者に対し、血液透析・腹膜透析・腎移植の3つの腎代替療法それぞれについて、正しい情報提供を行うことを目的としています。 医師だけでなく、看護師やソーシャルワーカーなど多職種チームを主な読者として想定しており、Q&A形式と多数の図表で構成されているのが特徴です。 cdn.jsn.or(https://cdn.jsn.or.jp/data/rrt_guide_2020.pdf)
5学会が一体となって作成した背景には、日本における療法選択の「偏り」があります。2020年の日本透析医学会の集計によれば、腎代替療法を選択した患者の約94%が血液透析を選んでおり、腹膜透析や腎移植の割合はごく少数にとどまっています。 欧米では腹膜透析ファーストや腎移植をより積極的に勧める文化があるのとは対照的です。 この偏りの是正に向け、ガイドラインは患者が自らの価値観とライフスタイルに基づいて選択できる環境整備を医療者に求めています。 hp.kmu.ac(https://hp.kmu.ac.jp/treatment/departments/kidney_center/kidney_select/)
つまり、ガイドラインの本質は「治療法の優劣を決める」ことではありません。各療法の利点・欠点を患者に公平に伝えるための、医療者向けの実践ツールです。これが原則です。
参考:腎代替療法選択ガイド2020(日本腎臓学会公式PDF)
https://cdn.jsn.or.jp/data/rrt_guide_2020.pdf
腎代替療法の導入タイミングは、感覚や慣習ではなくエビデンスに基づいた基準で判断する必要があります。ガイドラインでは、GFR(糸球体濾過量)が持続的に10 mL/min/1.73m²未満に低下した場合、腎代替療法の開始を考慮することが安全とされています。 ただし、これはあくまで「目安」であり、患者の自覚症状や合併症の状況が導入判断を大きく左右します。 jsn.or(https://jsn.or.jp/data/renalreplacementtherapy_guide.pdf)
症状面では、尿毒症症状(悪心・嘔吐・意識障害など)、管理困難な高カリウム血症・体液過剰・アシドーシス、栄養障害といった状態が出現した場合も、GFRの数値にかかわらず緊急的な導入の対象となります。 CKDステージG3の段階から腎臓専門医への紹介が望ましいとされており、早期から腎代替療法の可能性を念頭に置いた管理計画が求められます。 数値だけに目を向けてはいけません。 msdmanuals(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/03-%E6%B3%8C%E5%B0%BF%E5%99%A8%E7%96%BE%E6%82%A3/%E8%85%8E%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E7%99%82%E6%B3%95/%E8%85%8E%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E7%99%82%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81)
小児患者については、成人と同じ基準に加えて成長障害が導入基準に含まれる点が異なります。 また、腎移植を希望する患者が献腎移植を目指す場合でも、実際の移植時期が予測困難なため、先に透析療法を開始する必要があります。 献腎移植による計画的導入は現実的に不可能という点は、現場でもよく誤解されるポイントです。 chugaiigaku(https://www.chugaiigaku.jp/upfile/browse/browse3562.pdf)
参考:維持血液透析ガイドライン(日本透析医学会)─ 導入基準の詳細
https://www.chugaiigaku.jp/upfile/browse/browse3562.pdf
腎代替療法の選択において、SDM(Shared Decision Making・共同意思決定)のプロセスを踏むことは今やガイドラインで明示的に求められています。 SDMとは、医療者が患者に一方的に療法を「決定」するのではなく、患者の価値観・生活背景・病態に関する情報を双方向で共有し、一緒に最善策を選ぶアプローチです。 患者が主体的に治療に参加できるかどうかが、その後のアドヒアランスや生活の質(QOL)に直結します。 gh.opho(https://www.gh.opho.jp/org/kidney/alternative-therapy/sel-sdm.php)
実践の場として「腎代替療法選択外来」の設置が有効です。腎機能が10%程度に低下した時点で患者を外来に案内し、血液透析・腹膜透析・腎移植それぞれの特徴を段階的に説明します。 ある施設の実践報告では、SDMに基づく説明外来を導入した結果、腹膜透析を選択する患者数が年々増加したと報告されています。 これは使えそうです。 baxterpro(https://www.baxterpro.jp/sites/g/files/ebysai771/files/2022-04/Vol4_sdm.pdf)
参考:SDMによる腎代替療法選択支援の実践事例(バクスター社資料)
https://www.baxterpro.jp/sites/g/files/ebysai771/files/2022-04/Vol4_sdm.pdf
血液透析・腹膜透析・腎移植の3つの選択肢はそれぞれ異なる特性を持ちます。正しい療法選択支援のために、医療者は以下の違いを患者にわかりやすく提示することが求められます。 osakapd.umin.ne(https://osakapd.umin.ne.jp/patient-alternative.html)
