急性脳症の症状と早期診断の重要性から予後まで

急性脳症は意識障害やけいれんを主症状とする重篤な疾患です。早期発見と適切な対応が後遺症を軽減する鍵となります。医療従事者が知るべき初期症状や検査法、治療方針とは?

急性脳症の症状

急性脳症の主な症状
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意識障害

JCS 20以上あるいはGCS 10~11以下を呈し、遷延・持続する意識レベルの低下

けいれん発作

5分以上持続するけいれん、24時間以内に反復する発作、焦点性発作の要素を含む

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随伴症状

発熱、嘔吐、頭痛、異常言動・行動などの神経症状

急性脳症の初期症状の特徴

 

急性脳症は急激に発症する疾患であるため、明確な初期症状はありませんが、意識障害とけいれんが最もよく現れる症状です。特に感染症に伴って発熱が先行し、その後に意識障害やけいれんなどの中枢神経症状が出現することが多い特徴があります。発熱や咳、鼻汁、咽頭痛などの風邪症状の後に、意識障害、けいれん、急性の認知機能障害や性格変化、精神症状が現れます。
参考)急性脳症

インフルエンザウイルスやヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)に感染している小児で意識障害やけいれんなどの症状がみられた場合、急性脳症の可能性があるため、すぐに病院を受診する必要があります。特にけいれんが5分以上継続する場合、けいれんが止まった後も意識がなくずっとぐったりしている場合、けいれんが起きなくてもいつもと違った意味不明な言動をしたりずっとぐったりしている場合は、緊急性が高い状況です。
参考)急性脳症には初期症状はありますか? |急性脳症

熱が出てから急激に病状が進行するものと、発熱や痙攣を起こしてから数日して病状が進行・悪化するものがあり、病型によって経過が異なります。​

急性脳症における意識障害の程度と評価

急性脳症の診断において、意識障害は最も重要な症候の一つであり、その程度と持続時間が診断の鍵となります。診断基準では、初診時にJCS 20以上あるいはGCS 10~11以下を呈する症例が対象となります。意識障害は症候の中心であり、ある程度以上の重症度(昏迷ないし昏睡)と持続時間(通常24時間以上)を有することが特徴です。
参考)https://www.childneuro.jp/uploads/files/about/AE2016GL/05ae2023_3general.pdf

意識障害の評価には、Japan Coma Scale(JCS)またはGlasgow Coma Scale(GCS)が用いられ、経時的な観察によって病状の進行や改善を判断します。特に単純型熱性けいれんでも意識障害が概ね1時間以上遷延する場合は、急性脳症を疑う必要があります。意識障害が遷延・持続し、さらに悪化する場合には、より重篤な病態を示唆します。
参考)https://www.childneuro.jp/uploads/files/about/AE2016GL/5ae2016_2diagnosis.pdf

意識障害に加えて、幻覚や幻聴などの「せん妄症状」が認められる場合もあり、これらは脳機能の異常を示す重要な指標となります。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E6%80%A5%E6%80%A7%E8%84%B3%E7%97%87

急性脳症のけいれん発作の特徴と注意点

急性脳症におけるけいれん発作は、約80%の症例で認められ、最も頻度の高い神経症状の一つです。けいれん発作の特徴として、複雑型熱性けいれんの要素を有することが挙げられます。具体的には、焦点性発作(部分発作)の要素、15分以上持続する発作、24時間以内に複数回反復する発作のいずれか1つ以上を持つものが該当します。
参考)うみねこ通信 平成26年2月 −青森労災病院−

治療抵抗性のけいれん、すなわちけいれん重積状態は、急性脳症の重篤性を示す重要な指標です。けいれんが5分以上継続する場合や、けいれんが止まった後も意識が戻らずぐったりしている状態が続く場合は、特に注意が必要です。このような状況では、早急に三次救急施設への搬送を検討する必要があります。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2amp;pk=346

二相性のけいれんを呈する病型も存在し、典型例では初めに発熱とともに長いけいれんが生じた後、意識が低下します。2日目には意識はいったん改善傾向となりますが、発病後4~6日に2回目のけいれんが生じることがあり、これはけいれん重積型(二相性)急性脳症の特徴的な経過です。
参考)痙攣重積型(二相性)急性脳症(指定難病129) href="https://www.nanbyou.or.jp/entry/4513" target="_blank">https://www.nanbyou.or.jp/entry/4513amp;#8211…

急性脳症に伴う頭蓋内圧亢進症状

急性脳症では脳の急激な浮腫(むくみ)によって頭蓋内圧が上昇し、様々な症状が出現します。頭蓋内圧亢進症状として、頭痛、嘔吐、乳頭浮腫などが認められます。乳頭浮腫とは、眼底にある「視神経乳頭」という部分がむくみ、視界のぼやけなどが生じる状態です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1j22.pdf

1歳半未満の乳幼児では、大泉門の膨隆が観察されることがあり、これは頭蓋内圧上昇の重要な身体所見となります。頭蓋骨の中の圧力が高まることにより、吐き気や嘔吐が出現し、さらに病状が進行すると生命維持に関わる重篤な状態に至ることがあります。
参考)急性脳症ではどのような症状がありますか? |急性脳症

