潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜に炎症が起こることで潰瘍やびらんが生じる慢性炎症性腸疾患です。この疾患の主要な臨床症状として、下痢、血便、腹痛が三大症状として知られています。特に特徴的なのは、血液や粘液を伴う下痢で、多くの患者さんが経験する症状です。
症状の発現パターンには個人差があり、軽度から重度まで様々な重症度を示します。軽度の場合は、時々下痢や血便が見られる程度ですが、中等度になると1日に何度も血便があり、腹痛や発熱を伴うことがあります。重度の場合には、1日6回以上の血便に加え、強い腹痛や高熱などの全身症状を呈することもあります。
潰瘍性大腸炎の炎症は直腸から始まり、連続的に口側(上行性)へ広がっていくという特徴があります。この炎症の広がり方により、直腸炎型、左側大腸炎型、全大腸炎型などに分類されます。炎症の範囲が広くなるほど症状は重くなり、治療も難しくなる傾向があります。
初期症状としては、下腹部の違和感から始まり、次第に下痢や血便が現れます。進行すると便に粘液や膿が混じるようになり、頻回の排便による肛門周囲の痛みや灼熱感も訴えることがあります。また、夜間に腹痛や便意で目が覚めたり、朝にトイレにこもる時間が長くなったりするなど、日常生活に支障をきたすケースも少なくありません。
潰瘍性大腸炎の症状は「活動期」と「寛解期」を繰り返すことが特徴です。活動期には症状が出現し、寛解期には症状が消失または軽減します。しかし、寛解期に入っても治療を中断すると再燃のリスクが高まるため、継続的な治療が重要となります。
また、長期間にわたり炎症を繰り返すことで、貧血や体重減少などの全身症状も現れることがあります。さらに、腸管外合併症として、関節炎、眼病変(ぶどう膜炎など)、皮膚病変(壊疽性膿皮症、結節性紅斑)、口内炎などが20~50%の患者さんに認められることも知っておくべき重要なポイントです。
潰瘍性大腸炎の診断には複数の検査が必要ですが、中でも内視鏡検査は確定診断に欠かせない重要な検査です。診断の流れとしては、まず血液検査で炎症マーカーの上昇や貧血の有無を確認し、便培養検査で感染性腸炎を除外します。その上で内視鏡検査を実施し、特徴的な病変の有無を確認します。
内視鏡検査では、潰瘍性大腸炎に特徴的な所見として、粘膜の発赤、浮腫、易出血性、粘液付着、さらには進行すると潰瘍やびらんが観察されます。初期段階では粘膜下の血管透見性が低下し、粘膜全体が腫脹してザラついた外観を呈します。わずかな接触で出血しやすく(接触出血性)、粘液や膿の付着が見られることもあります。
炎症が進行すると、びらんや潰瘍が多発し、これらの病変は直腸から連続的に口側へ広がっていくのが特徴です。重症例では潰瘍が粘膜下組織を超えて筋層まで及ぶことがあります。また、再燃と寛解を繰り返している慢性例では、活動期を過ぎると炎症性ポリープの形成や粘膜の萎縮が見られることがあります。長期経過例では、腸管の短縮化やハウストラ(腸壁のひだ)の消失などの形態的変化も生じます。
内視鏡検査時には必ず生検を行い、病理組織学的検査も実施します。病理所見では、陰窩膿瘍やクリプト(陰窩)の歪み、炎症細胞浸潤などの特徴的な所見が認められます。これらの所見を総合的に判断して診断が確定されます。
また、内視鏡検査は診断だけでなく経過観察にも重要な役割を果たします。潰瘍性大腸炎では発症から8~10年以上経過すると大腸癌のリスクが上昇するため、定期的な内視鏡検査によるサーベイランスが推奨されています。特に、潰瘍性大腸炎から発生する大腸癌は通常の大腸癌よりも発見が難しく悪性度が高いことが知られており、適切なタイミングでの内視鏡検査が重要です。
近年では、内視鏡的寛解(粘膜治癒)が治療目標として重視されるようになっています。内視鏡的に炎症が消失した状態(粘膜治癒)を達成することで、長期的な予後が改善されることが報告されており、治療効果判定においても内視鏡検査の役割は大きいといえます。
潰瘍性大腸炎の治療は、炎症を抑制し症状を改善する「寛解導入療法」と、いったん改善した状態を維持する「寛解維持療法」の2つの段階に分けられます。薬物療法は治療の中心であり、病変の範囲や重症度に応じて適切な薬剤が選択されます。
5-ASA製剤(5-アミノサリチル酸製剤)
