ヒドララジンは虚血性心疾患のある患者に対して絶対禁忌とされています。この理由は、ヒドララジンが持つ反射性交感神経亢進作用にあります。血管拡張により血圧が低下すると、身体は代償機構として交感神経系を活性化させ、心拍数と心拍出量を増加させます。この反射的な心臓への負荷増大により、心臓の仕事量が著しく増加し、虚血性心疾患の症状を悪化させる危険性が高まります。
特に狭心症や心筋梗塞の既往歴がある患者では、冠血管疾患により心筋への酸素供給が既に制限されている状態です。ヒドララジン投与による心拍数増加と心筋酸素需要の増大は、心筋虚血を誘発し、狭心症発作や心筋梗塞を引き起こす可能性があります。実際の臨床では、虚血性心疾患の既往歴がある患者に対しても慎重投与が必要とされており、心仕事量の増大により虚血性心疾患を誘発するおそれがあることが明記されています。
医療従事者は、ヒドララジン投与前に必ず患者の心疾患歴を詳細に確認し、虚血性心疾患が疑われる場合は代替薬の選択を検討する必要があります。
ヒドララジンは大動脈弁狭窄、僧帽弁狭窄、および拡張不全(肥大型心筋症、収縮性心膜炎、心タンポナーデ等)による心不全のある患者には禁忌です。これらの病態では、心臓が十分な血液を送り出すために既に高い負荷を受けている状態にあります。
弁膜症による狭窄では、血液が狭い弁口を通過する際に抵抗が生じ、心臓は通常以上の圧力をかけて血液を送り出す必要があります。ヒドララジンの反射性交感神経亢進作用により心拍数と心収縮力が増加すると、狭窄した弁を通過する血流量が急激に変化し、心臓への負担がさらに増大します。また、血管拡張作用により前負荷と後負荷のバランスが崩れ、弁膜症による血行動態の破綻を招く可能性があります。
高度の頻脈および高心拍出性心不全(甲状腺中毒症等)のある患者も同様に禁忌とされています。これらの患者では既に心拍数が高く、心臓が過剰な仕事をしている状態です。ヒドララジンによる交感神経刺激はさらなる頻脈を引き起こし、心不全を増悪させるリスクが高まります。
うっ血性心不全のある患者では、重大な副作用としてうっ血性心不全の悪化が報告されており、心仕事量の増大により症状が悪化する可能性が指摘されています。
肺高血圧症による右心不全のある患者に対してヒドララジンは禁忌とされています。肺高血圧症では肺動脈の血管抵抗が上昇し、右心室は高い圧力に対抗して血液を送り出さなければなりません。この状態が持続すると右心室の負担が増大し、最終的に右心不全を発症します。
ヒドララジンの反射性交感神経亢進作用は心拍数と心拍出量を増加させますが、これにより右心室の仕事量がさらに増大します。また、ヒドララジンの血管拡張作用は主に体循環系の動脈に作用し、肺血管抵抗の低下効果は限定的です。そのため、体循環の血管拡張により静脈還流量が増加すると、既に負担を受けている右心室への前負荷がさらに増加し、右心不全を悪化させる危険性があります。
肺高血圧症に対する治療では、右心不全に対してドブタミンなどの強心薬が第一選択として使用されますが、ヒドララジンのような末梢血管拡張薬は右心室への負担を増大させるため適切ではありません。肺高血圧症の患者では、肺血管特異的な治療薬の選択が重要であり、ヒドララジンの使用は厳に避けるべきです。
右心不全は肺高血圧症の重要な予後規定因子であり、適切な薬剤選択が患者の予後に直接影響します。
解離性大動脈瘤のある患者に対してヒドララジンは絶対禁忌です。大動脈解離は、大動脈壁の内膜に亀裂が生じ、血液が血管壁の層間に流入することで発生します。この病態では血管壁の脆弱性が高まっており、血圧や血流の急激な変化により解離がさらに進行し、破裂に至る危険性があります。
