オレキシンとナルコレプシーの病態機序および治療展望

オレキシン神経の欠損がナルコレプシーの主要な病態であることが明らかになっています。脳脊髄液中のオレキシン濃度低下と情動脱力発作の関連、さらにオレキシン受容体作動薬という新しい治療法の可能性について詳しく知りたくないですか?

オレキシンとナルコレプシー

この記事のポイント
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オレキシン神経の脱落

視床下部のオレキシン神経が選択的に失われることがナルコレプシータイプ1の根本原因

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脳脊髄液検査による診断

オレキシンA濃度が110pg/ml以下で診断可能、特にタイプ1では検出限界以下となる

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新規治療薬の開発

オレキシン2型受容体作動薬が根本的治療として期待され、2025年度承認申請予定

オレキシン神経系の基本構造と受容体機能

 

 

オレキシンは視床下部外側野に局在する神経ペプチドで、オレキシンAとオレキシンBの2種類が存在します。これらは共通の前駆体であるプレプロオレキシンから生成され、2つのGタンパク質共役型受容体、オレキシン1受容体(OX1R)とオレキシン2受容体(OX2R)を介して作用を発揮します。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/medchem/26/2/26_90/_pdf

受容体サブタイプの発現分布は脳内で異なる特徴を示します。
青斑核ノルアドレナリン作動性神経ではOX1Rのみが発現し、一方で結節乳頭体核のヒスタミン作動性神経ではOX2Rのみが発現しています。背側縫線核のセロトニン作動性神経や橋被蓋のコリン作動性神経では両方の受容体が発現しており、この分布の違いが各受容体の機能的役割の違いを示唆しています。

 

参考)オレキシン - 脳科学辞典

オレキシンAはOX1RとOX2Rの両方に同程度の親和性を示しますが、オレキシンBはOX2Rに選択的に結合します。両受容体を介した作用は、いずれも標的神経細胞に対して強力かつ持続的な興奮性作用を示すことが知られています。

 

参考)https://www.jasso.or.jp/data/topic/topics8_34.pdf

ナルコレプシーにおけるオレキシン欠乏の病態メカニズム

ナルコレプシータイプ1の患者では、視床下部のオレキシン産生神経が選択的に脱落することが病態の本質です。情動脱力発作を伴うナルコレプシー患者の約90%で、脳脊髄液中のオレキシンA濃度が検出限界以下となっており、これはナルコレプシーに特異的な所見とされています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6492289/

オレキシン神経の機能低下により、睡眠と覚醒のスイッチが不安定になることが症状発現のメカニズムです。通常、オレキシンは覚醒状態を安定的に維持する役割を担っていますが、その欠乏によりスイッチが不安定となり、覚醒維持ができずに頻回の居眠りが生じます。さらに、睡眠と覚醒の切り替え後に状態がすぐに安定化しないため、覚醒とレム睡眠の中間的な状態が遷延し、情動脱力発作や入眠時幻覚などのレム睡眠関連症状の背景となります。

 

参考)ナルコレプシー - 脳科学辞典

オレキシン受容体欠損マウスを用いた研究により、二つの異なる神経経路がナルコレプシー症状に関与することが明らかになりました。青斑核のノルアドレナリン産生神経でオレキシン受容体を回復すると睡眠発作が大幅に減少し、対照的に背側縫線核のセロトニン産生神経で回復すると情動脱力発作がほとんど起こらなくなることが示されています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3904620/

オレキシン測定による診断確定と臨床的意義

ナルコレプシーの確定診断において、脳脊髄液中のオレキシンA濃度測定は非常に重要な検査です。腰椎穿刺により脳脊髄液を採取し、オレキシン濃度が110pg/ml以下、あるいは正常者の平均値の3分の1以下である場合にナルコレプシーと診断されます。

 

参考)ナルコレプシーの診断基準はどのようにされる?症状や治療法も解…

情動脱力発作を伴うナルコレプシータイプ1では、ほぼ全例で脳脊髄液中オレキシンA濃度が測定限界以下となります。一方、情動脱力発作がないナルコレプシータイプ2の場合でも、オレキシン濃度の異常低値を検出することで確定診断が可能となり、近年では低値であれば情動脱力発作がなくてもタイプ1に分類される場合もあります。