潰瘍性大腸炎の治療の基本となるのが5-ASA製剤です。この薬剤は腸管で放出され、全身の免疫機能を抑制することなく、直接腸粘膜の炎症を抑える作用があります。メサラジン(リアルダ、アサコール、ペンタサ)が主に使用されており、軽症から中等症の患者さんに対して第一選択薬として用いられます。
5-ASA製剤には経口剤、坐剤、注腸剤があり、病変の部位に合わせて選択されます。直腸炎型では坐剤や注腸剤が効果的であり、左側大腸炎型では経口剤と坐剤や注腸剤の併用が、全大腸炎型では主に経口剤が使用されます。
5-ASA製剤は寛解導入だけでなく寛解維持にも有効であり、長期投与によって大腸癌のリスク軽減効果も報告されています。副作用は比較的少ないため、長期間の継続使用が可能です。
ステロイド製剤
5-ASA製剤で効果不十分な場合や中等症から重症の患者さんに対しては、ステロイド製剤が使用されます。強力な抗炎症作用を持ち、速やかに症状を改善する効果がありますが、長期使用による副作用のリスクがあるため、主に寛解導入を目的として短期間使用されます。
経口ステロイド(プレドニゾロンなど)のほか、局所作用型ステロイド(ブデソニドなど)や直腸投与製剤(ステロイド坐剤、注腸剤)も使用されます。ステロイドは再燃予防効果がないため、寛解維持目的での使用は推奨されていません。
ステロイド抵抗性(適切な投与にもかかわらず効果が不十分な状態)や依存性(減量や中止により症状が悪化する状態)の患者さんでは、次に述べる免疫調節薬や生物学的製剤の使用が検討されます。
免疫調節薬
免疫調節薬はステロイド依存性の患者さんや中等症から重症の患者さんに使用されます。主にアザチオプリンなどのチオプリン製剤が用いられ、免疫機能を抑制することで炎症を軽減させます。効果発現までに時間がかかる(通常3〜6ヶ月)ため、寛解導入よりも寛解維持に適しています。
骨髄抑制や膵炎などの副作用に注意が必要であり、定期的な血液検査によるモニタリングが重要です。また、長期使用による悪性腫瘍(特にリンパ腫)発症リスクの上昇が報告されています。
生物学的製剤および分子標的薬
従来の治療で効果不十分な中等症から重症の患者さんや、ステロイド抵抗性・依存性の患者さんに対しては、生物学的製剤や分子標的薬が使用されます。
抗TNF-α抗体(インフリキシマブ、アダリムマブなど)は炎症性サイトカインであるTNF-αを阻害することで効果を発揮します。抗インテグリン抗体(ベドリズマブ)は腸管特異的に作用し、白血球の腸管への浸潤を抑制します。また、抗IL-12/IL-23抗体(ウステキヌマブ)も潰瘍性大腸炎に対する有効性が認められています。
最近では、JAK阻害薬(トファシチニブ、ウパダシチニブなど)も承認され、治療選択肢が広がっています。JAK阻害薬は経口投与が可能であり、複数の炎症性サイトカインのシグナル伝達を同時に阻害する作用を持ちます。
これらの薬剤は高い有効性を持つ一方で、感染症リスクの上昇や、稀ながら重篤な副作用の可能性があるため、慎重な患者選択と適切なモニタリングが必要です。
潰瘍性大腸炎の治療において最も重要な目標は、症状を改善させる「寛解導入」とその状態を維持する「寛解維持」です。近年では、単に症状を改善させるだけでなく、内視鏡的にも炎症が消失した「粘膜治癒」を達成することが長期予後の改善につながるという認識が広まっています。
寛解導入療法
寛解導入療法は、活動期(症状が出現している時期)に行われる治療で、臨床症状の改善と炎症の鎮静化を目指します。重症度と病変の範囲に応じて治療法が選択されます。
軽症から中等症の場合。
これらで効果不十分な場合は、ステロイド製剤(経口、注腸、坐剤など)の追加を検討します。
中等症から重症の場合。
重症から劇症の場合。
なお、重症例では血球成分除去療法(顆粒球・単球吸着除去療法など)も選択肢の一つとなります。この治療法は、血液中から炎症に関与する白血球成分を除去することで炎症を鎮静化させるもので、薬物療法との併用で効果が期待できます。
寛解維持療法
寛解導入に成功した後は、その状態を長期間維持することが重要です。寛解維持療法を適切に行うことで再燃のリスクを低減し、患者さんのQOL向上につながります。
軽症から中等症の場合。
再燃を繰り返す場合。