中枢神経の中でも生命維持を担う「脳幹」と呼ばれる部分が圧迫されることにより、呼吸困難や血圧・脈拍の変化、眼球運動の障害がみられることもあります。特に失調性呼吸やクスマウル大呼吸などの異常呼吸パターンが出現した場合は、脳幹障害の進行を示唆する重篤な徴候です。
参考)急性脳症とは|(疾患・用語編) 急性脳症|神経内科の主な病気…

急性脳症の異常言動・行動と全身症状

急性脳症では、意識障害やけいれん以外にも、異常言動や異常行動が重要な症状として認められます。これらは意味不明のことをしゃべったり、妙に怖がったり、突然走り出したりするなど、通常とは明らかに異なる行動パターンとして出現します。異常言動・行動は、脳機能の障害を示す初期徴候として、医療従事者が注意深く観察すべき症状です。
参考)http://senoopc.jp/disease/encepha.html

全身症状としては、発熱が最も頻繁に認められ、急性壊死性脳症では79%の症例で高熱が報告されています。また、嘔吐も頻度の高い症状であり、頭蓋内圧亢進や消化器症状として出現します。重症例では、自発呼吸が困難になったり、心臓の機能が低下し血圧が下がったり、腎臓の機能が低下して水分や老廃物を排出できず体に蓄積していくなど、多くの臓器に障害を来すことがあります。
参考)厚生労働科学研究|小児急性脳症研究班|脳症症候群 (サブタイ…

血液を固まらせる凝固系が異常になる播種性血管内凝固症候群(DIC)を合併することもあり、最も重篤な場合は生命の維持が困難になります。急性脳症の全身管理に関する詳細は厚生労働省のガイドラインで解説されています

急性脳症の原因とウイルス感染

急性脳症の多くは、感染症をきっかけとして発症します。原因となる病原体としては、インフルエンザウイルス、ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)、ロタウイルス、RSウイルス、アデノウイルスなどのウイルスが挙げられます。特にインフルエンザウイルスとHHV-6が代表的で、ある調査ではそれぞれ急性脳症の原因の27%と17%を占めるとされています。
参考)急性脳症の原因は何がありますか? |急性脳症

ウイルスが脳に直接侵入するのではなく、身体が脳以外の場所で起こったウイルス感染に対して反応を起こし、それが間接的に脳を障害して急激なむくみが生じ、症状があらわれます。通常は感染症、特にインフルエンザや突発性発疹、夏かぜ、胃腸炎などのウイルス感染が原因になることが多く、主に乳幼児や小児に発症します。​
ウイルス以外にも、腸管出血性大腸菌やサルモネラ、マイコプラズマなどの感染をきっかけとして急性脳症を発症する場合もあります。急性脳炎の原因ウイルスに関する詳細は日本医師会の資料で確認できます

急性脳症の病型分類と臨床的特徴

急性脳症は単一の疾患名ではなく、急性発症の中枢神経症状、特に意識障害を呈する症候群の総称であり、臨床病理学的特徴にもとづく症候群別分類が行われています。主な病型として、急性壊死性脳症(ANE)、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)、可逆性脳梁膨大部病変を伴う軽症脳炎・脳症(MERS)、出血性ショック脳症症候群(HSES)、Reye症候群などがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn/44/6/44_487/_pdf/-char/ja

急性壊死性脳症(ANE)は、両側視床の対称性病変という特徴的な画像所見を呈し、死亡・神経学的後遺症ともに多い重篤な病型です。一方、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)は、二相性けいれんと遅発性の拡散能低下を呈する急性脳症で、二相性の経過と二度目の発作時の頭部MRI拡散強調画像での皮質下白質の高信号が特徴とされます。典型例では、初めに発熱とともに長いけいれんが生じた後、意識が低下し、2日目には意識はいったん改善傾向となりますが、発病後4~6日に2回目のけいれんが生じます。
参考)小児の急性脳症とは?経験者ママが主な症状や後遺症、発症後に受…

可逆性脳梁膨大部病変を伴う軽症脳炎・脳症(MERS)では、大多数で後遺症なく治癒しているという結果が報告されています。病型によって予後が大きく異なるため、早期の病型診断が治療方針の決定や予後予測に重要です。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/download_pdf/2018/201811079A.pdf

