心電図におけるST低下は、心筋の部分的な虚血状態を示す重要な所見です。基線より0.1mV以上の低下を示し、特に水平型および下向型のST低下が虚血性心疾患の典型的な変化として認識されています。
治療の第一段階は、急性期の症状緩和です。胸痛発作に対しては速効性硝酸薬(ニトログリセリン錠剤や噴霧剤)の舌下投与を行います。これにより冠動脈の拡張と前負荷の軽減が期待できます。
薬物療法の基本戦略には以下が含まれます。
労作性狭心症では、症状の頻度と重症度に応じて治療強度を調整します。胸痛発作の回数増加や安静時発症、10分以上持続する場合は入院治療が必要となります。
ST低下の鑑別診断は、虚血性と非虚血性原因に大きく分けられます。虚血性原因として最も重要なのは労作性狭心症と不安定狭心症です。これらは心内膜下虚血による変化で、典型的には水平型または下降型のST低下を呈します。
非虚血性原因には以下があります。
鑑別のポイントとして、虚血性ST低下では症状との関連性が重要です。労作時の胸痛や呼吸困難との関連があり、安静により改善する傾向があります。一方、非虚血性原因では症状との関連性が乏しく、持続的な変化を示すことが多いです。
運動負荷試験や薬物負荷試験により、虚血誘発性の確認が可能です。冠動脈造影やCT血管造影により器質的狭窄の評価も重要な診断手段となります。
ST低下を伴う虚血性心疾患に対する薬物療法は、急性期治療と慢性期管理に分けて考える必要があります。
急性期では、前述の硝酸薬に加えて、症状の重症度に応じてヘパリンやGPIIb/IIIa阻害薬の投与を検討します。不安定狭心症の場合、早期の侵襲的評価と治療が推奨されます。
慢性期管理では、以下の薬物が基本となります。
新規薬物として、If チャネル阻害薬イバブラジンや遅発性ナトリウムチャネル阻害薬ラノラジンなども選択肢となります。これらは従来の薬物で十分な効果が得られない症例に有用です。
薬物選択にあたっては、患者の併存疾患、心機能、腎機能などを総合的に評価し、個別化治療を行うことが重要です。
薬物療法で症状コントロールが困難な場合や、高リスク病変を有する患者では侵襲的治療が検討されます。経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は、ST低下を伴う急性冠症候群の標準的治療法です。
PCI適応の判断基準。
冠動脈バイパス術(CABG)は、複雑病変や多枝病変、糖尿病合併例で長期予後の観点から有利とされます。特に左主幹部病変や近位LAD病変では、CABGが第一選択となることが多いです。
症例提示:77歳女性の肺血栓塞栓症例では、心電図で右側胸部誘導のST低下を認め、緊急の血栓摘除術が施行されました。この症例は、ST低下が必ずしも冠動脈疾患のみによるものではないことを示しており、包括的な評価の重要性を物語っています。
手術リスクの評価には、EuroSCOREやSTS scoreなどのリスクスコアリングシステムが有用です。患者の年齢、併存疾患、左室機能などを総合的に評価し、最適な治療戦略を選択します。
ST低下を認める患者の予後評価には、従来の心電図所見に加えて、新規バイオマーカーの活用が注目されています。特にsoluble ST2(sST2)は、心不全患者の予後予測において有用性が示されています。
予後評価指標。
sST2は心筋障害や機械的ストレスにより放出され、IL-33との結合を競合的に阻害することで心筋線維化や心室リモデリングに関与します。従来のナトリウム利尿ペプチドと比較して、年齢、性別、腎機能の影響を受けにくく、個体内変動も小さいという特徴があります。
長期管理戦略では、以下の点が重要です。
心臓リハビリテーションプログラムの参加により、運動耐容能の改善と再入院率の低下が期待できます。HF-ACTION studyでは、心不全患者における運動療法の長期効果が実証されています。
ST低下の改善度は治療効果の指標となり、定期的な評価により治療方針の調整を行います。完全な正常化が困難な場合でも、症状の改善と生活の質の向上を目標とした治療継続が重要です。
参考リンク:日本心電学会のST変化に関するガイドライン
ST下降と陰性T波による心機能評価の詳細解説
参考リンク:虚血性心疾患診療ガイドライン
虚血性心疾患の心電図変化とその臨床的意義