寛解維持においては、薬物療法だけでなく、生活習慣の改善も重要です。過度のストレスを避け、規則正しい食事と睡眠を心がけることが推奨されます。また、喫煙は潰瘍性大腸炎の症状を悪化させる可能性があるため、禁煙が望ましいとされています。
治療目標の変遷
潰瘍性大腸炎の治療目標は時代とともに変化しています。従来は臨床症状の改善が主な目標でしたが、現在では内視鏡的寛解(粘膜治癒)の達成がより重視されるようになっています。粘膜治癒が得られると、再燃率の低下、入院率の減少、手術率の低下、QOLの向上などの利点がもたらされることが多くの研究で示されています。
さらに最近では、より高い治療目標として「ヒストロジカル寛解(組織学的寛解)」も注目されています。これは内視鏡的に正常に見える粘膜においても、組織学的に炎症が残存していないことを確認するもので、より厳格な寛解の基準として評価されています。
潰瘍性大腸炎の治療では、従来の薬物療法に加えて新しい治療アプローチの研究も進められています。その中でも、水素吸入療法は近年注目を集めている新たな治療法の一つです。この治療法は、まだ標準治療として確立されてはいませんが、その抗酸化作用に着目した研究が進行中です。
水素の抗酸化作用と炎症性腸疾患
潰瘍性大腸炎の病態形成には酸化ストレスが重要な役割を果たしていることが知られています。活性酸素種(ROS)の過剰産生や抗酸化防御機構の低下により、腸管粘膜に酸化障害が引き起こされ、炎症が持続・悪化します。
水素分子(H₂)には選択的に有害な活性酸素種を除去する抗酸化作用があり、組織障害を軽減する効果が報告されています。特に水素はヒドロキシルラジカル(- OH)やペルオキシナイトライト(ONOO⁻)などの強力な酸化物質を選択的に中和する特性を持ち、細胞の重要な構成成分(DNAやタンパク質など)を保護します。
2025年1月の医師監修記事によれば、水素の抗酸化作用が潰瘍性大腸炎の症状緩和に効果を発揮する可能性が示唆されています。水素は体内で副作用をほとんど示さないことも利点とされています。
水素吸入の実施方法と期待される効果
水素吸入療法は、低濃度(通常1~4%)の水素ガスを酸素と混合して吸入する方法で行われます。安全性を確保するため、水素濃度は爆発限界(4.6%)を下回るよう調整されています。治療は通常、1回20~60分程度、週に数回のペースで実施されます。
動物実験では、水素吸入によって大腸粘膜での炎症性サイトカインの発現低下や酸化ストレスマーカーの減少が確認されており、組織学的にも炎症所見の改善が報告されています。これらの結果から、水素吸入が潰瘍性大腸炎の症状緩和につながる可能性が示唆されています。
人間を対象とした研究も少数ながら実施されており、一部の患者さんでは下痢や血便の減少、腹痛の軽減などの症状改善が報告されています。ただし、これらの研究はまだ小規模であり、大規模な臨床試験による有効性の検証が待たれています。
従来治療との組み合わせの可能性
水素吸入療法は従来の薬物療法と併用することも可能であり、相補的な効果が期待されています。特に、5-ASA製剤やステロイド製剤では十分な効果が得られない患者さんや、薬物療法の副作用が問題となっている患者さんに対する補助的治療として検討されています。
水素吸入は非侵襲的で副作用が少ないという利点がありますが、現時点では標準治療として確立されておらず、有効性や安全性に関するエビデンスはまだ十分ではありません。そのため、水素吸入療法を検討する場合は、従来の標準治療を適切に行いながら、補完的アプローチとして位置づけることが重要です。
研究の現状と今後の展望
水素医療の研究は世界的に増加傾向にあり、日本も先駆的な研究を行っています。潰瘍性大腸炎に対する水素療法の研究は比較的新しい分野ですが、基礎研究から臨床応用へと徐々に進展しています。
今後は、適切な水素投与プロトコルの確立や、長期的な効果と安全性の評価、従来治療との最適な併用方法の検討など、さまざまな課題に取り組む必要があります。また、効果の個人差を予測するバイオマーカーの探索も重要な研究課題となっています。
水素吸入療法は現時点では実験的な治療と位置づけられますが、今後のエビデンスの蓄積によって、潰瘍性大腸炎治療の新たな選択肢として確立される可能性があります。医療従事者は最新の研究動向に注目しつつ、患者さんに適切な情報提供を行うことが求められます。