急性脳症の診断に必要な検査項目

急性脳症を疑う場合、意識障害・神経学的異常を主とした臨床症状の評価、頭部画像、脳波検査、血液検査/尿検査を行います。頭部CTや頭部MRIなどによる画像検査は、脳の状態を評価するために必須であり、脳のむくみの状態を調べることができます。特に頭部MRI拡散強調画像は、病型診断や病態の把握に有用です。​
血液検査では、炎症や代謝異常の有無などを調べたり、全身状態を把握したりすることが一般的です。感染症の関与が疑われる場合は、抗体などを調べることで原因となっているウイルスや細菌の特定の手助けとなることもあります。髄液検査は、髄膜炎の有無や頭の中の圧を調べたりする目的で行われますが、脳腫瘍などが原因で脳の圧が著しく高まっている場合は、髄液検査を行うことで脳ヘルニアを誘発することがあるため、行う前には画像検査で脳の状態を確認することがすすめられます。​
脳波検査は、急性脳症ではけいれん発作が生じることがあるため、てんかんを引き起こすほかの病気と区別するために行われます。急性脳症におけるベッドサイドでの脳波検査は、脳機能や意識障害、治療経過の評価に有用です。病初期において各種検査で異常が認められず、数日の経過で症状や検査異常が顕在化する急性脳症も存在するため(例えば、けいれん重積型(二相性)急性脳症)、判断に迷う場合はある時間間隔をあけて再度評価・検査を行う必要があります。
参考)https://www.nakayamashoten.jp/sample/pdf/978-4-521-74923-5.pdf

急性脳症の治療方法と管理のポイント

急性脳症を治療する方法は、現在確立されていません。脳全体に生じるむくみを取る治療や、けいれん発作やその予防のために、けいれんに対する治療を行います。脳の障害により呼吸機能・血液循環の問題が起こる場合があるため、全身状態を改善・維持する治療が行われます。具体的には、脳波や血中のナトリウム、血糖値、体温、栄養状態などをモニタリングし、管理を行います。
参考)急性脳症の場合、主にどのような治療をしますか? |急性脳症

脳浮腫を取る治療として、脳の腫れを軽減するために、浸透圧利尿薬(マンニトールなど)を使用します。けいれん発作を止める治療では、抗けいれん薬(ミダゾラムジアゼパムロラゼパムなど)を使用します。自己免疫的機序が想定される脳炎・脳症の治療として、免疫療法が有効です。​
一般に、メチルプレドニゾロンパルス療法が選択されることが多く、自己免疫的機序が想定される脳炎・脳症に対して有効性が示されています。ただし、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)、可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)、難治頻回部分発作重積型急性脳炎(AERRPS)に対する有効性は議論の余地があり、治療の選択肢に組み込むかどうかは施設間で異なります。小児急性脳症診療ガイドライン2023には詳細な治療方針が記載されています

急性脳症の予後と後遺症

急性脳症全体の致死率は6%、神経学的後遺症の率は36%とされています。予後は症候群別で大きく異なり、急性壊死性脳症は死亡・神経学的後遺症ともに多く、脳梁膨大部脳症では大多数で後遺症なく治癒しているという結果です。けいれん重積型(二相性)急性脳症では死亡例は少ないものの、神経学的後遺症が多く、約70%の患者に神経学的後遺症(知的障害、運動障害やてんかん)が認められています。​
けいれん重積型急性脳症(AESD)の予後は、治癒が81人(29%)、後遺症(軽/中)が116人(41%)、後遺症(重)が71人(25%)、死亡が4人(1%)と、後遺症が多く死亡が少ない傾向が報告されています。後遺症の内容としては、知的障害、高次脳機能障害、てんかん、運動障害の順に多く認められます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ojjscn/43/4/43_285/_pdf

一般的に知的機能の回復よりも、運動機能の回復の方が良好であることが多いとされており、急性脳症の後遺症として最も残りやすいのは知的な障害です。高次脳機能障害は、脳機能に障がいが生じて日常生活や社会生活に支障が生じる状態をいい、急性脳症後にみられる高次脳機能障害としては、視覚認知障害と注意障害が特徴です。小児における高次脳機能障害は、成人と異なり発達に伴って症状が変化する、脳の可塑性があるため症状の改善がある、環境により症状が変化するといった特徴があります。​

急性脳症の医療従事者における早期対応の重要性

急性脳症は急激に発症し、しばしば治療に抵抗して死亡をもたらし、神経学的後遺症を残すため、医学的・社会的に大きな問題です。早期発見と適切な対応が後遺症を軽減する鍵となります。医療従事者は、発熱を伴う小児患者において、意識障害の遷延や複雑型熱性けいれんの所見を認めた場合、急性脳症を鑑別診断に含める必要があります。​
設備や時間帯などの状況により各種検査の実施が難しい場合は、実施可能な医療機関への転送を検討する必要があります。特にけいれん重積状態、意識障害の遷延する症例などは、その後の全身管理・特殊治療の適応も考え早急に三次救急施設へ搬送することが推奨されます。他の疾患との鑑別などに備えて、急性期の残検体を保存することも重要です。​
病初期において各種検査で異常が認められない場合でも、数日の経過で症状や検査異常が顕在化する急性脳症が存在するため(例えば、けいれん重積型(二相性)急性脳症)、継続的な観察と再評価が必要です。急性脳症は症候群によって予後は大きく異なりますが、いずれも根本的治療法は確立されていないため、治療介入により致死率と神経学的後遺症をいかに軽減するかが問われています。医療従事者の早期認識と迅速な対応が、患者の予後改善に直結する重要な要素となります。
参考)https://www.childneuro.jp/uploads/files/about/AE2016GL/01ae2023_total.pdf