トシリズマブを選んでいるスチル病患者の約7%が、重篤なinfusion reactionを起こすリスクを抱えています。
アナキンラ(anakinra)は、内因性のインターロイキン-1受容体拮抗物質(IL-1Ra)の組換えタンパク製剤です。IL-1αおよびIL-1βがIL-1 I型受容体(IL-1R1)に結合するのを競合的に阻害することで、下流の炎症シグナル伝達を遮断します。
つまり、IL-1という炎症の"火付け役"を受容体レベルでブロックする薬剤です。
スチル病(全身型若年性特発性関節炎:sJIA、および成人発症スチル病:AOSD)では、病態の中心にIL-1やIL-6といった炎症性サイトカインの過剰産生があることが知られており、アナキンラはこれを直接的に標的とする点で理にかなった治療選択肢です。商品名は「キネレット(KINERET)」で、製造販売元は Swedish Orphan Biovitrum AB(Sobi社)です。
欧米では関節リウマチ(RA)、クリオピリン関連周期性症候群(CAPS)、スチル病(sJIA・AOSD)などに幅広く承認されており、特にEUでは中等度から高度の疾患活動性を示すスチル病に対して標準的治療薬として位置づけられています。
一方、日本では同疾患においてアナキンラは全疾患で未承認の状態です。関節リウマチ治療薬としてさえ日本では承認されていない点は、欧米との大きな差異であり、医療従事者として把握しておく必要があります。
投与方法は1日1回の皮下注射(体重50kg以上で100mg/日、体重50kg未満では1〜2mg/kg/日)であり、自己注射が可能な点も実臨床での利便性に影響します。製剤の分子量は約17.3kDaと比較的小さく、半減期は4〜6時間程度と短いことから、日内の炎症制御に適した特性を持っています。
厚生労働省 未承認薬要望書(Ⅳ-80):アナキンラの成人スチル病における有効性・安全性データと投与量に関する詳細情報
アナキンラの日本承認に向けた最も重要なマイルストーンが、Sobi.ANAKIN-303と呼ばれる第III相試験です。これは「日本人のスチル病(SJIA及びAOSD)患者を対象としてanakinra皮下投与の有効性及び安全性を検討する無作為化、二重盲検、プラセボ対照、多施設共同試験」です。
目標症例数は決して多くありません。15例という数字です。
スチル病が希少疾患であることを踏まえ、sJIA 5例以上・AOSD 10例という構成で登録が計画されており、2024年5月には治験調整医師の聖マリアンナ医科大学 リウマチ・膠原病生涯治療センター 教授 森雅亮先生より、目標症例数の達成を報告する御礼文書が関係機関に送付されています。この達成は承認申請への重要な一歩といえます。
参加医療機関には聖マリアンナ医科大学病院、東京科学大学病院(旧東京医科歯科大学病院)、埼玉県立小児医療センターなど、リウマチ・小児リウマチの領域で高い専門性を持つ主要施設が含まれています。試験の構成は2週間の無作為化二重盲検プラセボ対照期間と52週間の非盲検継続投与期間(合計54週)から成ります。
治験には患者・家族会「あすなろ会」も協力しており、希少疾患における症例登録の難しさを多くの関係者が連携して乗り越えた試験です。この情報は、臨床現場でスチル病患者に説明する際の背景として有用です。
現在は目標症例数達成後のデータ収集・解析フェーズに入っており、近い将来の承認申請が期待されています。ただし、承認申請から承認取得まではさらに審査期間(通常品目では約1年程度)が見込まれるため、実際の処方可能時期については今後の動向を引き続き注視することが必要です。
jRCT(臨床研究等提出・公開システム):Sobi.ANAKIN-303試験の登録状況・試験概要の公開情報
現在の日本における成人スチル病・sJIAの治療フローは、概ね以下のとおりです。まず副腎皮質ステロイド薬による初期治療を行い、効果不十分な場合にトシリズマブ(TCZ)を追加、それでも不応な場合にカナキヌマブ(CAN)を選択するという流れが公知の治療として用いられています。
しかし、ここに重大な問題があります。TCZはアナフィラキシーショックを含むinfusion reactionのリスクを持ちます。
特に全身型若年性特発性関節炎症例へのTCZ投与時のinfusion reaction発現頻度は6.95%と、他疾患に対する投与時と比較して著しく高いことが知られています。これは約14人に1人が infusion reactionを経験する計算であり、使用を躊躇せざるを得ない症例が臨床現場に一定数存在します。
そのような症例ではCANが唯一の選択肢になりますが、CANへの有害事象や抗体産生による有効性の減弱が起きた場合、日本では代替となる抗IL-1製剤が存在しないため、治療が極めて困難な状況に陥ります。TCZ使用不能例やCAN不応例に対する空白を埋める薬剤として、アナキンラの承認は臨床上の重大なアンメット・メディカルニーズを解消することになります。
