神経伝達物質は現在100種類以上存在すると推定されており、その構造や機能に基づいて主に3つのグループに分類されます 。これらの化学物質は神経細胞同士の情報伝達を担い、私たちの心身の機能を細かく調節しています 。
参考)https://www.nenkin-seisin.jp/14133575186843
最も基本的な分類として、アミノ酸系、モノアミン系、ペプチド系に大別されます。アミノ酸系神経伝達物質にはグルタミン酸やγ-アミノ酪酸(GABA)、グリシンが含まれ、脳内で興奮性・抑制性の基本的な情報伝達を担っています 。
参考)https://www.sankyobo.co.jp/dicdet.html
モノアミン系にはドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどのカテコールアミンやインドールアミンが含まれ、感情や意欲の調節に重要な役割を果たします 。ペプチド系ではエンドルフィンやエンケファリンなど、痛みの抑制や幸福感の産生に関与する物質が知られています 。
参考)https://tsudashonika.com/disease-cat/dd/neurotransmitters/
神経伝達は電気信号と化学信号の組み合わせによって実現されます。神経細胞内では情報は電気的なパルスとして伝わりますが、神経細胞同士の間では神経伝達物質という化学物質を介して情報が受け渡されます 。
参考)https://blog.cellsignal.jp/neurotransmitters-receptors-and-transporters
この過程では、まず神経末端に到達した活動電位がカルシウムチャネルを開放し、カルシウムイオンの流入を引き起こします。カルシウムイオンはシナプス小胞を刺激し、含まれていた神経伝達物質をシナプス間隙に放出させます 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9
放出された神経伝達物質は、シナプス後膜の受容体に結合し、イオンチャネルの開閉や細胞内二次メッセンジャーの活性化を通じて、興奮性または抑制性の刺激を次の神経細胞に伝えます 。この一連の化学的伝達メカニズムにより、脳内の複雑な情報処理が可能となっています。
神経伝達物質は作用の方向性によって興奮性と抑制性に分類されます。興奮性神経伝達物質の代表的なものにはグルタミン酸があり、中枢神経系で最も豊富に存在し、記憶や学習の基盤となる長期増強現象に深く関与しています 。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20H03358/
抑制性神経伝達物質の代表格はGABAで、脳内で興奮を抑制し、不安の調節や睡眠の維持に重要な役割を果たします 。GABAは単に神経の興奮を抑えるだけでなく、シナプスの可塑性や記憶の整理にも関与していることが最新の研究で明らかになっています 。
参考)https://www.bm2.m.u-tokyo.ac.jp/HomeJ/%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E7%9A%84%E6%96%87%E7%8C%AE/%E8%A8%98%E6%86%B6%E3%82%92%E6%95%B4%E7%90%86%E3%81%99%E3%82%8B%E5%A4%A7%E8%84%B3%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E3%81%AE%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A6%8B-%E6%8A%91%E5%88%B6%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%89%A9%E8%B3%AAgaba%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E
グリシンも重要な抑制性神経伝達物質で、特に脊髄や脳幹での抑制性シナプス伝達を担っています 。これらの興奮性・抑制性神経伝達物質のバランスが適切に保たれることで、脳の正常な機能が維持されています。
神経伝達物質の体内での産生と分解は、厳密に制御された生化学的プロセスによって調節されています。ドーパミンとノルアドレナリンは共通の前駆体であるチロシンから合成され、チロシン水酸化酵素が律速酵素として働いています 。
参考)https://www-yaku.meijo-u.ac.jp/Research/Laboratory/chem_pharm/09jugyou/4.%20serotoninmonoamin.pdf
セロトニンは必須アミノ酸のトリプトファンから合成されますが、トリプトファン水酸化酵素が基質によって飽和されていないため、食事中のトリプトファン摂取量や血中の遊離トリプトファン濃度が直接セロトニン合成に影響を与えます 。
参考)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3
これらのモノアミン系神経伝達物質はモノアミン酸化酵素(MAO)やカテコール-O-メチル転移酵素(COMT)によって分解されます。興味深いことに、セロトニンを産生する神経細胞内にはMAO-Aが存在せず、セロトニンの代謝は主に他の細胞で行われるという特徴があります 。
神経伝達物質の不均衡は様々な神経疾患や精神疾患の原因となります。パーキンソン病では黒質線条体系のドーパミン産生神経細胞の変性により、運動機能障害が生じます。興味深いことに、パーキンソン病では運動症状だけでなく、セロトニンやノルアドレナリンの減少によってうつ症状も高頻度で併発します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/56/3/56_56.199/_article/-char/ja/
うつ病においては、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンの機能低下が関与しており、これらの神経伝達物質系をターゲットとした薬物療法が広く用いられています 。特にセロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、他の神経伝達物質の活動を調節する重要な役割を担っています 。
参考)https://kunitachi-clinic.com/column/%E3%80%8C%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%B3%EF%BC%88%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E7%89%A9%E8%B3%AA%EF%BC%894%E3%81%A4%E3%80%8D%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BB/
アルツハイマー型認知症では、アセチルコリン系神経の機能低下が認知機能障害と関連しており、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬による治療が行われています 。これらの疾患における神経伝達物質の理解は、新たな治療法の開発につながる重要な研究領域となっています。
参考)https://www.healthcare.omron.co.jp/cardiovascular-health/stroke/column/food-to-prevent-stroke-and-dementia.html