トシリズマブ(商品名:アクテムラ)は、IL-6受容体を標的とするヒト化モノクローナル抗体で、中外製薬と大阪大学の共同開発による日本発の生物学的製剤です。IL-6は炎症を促進するサイトカインであり、関節リウマチ(RA)の病態において重要な役割を果たしています。トシリズマブはIL-6が受容体に結合するのを阻害することで、炎症反応を抑制します。
現在の主な適応症は以下の通りです。
また、皮下注射製剤は以下の適応症も有しています。
他のTNF阻害薬(インフリキシマブ、エタネルセプトなど)とは作用機序が異なるため、TNF阻害薬で効果不十分であった患者にも効果が期待できる点が臨床的に重要です。
トシリズマブの臨床効果は、早ければ投与開始1ヶ月、平均して3ヶ月で発現します。TNF阻害薬と比較すると効果発現にやや時間を要する傾向がありますが、いったん効果が現れると安定した効果が得られることが特徴です。
関節リウマチに対する臨床試験では、トシリズマブのプラセボに対する優位性が示されています。例えば、CRP値の変化量においてプラセボ群が-0.84±1.14であったのに対し、トシリズマブ群では-2.14±1.71と有意な改善が認められました(P=0.0108)。
投与方法は以下の2種類から選択可能です。
点滴静注製剤。
皮下注射製剤。
リウマチ性多発筋痛症(PMR)に対する試験では、12週目および24週目のステロイドフリー寛解、初回再発までの期間などの指標でトシリズマブ群が有意に優れていました。また、24週時点での寛解維持割合もトシリズマブ群で53.1-56.0%と、プラセボ群の14.0%に比べ高い結果が示されています。
メトトレキサート(MTX)との併用については、REACTION試験の結果から、40%の患者が6カ月後に寛解導入可能であったことが報告されています。特にMTXとの併用で効果が高まることが示されており、TNF阻害薬の前治療の有無は効果に影響しないとされています。
トシリズマブの全例調査(3,987例)における副作用発現率は37.9%で、重篤な副作用の発現率は8.0%と報告されています。これはTNF阻害薬と比較してやや高い数値ですが、対象患者の重症度や併存疾患を考慮すると同等の安全性と考えられています。
主な副作用は以下の通りです。
最も注意すべき重大な副作用。
その他の副作用。
リウマチ性多発筋痛症に対する試験では、100人年当たりの有害事象発現率はトシリズマブ群で490.6(95%CI: 468.9-523.2)、プラセボ群で555.0(95%CI: 531.9-579.0)でした。最も頻度の高い有害事象は感染症で、トシリズマブ群63%、プラセボ群35%に発現しましたが、いずれも重篤なものではありませんでした。
特に注意すべき点として、トシリズマブはCRPなどの炎症マーカーや発熱などの症状を著明に抑制するため、感染症の悪化を見過ごす可能性があります。このため、軽微な症状でも早期に医療機関を受診するよう患者指導が重要です。
トシリズマブ使用時の最も重要な安全性の懸念は感染症リスクです。製造販売後全例調査の最終解析結果から、重篤感染症の危険因子として以下が特定されています。
特にトシリズマブの特徴的な問題点として、IL-6阻害作用により感染時の炎症反応(発熱、CRP上昇など)がマスクされる「感染症マスク効果」が挙げられます。通常、感染症ではCRPが上昇しますが、トシリズマブ投与中はCRPが陰性となるため、感染症の評価が困難になります。
以下に感染症リスク対策を示します。
投与前のスクリーニング。
投与中のモニタリング。
コントロール不良時の対応。
特に呼吸器感染症はその頻度と生命予後への影響から重要であり、特別な注意が必要です。また、消化管穿孔のリスクも報告されているため、憩室炎の既往・合併例には慎重な投与が必要です。
トシリズマブは他のTNF阻害薬と異なり、メトトレキサート(MTX)との併用が必須ではありません。このため、MTX不耐性や禁忌の患者でも使用可能であることが臨床的メリットのひとつです。
しかし、MTXとの併用はより高い臨床効果を得るために推奨されています。REACTION試験の結果では、トシリズマブとMTXの併用で効果が高まることが示されており、6ヶ月後に40%の患者で寛解導入が達成されました。
以下にトシリズマブとMTXの併用に関する最適戦略を示します。
併用の利点。
併用のアプローチ。
長期維持療法での考慮点。
興味深い点として、TNF阻害薬の効果不十分例に対するトシリズマブとリツキシマブの比較試験では、有害事象の発現率はリツキシマブ群70%、トシリズマブ群80%であり、重篤な有害事象の発現率はそれぞれ7%と記録されています。このことから、TNF阻害薬効果不十分例に対する次の選択肢として、トシリズマブは有力な候補と考えられます。
また、トシリズマブはCYP450酵素の生合成に影響を与える可能性があり、シンバスタチンなど一部の薬剤の血中濃度を変動させることが報告されています。このため、併用薬の効果や副作用にも注意が必要です。
トシリズマブを安全かつ効果的に使用するためには、以下の実臨床ポイントと患者教育が重要です。
投与前の評価と説明。
投与中のモニタリング項目。
患者への重要な指導内容。
医療従事者向け注意点。
特に重要なのは、感染症マスク効果についての理解です。トシリズマブ投与中の患者は、感染症に罹患していても典型的な症状(発熱、CRP上昇)が出現しにくいため、軽微な症状でも注意が必要です。
また、妊産婦・授乳婦に対する安全性は確立されていません。動物実験では大量投与で胎児死亡の増加が報告されており、妊娠可能な女性への投与は特に慎重に検討する必要があります。
トシリズマブの費用面については、1回の投与で3割負担の患者の場合、おおよそ2万円〜4万円(月額)と考えられます。これはエタネルセプトとほぼ同等の費用負担です。
関節リウマチに対するIL-6阻害薬使用の手引き
長期使用における注意点として、発売から日が浅いため、長期的な安全性データは限られています。TNFαやIL-6は健康な人にも存在し重要な役割を担っているため、これらを長期的に抑制することで将来的にどのような影響が生じるかは引き続き注視が必要です。
以上のポイントを踏まえ、トシリズマブの特性を理解し、適切な患者選択と安全なモニタリングを行うことが、最大限の治療効果を得るために不可欠です。