グリオブラストーマ(Glioblastoma multiforme:GBM)は成人において最も多くかつ最も悪性度の高い原発性脳腫瘍であり、WHO分類ではgrade IVに分類される。その生存期間中央値は標準治療を受けた患者においても約12.6ヶ月から20.0ヶ月と予後が極めて不良で、5年生存率は10%を下回る。
GBM医療の現状において重要な点は、この腫瘍が急速に浸潤性に増大する特徴を持つことです。腫瘍細胞は脳組織内に小さな触手のように広がり、これがGBMを完全に切除することを困難にしています。このような生物学的特性により、手術単独では治癒は期待できず、複数の治療手段を組み合わせた集学的アプローチが必要となります。
現在の標準治療は、可及的摘出術(maximal safe resection)に続いて行われる同時放射線化学療法(テモゾロミド併用)から成り立っています。この治療プロトコルは2005年のStupp protocolの確立以来、GBMの基本的治療戦略として世界中で採用されています。
医療従事者として理解すべき重要なポイントは、GBMの治療効果判定における課題です。画像上での腫瘍縮小と実際の生存期間延長は必ずしも相関しないことが報告されており、治療効果の評価には注意深い経過観察が必要です。
GBM診断における最近の重要な進歩として、分子遺伝学的マーカーの臨床応用が挙げられます。特にIDH1/2遺伝子変異、MGMT遺伝子プロモーター領域のメチル化状態、1p/19q共欠失などの分子マーカーは、治療選択や予後予測において重要な役割を果たしています。
IDH野生型GBMは予後が極めて不良であり、より積極的な治療が必要とされる一方、IDH変異型の場合は比較的良好な経過を示すことが知られています。このような分子生物学的特徴の理解は、個別化医療の実現に向けた基盤となっています。
アミノレブリン酸(5-ALA)を用いた蛍光誘導手術も診断と治療の両面で重要な技術です。5-ALAは腫瘍細胞に特異的に取り込まれ、励起光により赤色蛍光を発するため、手術中に腫瘍組織を視覚化することが可能となります。この技術により、機能温存を図りながらより完全な腫瘍摘出が実現できるようになりました。
画像診断においても、従来のMRIに加えて拡散テンソル画像(DTI)、perfusion imaging、MRスペクトロスコピーなどの先進的技術が導入されています。これらの技術により、腫瘍の浸潤範囲や代謝活性をより正確に評価することが可能となっています。
現在のGBM標準治療は、手術による可及的摘出に続く同時化学放射線療法(concurrent chemoradiotherapy)とその後の維持化学療法から構成されています。放射線治療は通常60Gyを30分割で実施し、同時にテモゾロミド75mg/m²/dayを連日投与します。
維持化学療法では、テモゾロミド150-200mg/m²を5日間投与し、28日を1サイクルとして最大12サイクル継続します。この治療プロトコルにより、手術+放射線治療のみの場合と比較して生存期間の有意な延長が確認されています。
近年、高齢者GBM患者に対する治療最適化も重要な課題となっています。JCOG1910試験では、高齢者に対する寡分割放射線治療(hypofractionated radiotherapy)の有効性が検討されており、従来の30分割から15分割への短縮により、患者の負担軽減と同等の治療効果の両立が期待されています。
カルムスチン脳内留置用剤(Gliadel wafer)も標準治療に追加される選択肢の一つです。JCOG1703試験により、初発GBMに対する有効性が検証されており、手術時に腫瘍摘出腔に留置することで局所的な化学療法効果が期待されます。
分子マーカーを考慮した治療選択も重要です。MGMT遺伝子プロモーターメチル化陽性の患者では、テモゾロミドの治療効果が高いことが知られており、これらの患者では標準的なテモゾロミド治療を継続することが推奨されます。
分子標的療法は、GBM治療において期待が寄せられている領域ですが、その臨床応用には多くの課題が存在します。現在保険適用されているベバシズマブ(アバスチン)は、血管内皮増殖因子(VEGF)を標的とする分子標的薬ですが、生存期間の延長効果は証明されていません。