一方、欧州リウマチ学会やアメリカリウマチ学会のガイドラインでは、症状が強い場合にはアナキンラを最初から使うことを推奨しています。ACRの勧告では、重症度が高いsJIA症例(臨床評価スケール5点以上、罹患関節数5個以上)では初期治療としてアナキンラを選択し、TCZやCANはアナキンラ不応例に対する追加治療に位置づけられています。
つまり、欧米では「アナキンラ→TCZ/CAN」の順なのに対し、日本では選択肢がないために「TCZ→CAN→行き詰まり」という逆の流れになっているのが現状です。承認後は治療の優先順位そのものが変わる可能性があり、ガイドラインの改訂も必至です。
厚生労働省:アナキンラにかかる開発要請について(Swedish Orphan Biovitrum Japan株式会社への開発要請の経緯と対象疾患)
アナキンラが日本で開発要請を受けている対象疾患は、現時点で3つです。クリオピリン関連周期性症候群(CAPS)、成人スチル病(AOSD)、そして全身型若年性特発性関節炎(sJIA)です。
これらはいずれも希少疾患です。
日本での推定患者数を見ると、成人スチル病は約4,760名(人口10万人あたり3.9人)と報告されています(2011年厚生労働省研究班調査)。これは大規模スタジアムの収容人員(約5万人)の約1割に相当する非常に少ない人数です。sJIAについても同様に患者数が限られており、治験の症例登録が難航した背景はここにあります。
CAPSについては100万人に1人が発症するとされる超希少難病(ウルトラオーファン疾患)であり、患者数はさらに少なくなります。日本でCAPSに使用できる抗IL-1製剤はカナキヌマブ(イラリス)のみであり、アナキンラが承認されれば新たな治療選択肢が加わります。
希少疾病用医薬品の指定を受けることは、薬価設定の面でも重要な意味を持ちます。例えば、近年承認されたアルツハイマー治療薬「ケサンラ」が350mg20mL1瓶で約6万6,948円という高額な薬価で設定されたように、希少疾病用医薬品は開発コストの回収を考慮した薬価設定が行われる傾向があります。アナキンラについても、1日1回投与が必要な長期投与薬であることを踏まえた薬価設定の議論が必要になるでしょう。
患者数が少ない疾患ほど、一人の主治医が担う患者数の割合が大きくなります。そのため、医療従事者がアナキンラの承認状況・治験情報・投与方法について正確な知識を持つことが、患者への適切な説明と治療選択に直結します。
新薬・未承認薬等研究開発支援センター:アナキンラ(複数適応)の助成金交付状況と研究開発支援の最新情報
アナキンラの臨床価値を語る上で、スチル病やCAPSの枠組みだけでは語りきれない新たな展開があります。CAR-T細胞療法後の重篤な合併症管理における役割です。これは医療従事者にとって意外と知られていない応用分野です。
Nature Medicine誌(2023年7月)に掲載されたPhase 2試験の中間解析では、CD19 CAR-T細胞療法(アキシカブタゲン・シロルユーセルなど)を受けた再発・難治性大細胞型B細胞リンパ腫患者31名に対し、CAR-T注入後2〜10日目にアナキンラを予防的に皮下投与した結果が報告されました。
結果は注目に値するものでした。
いずれかのグレードのICANS(免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群)の発症率は19%にとどまり、重症グレード(グレード3以上)のICANSは9.7%でした。グレード4・5のICANSは認められませんでした。さらに重要なのは、アナキンラの予防投与がCAR-T細胞の抗腫瘍効果を減弱させなかった点であり、全奏効率77%・完全奏効率65%という良好な治療成績が維持されました。
日本でも2019年以降にCAR-T細胞療法が保険承認され、対象患者数は増加傾向にあります。現状ではCARー T後のCRS・ICANSに対する標準的治療はトシリズマブ(アクテムラ)が中心ですが、特にICANSにおけるIL-1経路の関与が前臨床モデルで示されていることから、アナキンラはICANS予防・管理のための新たな選択肢として学術的な関心を集めています。
今後アナキンラが日本で承認された場合、スチル病だけでなく、血液腫瘍科・移植認定医・CAR-T実施施設との連携においても参照される薬剤となる可能性があります。アナキンラを「自己炎症性疾患の薬」として捉えるだけでなく、炎症制御薬としての広い臨床的文脈で理解しておくことは、今後の診療において重要な視点といえます。
Nature Medicine(2023年7月):CD19 CAR-T細胞療法とアナキンラ予防的投与 第2相試験中間結果(ICANS・CRS抑制効果のエビデンス)