 

参考)ナルコレプシーの1型と2型とは何ですか? |ナルコレプシー

ただし、腰椎穿刺は侵襲を伴う検査であり、穿刺後に頭痛やしびれなどの合併症が生じる可能性があります。現在のところ保険適応がないため、国内では大学病院の睡眠研究施設などで実施されている状況です。

 

参考)ナルコレプシーの診断方法

オレキシン2型受容体作動薬による革新的治療アプローチ

オレキシン欠乏を直接補充するオレキシン受容体作動薬が、ナルコレプシーの根本的治療として期待されています。特にオレキシン2型受容体(OX2R)選択的作動薬が注目されており、武田薬品工業が開発するoveporexton(TAK-861)は米国FDAからブレークスルーセラピーの指定を受けています。

 

参考)Treatment of Narcolepsy Type 1…

OX2R選択的作動薬の有効性は、マウスモデルと臨床試験の両方で実証されています。マウスモデルでは、OX2R活性化のみでナルコレプシーの睡眠発作と情動脱力発作の両症状が改善することが示されました。第3相臨床試験では、日中の過度の眠気を評価する覚醒維持検査(MWT)において平均睡眠潜時がベースラインから有意に改善し、情動脱力発作の発生率も減少しました。

 

参考)301 Moved Permanently

現在の標準治療は症状の一部にしか対処できていない可能性がありますが、オレキシン作動薬はナルコレプシーを引き起こすオレキシン欠乏に直接対処することで、広範な症状を改善するように設計されています。武田薬品は2025年度から世界各国での承認申請に向け順調に進捗しており、エーザイも新規オレキシン受容体作動薬E2086の開発を進めています。

 

参考)世界睡眠学会「World Sleep 2025」におけるナル…

自己免疫機序とオレキシン神経選択的脱落の謎

ナルコレプシーの発症メカニズムとして、自己免疫反応によるオレキシン神経の選択的破壊が強く示唆されています。日本人のナルコレプシー患者ではほぼ100%がHLA-DQB1*06:02遺伝子型を持っており、この特定のHLA型との強い関連は自己免疫疾患の特徴です。

 

参考)ナルコレプシー - 07. 神経疾患 - MSDマニュアル …

HLA遺伝子型自体がナルコレプシーのリスク遺伝子であり、homozygoteはheterozygoteの4~5倍の有病率を示します。興味深いことに、健常者をMSLT検査結果で群分けすると、入眠時レム睡眠数や眠気が強い群ほどHLA-DQB1*06:02遺伝子型を持つ頻度が高まることが判明しており、このHLA遺伝子自体が睡眠制御機能を持つことが示唆されています。​
しかし、なぜオレキシン神経のみが選択的に脱落するのかは依然として解明されていません。ナルコレプシー患者では、オレキシンやその受容体の遺伝子異常は見出されておらず、イヌのナルコレプシーモデルとは病因が異なります。発症直後に免疫抑制療法やγ-グロブリン静注療法の有効性が報告されていることから、T細胞を介した自己免疫攻撃がオレキシン神経を標的としている可能性が考えられています。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/95/4/95_4_748/_pdf

検査項目 ナルコレプシータイプ1 ナルコレプシータイプ2 臨床的意義
情動脱力発作 あり なし タイプ分類の主要基準
脳脊髄液オレキシンA 検出限界以下(<110pg/ml) 正常または軽度低下 タイプ1の特異的マーカー
HLA-DQB1*06:02 ほぼ100%陽性 陽性率低い 遺伝的素因の指標
MSLT平均睡眠潜時 8分以下 病的眠気の客観的評価

参考リンク:ナルコレプシーの詳細な病態について
脳科学辞典のナルコレプシー解説には、睡眠覚醒制御メカニズムとオレキシン神経の詳細な役割が記載されています。
参考リンク:最新の治療開発動向について
武田薬品のオレキシン受容体作動薬臨床試験結果では、第3相試験における有効性と安全性の詳細なデータが公開されています。
参考リンク:診断方法の詳細について
メディカルノートのナルコレプシー検査解説には、睡眠ポリグラフ検査や反復睡眠潜時検査の具体的な実施方法が詳しく説明されています。