EGFR(表皮増殖因子受容体)阻害剤やmTOR阻害剤などの分子標的薬も臨床試験で検討されていますが、単剤での有効性は限定的であることが明らかになっています。興味深いことに、これらの治療後にはPMLタンパクの発現が上昇し、薬剤抵抗性の獲得に関与していることが報告されています。
新たなアプローチとして、PMLタンパクを標的とした治療戦略が注目されています。亜ヒ酸(As2O3)によるPMLタンパク分解とmTOR阻害剤の併用療法では、相乗効果による腫瘍細胞死滅が動物モデルで確認されており、今後の臨床応用が期待されています。
非筋肉ミオシンIIAとIIBを標的とした新薬MT-125も有望な候補です。この薬剤はGBMの浸潤性増殖を抑制するだけでなく、PDGF受容体阻害剤との併用により相乗効果を示すことが報告されており、新たな治療戦略として期待されています。
腫瘍幹細胞を標的とした治療法も開発が進んでいます。GBMには腫瘍幹細胞様の性質を持つ細胞集団が存在し、これらが治療抵抗性や再発に関与していると考えられています。これらの細胞を特異的に標的とする治療法の開発が今後の重要な課題です。
腫瘍治療電場療法(TTフィールド、オプチューン)は、GBM治療における画期的な革新として注目されています。この治療法は、200kHzの交流電場を腫瘍部位に印加することで、細胞分裂時の紡錘体形成を阻害し、腫瘍細胞の増殖を抑制します。
重要なことは、TTフィールドが標準治療と併用することで生存期間の有意な延長を示した初の新規治療法であることです。EF-14試験では、標準治療単独群と比較して全生存期間の中央値が20.9ヶ月まで延長されました。日本では2019年に保険承認され、初発GBM患者に対して標準治療と併用して実施されています。
TTフィールド療法の実際の運用では、頭皮に電極アレイを貼付し、1日18時間以上の装着が推奨されています。副作用は主に皮膚反応に限定されており、従来の化学療法と比較して全身への影響は軽微です。
免疫療法の分野では、樹状細胞ワクチン療法やペプチドワクチン療法などが臨床試験で検討されています。GBMは免疫抑制的な腫瘍微小環境を形成することが知られており、免疫チェックポイント阻害剤の単独使用では限定的な効果しか得られていません。
CAR-T細胞療法もGBMに対して検討されている治療法の一つです。EGFR variant III(EGFRvIII)やIL13受容体α2(IL13Rα2)を標的とするCAR-T細胞の開発が進んでおり、初期臨床試験では一定の効果が報告されています。
ウイルス療法も注目される治療法です。腫瘍溶解性ウイルス(oncolytic virus)を用いた治療では、ウイルスが腫瘍細胞に特異的に感染・増殖し、腫瘍細胞を破壊するとともに抗腫瘍免疫を活性化する効果が期待されています。
GBM医療において、緩和ケアの概念は治療の早期段階から考慮すべき重要な要素です。従来、緩和医療は「最後の選択肢」として捉えられがちでしたが、現在では診断時から並行して実施することが国際的に推奨されています。
緩和ケアの早期導入により、患者とその家族の不安軽減、入院期間の短縮、さらには生存期間の延長も報告されています。これは単に症状緩和にとどまらず、患者の全人的ケアと生活の質(QOL)向上を目指すアプローチです。
脳神経外科専門医との連携体制も重要な要素です。GBM患者では痙攣などの神経学的合併症が頻繁に発生するため、自宅や療養施設で過ごす場合でも専門医との継続的な連携が必要です。適切な抗痙攣薬の調整や緊急時の対応体制を確立することで、患者とその家族の安心感を提供できます。
症状マネジメントにおいては、神経学的症状(頭痛、痙攣、認知機能障害)、機能的症状(運動麻痺、言語障害)、精神的症状(抑うつ、不安)の包括的な評価と対応が必要です。ステロイドの適切な使用により、脳浮腫に伴う症状の軽減が可能ですが、長期使用に伴う副作用にも注意が必要です。
在宅医療支援体制の整備も重要です。訪問診療、訪問看護、訪問薬剤師などの多職種連携により、患者が住み慣れた環境で最期まで過ごせるような体制構築が求められています。特に24時間対応可能な相談体制の確立は、患者家族の安心感向上に直結します。