| 療法 | 実施場所・頻度 | 主なメリット | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 🏥 血液透析(HD) | 週3回・1回4時間、透析施設へ通院 | 医療スタッフが管理、高い溶質除去効率 | 通院拘束が大きく、シャント管理が必要 |
| 🏠 腹膜透析(PD) | 自宅で1日2〜4回バッグ交換 | 残腎機能の温存、生活の自由度が高い | 自己管理が必要、腹膜炎リスクあり |
| 🔬 腎移植 | 手術(生体・献腎)後は通院管理 | 透析不要、QOL・生命予後が最も良好 | 免疫抑制剤の継続、ドナー確保の課題 |
腎移植を受けた患者の10年生着率は、生体腎移植で81.1%、献腎移植で74.2%というデータがあります。 血液透析患者と比較して生命予後・QOLともに優れているケースが多く、移植の可能性がある患者には早期からその選択肢を提示することが望ましいとされています。 jinentai(https://jinentai.com/rrt/tips/4.html)
腹膜透析については「腹膜透析ファースト」という考え方が浸透しつつあります。 これは、残腎機能(自己腎によるわずかな排泄機能)を最大限温存するため、透析導入初期には腹膜透析を優先するというアプローチです。ただし、自己管理能力や家庭環境の評価が前提となります。 腹膜透析から腎移植へ移行した患者が移植総数の42.9%を占めるという報告もあり、腹膜透析は「腎移植への橋渡し」という役割も担っています。 gh.opho(https://www.gh.opho.jp/org/kidney/alternative-therapy/sel-sdm.php)
多くの医療者が「末期腎不全=透析開始」と自動的に結びつけている現場では、保存的腎臓療法(CKM:Conservative Kidney Management)という選択肢が見落とされがちです。厳しいところですね。CKMとは、透析を行わずに症状緩和とQOL維持を目的とした管理を続けることを指し、特に高齢者や多合併症を抱える患者において国際的に注目が高まっています。 touseki-ikai.or(https://www.touseki-ikai.or.jp/htm/05_publish/dld_doc_public/37-1/37-1-6.pdf)
2025年に公表された「腎不全患者のための緩和ケアガイダンス2025」は、このCKMに対する体系的なアプローチを国内でも示すものです。 透析を行わないという選択肢を提示することには、医療者側に一定の心理的抵抗があるのも事実です。しかし本邦では進行したCKD患者の90%以上が血液透析を選択しており、欧米と比べてCKMが十分に活用されていない課題が指摘されています。 jsdt.or(https://www.jsdt.or.jp/tools/file/download.cgi/4339/%E8%85%8E%E4%B8%8D%E5%85%A8%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E7%B7%A9%E5%92%8C%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%99%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%82%99%E3%83%B3%E3%82%B99%E6%9C%88%E5%AE%8C%E6%88%90%E7%89%88FIX260217.pdf)
CKMを適切に提示するためには、まずチームが「透析をしない選択が患者を見捨てることではない」という認識を共有する必要があります。仙台市立病院の実践報告では、保存的腎臓療法(CKM)を選択した患者が全体の19%に上ったケースも報告されており、SDMの枠組みがCKMの選択にも機能することが示されています。 CKMの理解が条件です。 hospital.city.sendai(https://hospital.city.sendai.jp/wp-content/uploads/2025/02/d3f93f414e2703d55575215e13bcd0d6.pdf)
CKMを現場に導入するにあたっては、緩和ケアチームとの連携体制を事前に構築しておくことが不可欠です。具体的には「症状コントロール計画の立案」「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の実施」「家族への情報共有」という3ステップを踏むと、患者・家族の不安を軽減しやすくなります。まずACPの手順を自施設のプロトコルに落とし込む作業から始めるのが現実的です。
参考:CKD診療ガイドライン2023(Mindsガイドラインライブラリ)
https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00779/
参考:保存的腎臓療法の国際的現況とわが国の課題(透析会誌PDF)
https://www.touseki-ikai.or.jp/htm/05_publish/dld_doc_public/37-1/37-1-6.pdf
参考:腎代替療法の選択とSDM(大阪急性期・総合医療センター)
https://www.gh.opho.jp/org/kidney/alternative-therapy/sel-sdm.php