薬物代謝と個別化医療への影響と意義

薬物代謝は人体にとって重要な生理機能であり、薬の効果や副作用に大きく影響します。チトクロムP450を中心とした代謝酵素の働きから、遺伝的要因による個人差まで、薬物代謝のメカニズムを理解することは安全で効果的な薬物治療に欠かせません。薬物代謝の理解があなたの健康にどう役立つのでしょうか?

薬物代謝と個別化医療

薬物代謝の基本概要
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第一相反応

チトクロムP450による酸化反応で薬物を水溶性化

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第二相反応

抱合反応により薬物をより排泄しやすい形に変換

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個体差

遺伝的多型により代謝能力に大きな個人差が存在

薬物代謝における第一相反応とチトクロムP450の役割

薬物代謝の第一相反応は、主にチトクロムP450(CYP)によって担われており、この酵素群は薬物の酸化反応を通じて薬物を水溶性の高い形に変換します 。チトクロムP450は分子量約45,000から60,000の酸化酵素で、細菌から植物、哺乳動物に至るまでのほとんどすべての生物に存在しています 。この酵素は1962年に大阪大学で発見され、還元状態で一酸化炭素と結合して450nmに吸収極大を示すことからその名が付けられました 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/134/3/134_3_146/_pdf

 

第一相反応では、CYPによる酸化反応、還元反応、加水分解反応などが行われ、薬物に極性の高い官能基を導入することで極性(水溶性)を高めます 。この反応により、代謝物の分子量はもとの薬物からさほど変化しないことが多いですが、体外への排泄がしやすくなります 。CYP酵素は生物種ごとに数十種あり、それぞれ基質特異性が異なるため、薬物によって関与するCYP分子種が決まっています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/manms/9/1/9_25/_pdf

 

現在臨床で使用されている医薬品の50%以上の代謝に関与するCYP3A4は、肝臓に最も多く存在していますが、小腸にも豊富に発現しており、経口投与した薬物の初回通過における代謝に重要な役割を果たしています 。
参考)https://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/byoyaku/Research/Transporter.html

 

薬物代謝における第二相反応と抱合機序

第二相反応は抱合反応とも呼ばれ、一般に第一相反応で生じた官能基に内因性物質を抱合する反応です 。この反応では、硫酸、酢酸、グルタチオン、グルクロン酸など内因性物質を付加し、分子量は大きくなります 。抱合反応により産生される代謝物はより極性が大きくなり、腎(尿)や肝(胆汁)により速やかに排泄されます 。
参考)https://www.pharm.or.jp/words/word00382.html

 

第二相反応に関与する酵素には、UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)、硫酸転移酵素(SULT)、グルタチオン-S-転移酵素(GST)、N-アセチル転移酵素(NAT)などがあります 。これらの酵素は主に肝臓の細胞質画分に存在し、第一相反応で生成された代謝物をさらに水溶性の高い化合物に変換することで、最終的な解毒・排泄を促進します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/39/6/39_6_368/_pdf

 

多くの薬物は排泄される際に第一相反応と第二相反応の両方を受けますが、どちらか片方の反応のみで排泄される場合や、全く代謝を受けずに排泄される場合もあります 。この代謝パターンの違いは、薬物の化学構造や個体の代謝能力によって決まります 。
参考)https://www.byomie.com/wp-content/digitalBook/kusurimie4/pageindices/index9.html

 

薬物代謝酵素の遺伝的多型による個体差

薬物代謝酵素の遺伝的多型は、薬物代謝能の個人差を生み出す主要な要因となっています 。遺伝的多型により各種薬物の代謝速度に個人差が現れることが解明されており、これは薬物療法において重要な意味を持ちます 。代謝能力の違いは、正常な代謝活性をもつヒトを extensive metabolizer(EM)、代謝活性が低下または失活しているヒトを poor metabolizer(PM)として分類されます 。
参考)https://genequest.jp/glossary/cyp

 

CYP遺伝子の多型により、酵素活性が低いあるいは失活している場合は、薬を服用したときに薬物の血中濃度が必要以上に高くなり、本来の投与量を守ったとしても副作用が強く出る可能性があります 。一方で、酵素活性が高い場合は薬が治療効果を発揮する前に分解・排出されてしまい、薬の効き目が悪くなる可能性があります 。
遺伝子変異の種類には、DNA塩基の欠損、置換や挿入によってアミノ酸に変化が生じ、酵素が不安定になったり基質特異性が変化したりするもの、タンパク質の合成が途中で止まる場合、当該酵素の遺伝子全体を欠損する場合などがあります 。これらの遺伝的要因による代謝能の変動は、個別化医療(personalized medicine)の実現において重要な情報となります 。

薬物代謝と薬物相互作用の発現機序

薬物相互作用は薬物代謝酵素の「阻害」と「誘導(発現量増加)」が主な原因となって発現します 。代謝酵素の阻害が起こる原因は大きく3つに分けられ、競合阻害、不可逆的阻害、非特異的阻害があります 。競合阻害や不可逆的阻害はCYP以外の薬物代謝酵素でも認められますが、非特異的阻害はCYPに特徴的な阻害様式です 。
薬物相互作用により重篤な副作用が現れたり治療効果が減弱したりする場合があることから、新薬の開発においては生じる可能性のある薬物相互作用の性質と程度を十分に検討することが求められています 。薬物相互作用は薬物動態学的相互作用と薬力学的相互作用に大別され、前者は薬物の吸収、分布、代謝又は排泄における相互作用の結果、薬物又は代謝物の血中濃度又は組織分布が変化することにより引き起こされます 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3525amp;dataType=1

 

代謝段階での相互作用では、肝臓で薬物を代謝するCYPの働きが阻害または誘導されると、薬物の血中濃度に影響が発生し、CYP3A4、CYP2C9、CYP2D6などが主要な分子種として知られています 。例えば、抗てんかん薬のようなCYP誘導薬と併用するとステロイド薬の治療効果は低下し、逆にエリスロマイシンシクロスポリンのようなCYP阻害薬と併用するとステロイド薬の作用が増強されます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/112/1/112_1_1/_pdf/-char/ja

 

薬物代謝を活用したパーソナライズド医療の実現

パーソナライズド医療は、遺伝子情報を活用して個々の患者に最適な治療を行う新たな医療アプローチです 。薬物代謝酵素の遺伝的多型を理解することで、患者ごとに適切な薬剤選択や投与量の調整が可能になり、治療効果の最大化と副作用の最小化を図ることができます 。
参考)https://www.hiro-clinic.or.jp/gene/genetic-testing-drug-response/

 

精神疾患の治療において、抗うつ薬の効果や副作用はCYP2D6やHTR2Aの遺伝子多型によって異なることが知られており、遺伝子検査により患者ごとに適切な治療薬を選ぶことで治療効果を高めると同時に副作用を最小限に抑えることが可能です 。また、がん治療では患者の遺伝子プロファイルを調べることで、治療効果を最大化し副作用を抑える個別化医療が進められています 。
参考)https://www.hiro-clinic.or.jp/gene/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%96%AC%E7%89%A9%E5%8F%8D%E5%BF%9C%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%A8%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%89/

 

近年の研究では、薬物代謝酵素活性の個人間変動は遺伝子多型だけでは説明できないことも明らかになっており、年齢、栄養状態、疾病、人種などの内的要因や、喫煙、併用薬、飲酒、食事、環境因子などの外的要因も大きく影響することが分かっています 。このような複合的な要因を考慮した包括的なアプローチが、より精度の高いパーソナライズド医療の実現に必要とされています 。
参考)https://www.pharm.kumamoto-u.ac.jp/monogatari/research/research22.html