潰瘍性大腸炎は慢性疾患であり、適切な治療を行っても再燃と寛解を繰り返すことが多いため、長期的な経過観察と合併症の管理が重要です。特に長期罹患例では、さまざまな合併症のリスクが上昇するため、その予防と早期発見が治療の重要な課題となります。
大腸癌のリスクと対策
潰瘍性大腸炎の最も重要な合併症の一つが大腸癌です。発症から8~10年以上経過すると大腸癌の発症リスクが上昇することが知られており、全大腸炎型や左側大腸炎型、若年発症例、家族性大腸癌の家族歴がある患者さんではそのリスクがさらに高まります。
潰瘍性大腸炎関連大腸癌は通常の大腸癌と異なり、多発性であることが多く、また炎症を背景として発生するため発見が困難です。そのため、長期罹患例では定期的なサーベイランス内視鏡検査が推奨されています。
日本消化器病学会のガイドラインでは、発症から8年以上経過した患者さんに対して、1~2年ごとの大腸内視鏡検査とターゲット生検(炎症や粘膜不整の目立つ部位からの生検)およびランダム生検(複数箇所からの計画的生検)が推奨されています。また、色素内視鏡や拡大内視鏡、狭帯域光観察(NBI)などの特殊な観察方法を用いることで、早期の異形成や癌の発見率が向上することも報告されています。
大腸癌の予防には、炎症のコントロールが重要です。長期間の炎症持続は発癌リスクを高めるため、適切な治療による粘膜治癒の達成と維持が求められます。また、5-ASA製剤の長期継続投与には発癌抑制効果があることが報告されています。
腸管外合併症とその管理
潰瘍性大腸炎では腸管以外にもさまざまな合併症が見られることがあります。これらは腸管外合併症と呼ばれ、患者さんのQOLに大きく影響する可能性があります。
関節症状。
関節痛や関節炎は比較的頻度の高い腸管外合併症です。末梢関節炎は通常、腸炎の活動性と相関して現れますが、強直性脊椎炎などの軸性関節症状は腸炎の活動性とは独立して進行することがあります。腸炎のコントロールにより改善することが多いですが、難治例では抗TNF-α抗体などの生物学的製剤が有効です。
皮膚病変。
結節性紅斑は四肢の伸側に好発する有痛性の紅色結節で、腸炎の活動性と相関して出現することが多いです。壊疽性膿皮症はより重篤な合併症で、潰瘍を形成し難治性となることがあります。ステロイドや免疫抑制薬、生物学的製剤による積極的な治療が必要です。
眼病変。
ぶどう膜炎、強膜炎などが見られることがあり、早期発見と適切な治療が視力障害の予防に重要です。眼科との連携が必須です。
肝胆道系合併症。
原発性硬化性胆管炎(PSC)は最も重要な肝胆道系合併症であり、無症状から肝硬変に至るまで様々な病期で発見されます。PSCを合併する潰瘍性大腸炎患者は大腸癌のリスクが特に高いため、より厳格なサーベイランスが必要です。また、胆道癌のリスクも上昇するため、肝胆道系のモニタリングも重要です。
血栓塞栓症。
潰瘍性大腸炎患者は血栓塞栓症のリスクが上昇することが知られています。特に活動期や入院中の患者さんではリスクが高まるため、必要に応じて予防的抗凝固療法が考慮されます。
骨粗鬆症。
長期のステロイド使用や慢性炎症による栄養障害などにより、骨粗鬆症のリスクが上昇します。定期的な骨密度測定と、必要に応じたビタミンDやカルシウムの補充、ビスホスホネート製剤の使用などが推奨されます。
妊娠と潰瘍性大腸炎
潰瘍性大腸炎患者の妊娠に関しては、疾患の活動性が妊娠転帰に大きく影響します。寛解期に妊娠した場合の妊娠転帰は健常女性と変わりませんが、活動期に妊娠した場合や妊娠中に再燃した場合は、流産や早産、低出生体重児のリスクが上昇します。
そのため、計画的な妊娠が望ましく、可能な限り寛解期に妊娠することが推奨されます。また、多くの潰瘍性大腸炎治療薬は妊娠中も継続可能であり、むしろ薬剤を中止して疾患が悪化するリスクの方が高いとされています。5-ASA製剤、ステロイド、生物学的製剤などは、ベネフィットがリスクを上回る場合には妊娠中も使用可能です。一方で、メトトレキサートなど一部の薬剤は妊娠中の使用が禁忌となっています。
妊娠を希望する患者さんには、事前に消化器専門医と産婦人科医の連携による計画的な管理が重要です。また、出産後は授乳と薬物療法の両立についても個別に検討する必要があります。