セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI:Selective Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor)は、従来の三環系抗うつ薬と比較してアセチルコリン受容体などに対する親和性をほとんど示さず、セロトニンおよびノルアドレナリンの再取り込みを選択的に阻害することを特徴とする抗うつ薬群です。
SNRIの最大の特徴は、セロトニン再取り込みを選択的に阻害するSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)とは異なり、線維筋痛症など難治性疼痛に対する治療薬としても用いられている点です。これは、ノルアドレナリンの再取り込み阻害作用が疼痛の下行性抑制系を活性化することによるものと考えられています。
また、SNRIはシナプス間隙におけるセロトニン、ノルアドレナリンおよび前頭葉においてはドーパミンの濃度を上昇させることで薬効を発揮していると考えられており、うつ病治療において忍容性が高く、抗うつ効果が三環系抗うつ薬に匹敵するとされています。
本邦では2025年4月時点で、ミルナシプラン、デュロキセチン、ベンラファキシンの3剤が臨床使用されています。これらの薬剤は、それぞれ異なる特徴を持ち、患者の症状や併存疾患に応じて使い分けられています。
ミルナシプラン(商品名:トレドミン)
ミルナシプラン塩酸塩は、日本で最初に承認されたSNRIであり、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを比較的バランス良く阻害します。特に疼痛治療への応用が注目されており、線維筋痛症や慢性疼痛の治療にも使用されています。
錠剤の規格は12.5mg、15mg、25mg、50mgがあり、通常は25mgから開始し、効果と副作用を確認しながら最大100mgまで増量可能です。半減期は約8時間と比較的短いため、1日2回の分割投与が推奨されています。
デュロキセチン(商品名:サインバルタ)
デュロキセチン塩酸塩は、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを強力に阻害するSNRIです。特に糖尿病性神経障害に伴う疼痛や線維筋痛症に対する適応を持つことが特徴的です。
カプセル剤として20mgと30mgの規格があり、通常は20mgから開始します。半減期は約12時間で、1日1回の投与が可能です。肝代謝が主体であるため、肝機能障害患者では慎重投与が必要です。
ベンラファキシン(商品名:イフェクサー)
ベンラファキシン塩酸塩は、低用量ではセロトニン再取り込み阻害が主体ですが、高用量ではノルアドレナリン再取り込み阻害作用が強化される特徴があります。この用量依存的な作用機序により、治療抵抗性うつ病に対しても効果が期待されています。
徐放性製剤(SRカプセル)として37.5mgと75mgの規格があり、通常は37.5mgから開始し、必要に応じて最大225mgまで増量可能です。半減期は約5時間ですが、活性代謝物であるデスベンラファキシンの半減期は約11時間です。
2025年現在、日本で使用可能なSNRIの商品名と薬価は以下の通りです。
ミルナシプラン系製剤
デュロキセチン系製剤
ベンラファキシン系製剤
先発品と後発品では薬価に大きな差があり、特にデュロキセチンでは先発品の約3分の1の価格で後発品が提供されています。医療経済的観点から、後発品の選択は重要な考慮事項となります。
SNRIの作用機序は、セロトニンおよびノルアドレナリンの神経終末への再取り込みを阻害することにより、シナプス間隙におけるこれらの神経伝達物質の濃度を上昇させることです。この作用により、脳内のモノアミン系の神経伝達が増強され、抗うつ効果が発現します。
特に興味深いのは、前頭葉においてはドーパミンの濃度も上昇することです。これは、前頭葉においてドーパミンの再取り込みがノルアドレナリントランスポーターによっても行われているためです。この作用により、認知機能の改善や意欲の向上が期待されます。
最新の研究では、arylamidine誘導体を基盤とした新世代のSNRIの開発も進められています。例えば、化合物II-5は5-HT再取り込み阻害(IC50 = 620 nM)とNE再取り込み阻害(IC50 = 10 nM)の二重作用を示し、ラット尾懸垂試験において強力な抗うつ活性を示しました。
疼痛に対する効果については、ノルアドレナリンの再取り込み阻害による下行性疼痛抑制系の活性化が主要な機序と考えられています。脊髄後角において、ノルアドレナリンは α2受容体を介して疼痛伝達を抑制し、この作用がSNRIの鎮痛効果の基盤となっています。
SNRIの臨床応用は、単なるうつ病治療を超えて多岐にわたります。特に注目すべきは、疼痛性疾患への適応です。デュロキセチンは糖尿病性神経障害に伴う疼痛および線維筋痛症に対して保険適応を有しており、慢性疼痛の薬物治療における重要な選択肢となっています。
副作用管理において重要なのは、各薬剤の特性を理解した上での適切な選択と用量調整です。ミルナシプランは半減期が短いため、服薬コンプライアンスの良い患者に適しています。一方、デュロキセチンやベンラファキシンは半減期が長く、1日1回投与が可能なため、服薬回数を減らしたい患者に有用です。
興味深い臨床知見として、ベンラファキシンの用量依存的な作用機序変化があります。低用量(75mg以下)ではセロトニン再取り込み阻害が主体ですが、高用量(150mg以上)ではノルアドレナリン再取り込み阻害作用が強化されます。この特性により、初期治療で効果不十分な場合の増量戦略が立てやすくなります。
中止時の離脱症状についても注意が必要です。特にベンラファキシンは半減期が短いため、急激な中止により離脱症状が出現しやすく、漸減が重要です。一般的には、1週間から2週間ごとに25-50%ずつ減量していく方法が推奨されています。
また、CYP2D6の遺伝的多型がSNRIの血中濃度に影響することも知られており、特にアジア人では約20%の患者でCYP2D6の活性が低下しているため、副作用の出現に注意が必要です。