鎮痛薬を増量しているのに、患者の痛みがかえって強くなっているとしたら、その薬自体が痛みを作り出している可能性があります。

末梢性感作(peripheral sensitization)とは、侵害受容器(nociceptor)の感受性が高まり、痛みを感じる閾値が正常より低下した状態です。 組織損傷や炎症が起きると、局所からプロスタグランジン・ブラジキニン・サブスタンスPなどの炎症性メディエーターが放出されます。 dnmjapan(https://dnmjapan.jp/central-peripheral-sensitization/)
これらの化学物質が侵害受容器を直接刺激し、さらに受容器の感度そのものを上昇させます。結果として、本来なら痛みを生じないはずの軽い圧迫や温度変化でも強い疼痛が引き起こされます。これが末梢性感作の基本です。
末梢性感作の特徴は、痛みの部位が組織損傷の場所とほぼ一致する点です。 例えば、手術直後の創部周囲に限局した痛覚過敏は、典型的な末梢性感作によるものです。 dnmjapan(https://dnmjapan.jp/central-peripheral-sensitization/)
炎症が落ち着けば、末梢性感作も回復する可能性が高い点は、中枢性感作と異なる大きな特徴です。治療上、炎症制御が最優先になる理由はここにあります。
| 比較項目 | 末梢性感作 | 中枢性感作 |
|---|---|---|
| 発生部位 | 侵害受容器(末梢神経終末) | 脊髄後角・脳 |
| 主な原因 | 炎症・組織損傷 | 神経回路の可塑性変化 |
| 痛みの範囲 | 損傷部位と一致しやすい | 広範囲に拡大しやすい |
| 回復性 | 炎症改善とともに回復しやすい | 難治化しやすい |
中枢性感作(central sensitization)は、脊髄後角や脳の神経回路が慢性的な痛み刺激によって再構成され、痛みに対する感度が全体的に上がってしまう現象です。 末梢からの侵害刺激が繰り返し加わると、脊髄後角ニューロンの興奮性が増幅していきます。 dnmjapan(https://dnmjapan.jp/central-peripheral-sensitization/)
この増幅の中心にいるのがNMDA受容体(N-メチル-D-アスパラギン酸型グルタミン酸受容体)です。 通常、NMDA受容体はMg²⁺(マグネシウムイオン)によってブロックされた状態にあります。しかし高頻度の刺激入力が続くと細胞内Ca²⁺濃度が上昇し、このMg²⁺ブロックが外れてNMDA受容体が開通します。 sakaimed.co(https://www.sakaimed.co.jp/knowledge/pain-meniscus-and-coping-method/pain4/)
これはウィンドアップ(wind-up)現象と呼ばれ、C線維への繰り返し刺激によって脊髄後角ニューロンの反応が次第に増大していく状態です。 術後痛の難治化や、慢性疼痛への移行にも深く関与します。 ompu.ac(https://www.ompu.ac.jp/education/g_med/doctor/degree/results/result/H16/o988.pdf)
中枢性感作が確立すると、痛みの範囲が損傷部位を超えて広がるのが特徴です。 これがアロディニア(本来痛みを起こさない刺激で痛みを感じる状態)や二次性痛覚過敏の原因となります。 dnmjapan(https://dnmjapan.jp/central-peripheral-sensitization/)
参考:中枢性感作と末梢性感作の違いについての詳細な解説
中枢性感作と末梢性感作の違い|慢性疼痛の神経科学 – DNM JAPAN
モルヒネや塩酸オキシコドンなどのオピオイド系鎮痛薬を長期使用すると、逆説的に痛みが増強するオピオイド誘発性痛覚過敏(opioid-induced hyperalgesia:OIH)が生じることがあります。 「鎮痛薬を増やしているのに痛みが増している」という状況は、OIHを疑うべきサインです。 nihon-anesthesiology(http://nihon-anesthesiology.jp/news/post-1297.html)
OIHの発生機序は、主に以下の2つとされています。 sapporoconference(https://www.sapporoconference.com/general_info/popup37-ja.html)
