熱せん妄は、高熱により大脳の温度が上昇し、脳から「暑い!どうにかして!!」というSOSが出された結果として発症します。この際、脳細胞からノルアドレナリンやドーパミンなどの化学物質が大量に放出され、複雑な神経症状を引き起こします。
熱せん妄の特徴的な病態は、頭は睡眠中に夢を見ている状態なのにも関わらず、筋肉の力は抜けずに身体は目覚めているような状態になることです。そのため夢を見ていることを現実と勘違いしたり、幻覚から逃げようとして身体が動いてしまったりします。
具体的な症状として以下のようなものが観察されます。
発症頻度については、1歳から4歳に最も多く発症し、28%の小児が過去に熱せん妄と思われる症状を経験したという報告があります。また、熱性けいれんの既往を持つ小児や家族歴を持つ小児に高率に認められる傾向があります。
熱せん妄と脳症の症状は非常に類似しており、初期の段階では明確な区別が困難とされています。しかし、いくつかの重要な鑑別点が存在します。
症状持続時間による鑑別
熱せん妄の症状は一般的に数分から数十分程度で改善することが多く、逆に脳症では12時間から24時間以上意識障害が続きます。この持続時間の違いは最も重要な鑑別点の一つです。
脳波所見の違い
脳波検査において、脳症では背景活動が著明な徐波化を示すことが特徴的です。一方、熱せん妄では脳波異常は認められないか軽微です。中枢神経感染症によるせん妄を鑑別するために脳波検査は有用な検査と考えられています。
意識レベルの変化パターン
脳症の場合は。
熱せん妄の場合は。
熱せん妄の診断は、DSM-IVやICD-10を参考として、明らかな錯覚、幻覚または妄想を主徴とする状態として定義されています。
診断に必要な条件として以下が挙げられます。
要注意の診断所見
以下の所見が認められた場合、脳症の可能性を考慮し緊急対応が必要です。
また、1時間たっても様子が改善しない場合や要注意の症状があった場合は受診が必要とされています。
従来の文献では十分に言及されていない熱せん妄の予後予測因子について、新たな視点から考察します。
体質的要因の関与
熱せん妄は発熱しても全く出現しない小児もいれば、繰り返し表れる小児もいるという個体差が存在します。この差には以下の要因が関与していると考えられます:
薬剤投与による影響
diclofenac sodiumなどの解熱剤投与が、せん妄出現に影響を与える可能性が指摘されています。特に:
環境因子の評価
熱せん妄の予後に影響する環境因子として。
これらの因子を総合的に評価することで、より精密な予後予測と個別化された対応が可能になると考えられます。
熱せん妄と脳症では根本的に治療アプローチが異なるため、正確な鑑別診断に基づいた適切な治療方針の選択が重要です。
熱せん妄の治療方針
熱せん妄は基本的に一過性良性の病態であり、特別な治療を要しません。管理の要点は:
脳症の治療方針
脳症は重篤な疾患であり、積極的な治療介入が必要です。
初期治療として。
インフルエンザ脳症に対するステロイドパルス治療については、日本における大規模データベース研究で692人の症例を対象とした検討が行われ、早期ステロイドパルス治療群と非治療群で神経予後や死亡に統計学的有意差を認めなかったという結果が報告されています。
鑑別困難例への対応
症状の初期段階で鑑別が困難な場合の対応指針。
予後と長期フォローアップ
熱せん妄は後遺症を残すことはありませんが、脳症では。
また、熱性けいれんの既往を持つ小児では、認知機能障害のリスクについても長期的な観察が重要とされています。
日本小児神経学会から発行されている「小児急性脳症診療ガイドライン2023」では、急性脳症の早期診断と熱せん妄との鑑別について詳細なガイドラインが示されており、臨床現場での標準的な診断・治療指針として活用されています。
小児急性脳症の詳細な診断基準と治療アルゴリズムについて
医療従事者として、熱せん妄と脳症の鑑別は時として困難を伴いますが、症状の持続時間、脳波所見、神経学的評価を総合的に判断し、「疑わしい場合は脳症として対応する」という原則に基づいた慎重な診療が求められます。早期の適切な判断が患者の予後を大きく左右するため、継続的な学習と臨床経験の蓄積が不可欠です。