前壁中隔梗塞の初期治療では、まず迅速な診断と生命維持が最優先となります。医療機関に搬送された患者は、検査と並行して以下の治療が開始されます:
🔸 酸素療法とモニタリング
🔸 疼痛管理
心筋の酸素消費量増加を防ぐため、継続する胸痛に対してモルヒネなどの鎮痛薬を静脈投与します。ニトログリセリンの投与により心臓負荷を軽減し、β遮断薬で梗塞範囲の拡大と不整脈を予防します。
🔸 初期薬物療法
アスピリンなどの抗血小板薬の投与は梗塞の再発抑制と死亡率減少に有効です。救急救命士による病院到着前のアスピリン咀嚼服用(325mg)は、早期治療効果を高めます。
循環器系専門病院では、重症例をCCU(冠動脈疾患集中治療室)に収容し、集約的管理を行います。
再灌流療法は前壁中隔梗塞治療の中核をなし、発症から6時間以内の実施により梗塞範囲を大幅に縮小できます。
🔸 カテーテル・インターベンション(PCI)
現在の第一選択治療法で、カテーテルを手や足の動脈から挿入し、冠動脈の閉塞部位まで到達させます。バルーン(風船)とステント(金属製の網目状筒)を用いて血管を拡張し、血流を再開通させます。
最新のステントには抗血小板薬が染み込ませてあり、血栓形成を防ぐ工夫が施されています。体への侵襲が少なく、入院期間も数日と短いのが利点です。
🔸 血栓溶解療法
PCIが困難な場合の代替治療として、ウロキナーゼ(UK)や組織型プラスミノーゲンアクチベータ(t-PA)などの血栓溶解薬を使用します。心筋梗塞発症12時間以内で出血リスクが低い症例が適応となり、血流再開率は約70%です。
🔸 冠動脈バイパス手術
2枝病変や3枝病変、他疾患合併などの重篤な症例では外科手術が必要です。血栓溶解療法で出血性合併症が生じた場合の緊急手術も含まれます。
前壁中隔梗塞の薬物療法は、急性期から慢性期まで段階的に調整されます。
🔸 抗血小板・抗凝固療法
🔸 血行動態安定化薬剤
🔸 特殊病態への対応
広範前壁梗塞で左室収縮障害を伴う症例では、左室内血栓形成リスクが高まります。6ヶ月の観察で10%の症例が左室内血栓を形成し、ワルファリン追加により脳卒中リスクを約半分に減少できます。
前壁中隔梗塞は重篤な合併症を併発しやすく、迅速な対応が求められます。
🔸 心室中隔穿孔(VSP)
急性心筋梗塞の0.17-0.21%に発生する稀だが致命的な合併症です。内科的治療予後は極めて不良で、外科的修復術が最適治療とされています。
現在の標準術式はKomedaらの「Infarct exclusion法」で、一枚のパッチを用いて左室の3次元的梗塞部除外を行います。ただし、心筋梗塞発症後7日以内の修復術死亡率は54.1%と依然として高率です。
🔸 心室瘤形成
広範囲前壁中隔梗塞後に発生しやすく、ドール(Dor)手術による左室形成術が効果的です。心筋梗塞部を縦切開し、瘢痕組織を切除後、正常に近い紡錘形にパッチ縫着します。
🔸 機械的合併症
これらの合併症では機械的補助循環(IABP、ECMO)や緊急手術が必要となります。
前壁中隔梗塞後の包括的管理は、急性期治療後の長期予後改善に不可欠です。
🔸 心臓リハビリテーション
段階的な運動療法により心機能改善と再発予防を図ります。前壁中隔梗塞は左室収縮能に大きく影響するため、個別化された運動プログラムが重要です。
🔸 生活習慣指導
🔸 継続的モニタリング
定期的な心エコー検査により左室機能評価を行い、心室リモデリング進行の監視が必要です。前壁中隔梗塞では左室駆出率の低下が顕著になりやすく、心不全への移行を早期発見する必要があります。
🔸 薬物療法の長期最適化
🔸 心理的サポート
心筋梗塞後うつ病の発症率は20-30%と高く、特に前壁中隔梗塞のような重篤な病態では心理的サポートが不可欠です。患者・家族への十分な説明と、段階的な社会復帰支援が求められます。
前壁中隔梗塞治療は急性期の生命救済から始まり、合併症予防、長期予後改善まで多面的なアプローチが必要な疾患です。医療従事者は最新のガイドラインに基づく標準治療を基盤として、個々の患者状態に応じた最適な治療選択を行うことが重要となります。