>NMDA受容体の活性化による脊髄レベルでの中枢感作
>ダイノルフィンのκオピオイド受容体への作用増強による痛みの増幅
重要なのは、OIHはオピオイドの用量に関わらず起こり得る点です。 FDAの有害事象報告システムに登録されたケースでは、短期使用(8例)・長期使用(38例)合わせて46例の痛覚過敏・アロディニア報告が確認されています。 nihs.go(http://www.nihs.go.jp/dig/sireport/weekly21/14230706.pdf)
耐性(tolerance)との区別も重要です。耐性は鎮痛効果の低下であり、増量で対応できることがあります。一方OIHでは、増量するほど痛みが増悪するという逆転現象が起きます。 対応が逆になるため、臨床的な鑑別が不可欠です。 nihon-anesthesiology(http://nihon-anesthesiology.jp/news/post-1297.html)
OIHが疑われる場合には、オピオイドの減量・スイッチングが基本的なアプローチとなります。 また、NMDA受容体拮抗薬であるケタミンとの併用も検討されています。 sapporoconference(https://www.sapporoconference.com/general_info/popup37-ja.html)
参考:オピオイド誘発性痛覚過敏のメカニズムと臨床的対応
オピオイド誘発性痛覚過敏(OIH)|第5回がん緩和ケアに関する国際会議
参考:レミフェンタニル誘発性術後痛覚過敏の予防戦略について
つまり術中に使った薬が、術後の痛み管理を難しくする構造になっています。
>ケタミン(NMDA受容体拮抗薬)との術中併用
>マグネシウム製剤の静脈内投与(Mg²⁺によるNMDA受容体ブロック)
>デキスメデトミジン(α2作動薬)との組み合わせ
>レミフェンタニルの漸減中止による急激な消失の回避
術後に「想定より痛みが強い」「オピオイドを増量しているのに効かない」と感じた場合、術中レミフェンタニルの使用量と投与パターンを振り返ることが有用です。これが術後痛覚過敏の鑑別の起点です。
参考:レミフェンタニルによる術後痛覚過敏と対策(東京医療センター)
レミフェンタニルによる術後痛覚過敏とその対策(PDF)|東京医療センター
痛覚過敏の原因として、ニューロン以外の細胞が重要な役割を担っていることが近年明らかになっています。注目されているのが脊髄ミクログリアです。 ミクログリアは脳・脊髄に存在する免疫細胞の一種で、通常は神経系の監視役を担っています。 amed.go(https://www.amed.go.jp/news/release_20160601.html)
九州大学の研究グループは、モルヒネの連日投与がμオピオイド受容体を介して脊髄ミクログリアのBKチャネルα/β3サブタイプを活性化することを発見しました。 このBKチャネルが活性化されると、脊髄ミクログリアからBDNF(脳由来神経栄養因子)が分泌されます。 amed.go(https://www.amed.go.jp/news/release_20160601.html)
BDNFが放出されると、脊髄後角の神経回路の興奮性が上がります。これが痛覚過敏を引き起こすという一連のメカニズムです。 amed.go(https://www.amed.go.jp/news/release_20160601.html)
この発見が重要な理由は、従来の「ニューロン中心」の痛覚研究の枠を超え、ミクログリアという免疫細胞が痛みの増幅に直接関与することを示したからです。 末梢神経損傷とは異なる分子メカニズムでミクログリアが活性化されることも確認されており、より選択的な治療介入の可能性が開けました。 kyushu-u.ac(https://www.kyushu-u.ac.jp/f/28081/16_06_01_3.pdf)
臨床的には、この知見は「オピオイド長期使用患者の難治性疼痛にミクログリア関与がある」という視点を与えてくれます。脊髄ミクログリアを標的とした新薬開発も進んでいます。これは今後の疼痛管理の大きな転換点です。
参考:脊髄ミクログリアのBKチャネルとモルヒネ誘発性痛覚過敏の原因分子同定(AMED)
脊髄ミクログリアに発現するモルヒネ誘発性痛覚過敏の原因分子を同定|AMED(日本医療研究開発機構)