ヒドララジンは反射性交感神経亢進作用により心拍数を増加させ、心拍出量を上昇させます。心拍数の増加は、心臓から大動脈への血液拍出時の圧力変化(dP/dt)を増大させ、大動脈壁にかかる機械的ストレスを高めます。このストレスの増大により、解離した血管壁の亀裂がさらに拡大し、解離腔が進展する可能性が高まります。
また、ヒドララジンの血管拡張作用により一時的に血圧が低下しても、反射性の交感神経活性化により血圧が再上昇することがあります。この血圧の変動は大動脈壁への負担をさらに増大させ、解離の進行や破裂のリスクを高めます。
大動脈解離の急性期治療では、血圧管理とともに心拍数のコントロールが極めて重要です。β遮断薬などdP/dtを低下させる薬剤が選択され、ヒドララジンのような反射性頻脈を引き起こす薬剤は使用されません。
頭蓋内出血急性期の患者に対してヒドララジンは禁忌とされています。頭蓋内出血では、脳内または頭蓋内腔に血液が漏出し、脳組織への圧迫や脳浮腫を引き起こします。この急性期における血圧管理は極めて重要であり、不適切な降圧により脳灌流圧が低下して脳虚血を招く可能性がある一方、血圧上昇により出血が増悪する危険性もあります。
ヒドララジンの血管拡張作用は、脳血管にも及びます。脳血管が拡張すると脳血流量が増加し、頭蓋内圧がさらに上昇する可能性があります。頭蓋内は固定された容積であるため、頭蓋内圧の上昇は脳組織の圧迫を増強し、脳ヘルニアなどの致命的な合併症を引き起こす危険性があります。
さらに、ヒドララジンによる血管拡張は出血部位の血管にも作用し、止血機構を妨げて出血を増悪させる可能性があります。頭蓋内出血急性期では、血圧を慎重にコントロールしながら脳灌流圧を維持することが重要であり、急激な血圧変動を引き起こす可能性のあるヒドララジンの使用は避けるべきです。
頭蓋内出血の管理では、カルシウム拮抗薬やその他の降圧薬が選択されることが多く、ヒドララジンは第一選択薬とはなりません。医療従事者は、頭蓋内出血の既往や現在進行中の出血がある患者にヒドララジンを投与しないよう、厳格に禁忌を遵守する必要があります。
ヒドララジン製剤の成分に対して過敏症の既往歴がある患者には、本剤の投与は絶対禁忌です。過敏症反応は、薬剤に対する免疫系の過剰な反応であり、軽度の皮膚症状から生命を脅かすアナフィラキシーショックまで、様々な重症度で発現する可能性があります。
過去にヒドララジンに対してアレルギー反応を経験した患者では、再投与により同様またはより重篤な過敏症反応が生じる危険性が高まります。過敏症の症状には、発疹、蕁麻疹、そう痒感、血管浮腫、呼吸困難、低血圧、アナフィラキシーショックなどがあります。特にアナフィラキシーショックは急速に進行し、適切な治療が遅れると死に至る可能性がある緊急事態です。
ヒドララジンの副作用として、過敏症反応に加えて、発疹や発熱が「その他の副作用」として報告されています。これらの症状が現れた場合は、速やかに投与を中止し、適切な対応が必要です。
医療従事者は、ヒドララジン投与前に必ず患者のアレルギー歴を詳細に聴取し、過去にヒドララジンや類似薬剤に対する過敏症反応があった場合は、投与を避けなければなりません。また、初回投与時には過敏症反応の発現に注意し、緊急時の対応が可能な環境で投与することが推奨されます。薬剤投与後も患者の状態を注意深く観察し、過敏症の兆候が見られた場合は直ちに投与を中止する必要があります。
ヒドララジン塩酸塩注射用の禁忌に関する詳細な情報が記載された添付文書(PDF)- 禁忌項目の根拠となる情報源
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