アストロサイト(astrocyte)とアストログリア(astroglia)は、中枢神経系に存在するグリア細胞の一種を指す同義語です。両者は全く同じ細胞を示しており、使用される文脈や研究分野によって呼び方が異なるだけで、実質的な違いはありません。日本語では星状膠細胞(せいじょうこうさいぼう)と訳され、いずれの名称も医学・神経科学の文献で広く使用されています。
参考)グリア細胞 - 脳科学辞典
この細胞の名称は、ギリシア語で「astron(星)」と「cyte(細胞)」を組み合わせたもので、1895年に神経組織学者のミカエル・レンホサックによって命名されました。多くの染色法、特に抗GFAP(グリア線維性酸性タンパク質)免疫染色では星型の形態を示すことから、この「星状」という名称が付けられています。ただし、これらの染色法は細胞の一部のみを可視化しているに過ぎず、実際の構造はきわめて多数の密な突起を持つ、はるかに複雑なものです。
参考)アストロサイト - Wikipedia
学術論文や教科書では「astrocyte」と「astroglia」が混在して使用されており、特に「astroglia」は細胞の集団や組織としての側面を強調する際に用いられることがあります。一方、「astrocyte」は個々の細胞を指す場合により頻繁に使用される傾向があります。
参考)アストロサイト - 脳科学辞典
グリア細胞は中枢神経系を構成する非神経系の支持細胞の総称で、アストロサイト(星状膠細胞)、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)、ミクログリア(小膠細胞)、上衣細胞の4種類に分類されます。これらの中でアストロサイトは比較的大型で、多くの細い突起を細胞体から放射状に出し、星状を呈する特徴を持っています。
参考)https://www.pharm.or.jp/words/word00655.html
アストロサイトの突起には、細胞骨格の中間径フィラメントであるグリア線維性酸性タンパク質(GFAP)が存在しており、これがアストロサイトの重要なマーカータンパク質となっています。超高圧電子顕微鏡による三次元形態解析により、アストロサイトは多数の突起がさらに細かく分岐し、その先端をシート状に広げていることが明らかにされています。全体としては星状というよりスポンジ状であり、大きな表面積を持つ細胞です。
ヒトの大脳皮質においてアストロサイトはニューロンの1.4倍ほど分布していると推定されており、これはラットやマウスの5倍に及びます。さらに重要なのは、ヒトのアストロサイトの直径は100~200μmであり、40本を超える突起を持つため、その総体積はラットのアストロサイトの27倍にも及ぶという点です。一個のヒトのアストロサイトは推定200万個以上のシナプスに関わっていると考えられています。
参考)アストロサイトは脳内環境の調整役 前編 - 株式会社リプロセ…
アストロサイトは脳内で多岐にわたる重要な機能を担っており、単なる支持細胞ではなく、神経活動を積極的に調節する役割を果たしています。以下に主要な機能を示します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6050349/
神経伝達物質の取り込みと調節
アストロサイトは興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸をはじめ、GABA、グリシンなどの神経伝達物質を特異的トランスポーターによってシナプス周辺から除去します。特にグルタミン酸トランスポーターであるEAAT1(GLAST)とEAAT2(GLT-1)がアストロサイトに発現しており、中枢神経系の約70%のシナプスにおいて興奮性神経伝達物質として機能しているグルタミン酸の主な取り込み経路となっています。この機能により、シナプス伝達の効率が適切に維持され、過剰な神経興奮が防がれます。
血液脳関門の形成と維持
アストロサイトの突起は脳の細動脈を覆っており、血管上皮細胞と共に血液脳関門を構成しています。この血液脳関門は、脳内への有害物質の浸入を防ぎ、必要な分子を選択的に通過させる重要な機能を持ちます。アストロサイトには、グルコーストランスポーター(GLUT1)、多様なアミノ酸トランスポーター、エネルギー依存性トランスポーター、各種のイオン交換システムなどが発現しており、これらを介して血管からニューロンへの物質の受け渡しが行われます。
参考)https://neurochem-j.jp/10.11481/topics97/data/index.pdf
エネルギー供給とグリコーゲン代謝
アストロサイトは血管から取り込んだグルコースを乳酸まで代謝してから、モノカルボン酸トランスポーターを介してニューロンに供給しています。ニューロン活動により遊離されたグルタミン酸により細動脈周辺のアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が高まると、細動脈の直径が広がり、血流量が高まります。この仕組みにより、エネルギーを必要とする部位へより多くのグルコースを供給することができます。また、アストロサイトはグリコーゲンを貯蔵・合成し、特に前頭皮質と海馬にあるアストロサイトは、ニューロンが消費するエネルギーについて緩衝作用を持つと考えられています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/58/9/58_877/_pdf
中枢神経系には、アストロサイト以外にオリゴデンドロサイト、ミクログリア、上衣細胞という3種類のグリア細胞が存在し、それぞれ異なる形態と機能を持っています。
オリゴデンドロサイトとの違い
オリゴデンドロサイトは、アストロサイトに比べて突起が少ないことからその名が付けられた希突起膠細胞です。細胞体は小さく卵円形で、核は丸く細胞質が少ない特徴を持ちます。オリゴデンドロサイトの主な機能は神経軸索にミエリン(髄鞘)を形成することであり、このミエリンにより軸索が絶縁され、神経の伝導速度が飛躍的に増加します。一つのオリゴデンドロサイトから複数のシート状突起が繰り出され、それぞれの軸索に幾重にも巻き付いて髄鞘を作ります。この髄鞘のおかげで、神経軸索上を伝導する信号の速度は秒速100m(時速360km)にも達します。
ミクログリアとの違い
ミクログリアは、アストロサイトやオリゴデンドロサイトよりも小型で、中枢神経系内を動き回る特徴を持ちます。正常な脳の中でのミクログリアは突起を伸ばした形ですが、周辺に何らかの障害が生じると、突起を縮め、細胞体部分が大きくなる「活性化型」に変わり、やがてアメーバ状に形を変えて障害部周辺を活発に動き回るようになります。ミクログリアは中枢神経系内で異物の除去、貪食などマクロファージ様の働きを持ち、脳内の免疫細胞として機能します。発生学的には、ミクログリアは胎児期に卵黄嚢で造血細胞から分化して神経管に浸入してくる中胚葉起源の細胞であると考えられており、これは外胚葉起源のアストロサイトやオリゴデンドロサイトとは起源が異なります。
近年の研究により、アストロサイトは記憶の選別と安定化において独自の役割を果たしていることが明らかになってきました。
神経細胞だけでなくアストロサイトにも記憶の痕跡が形成されることが初めて実証され、この記憶に関わるアストロサイトの集団は「アストロサイト・アンサンブル」と呼ばれています。
参考)思い出を「選んで残す」メカニズムを解明
このアストロサイト・アンサンブルは、神経細胞が担う具体的な記憶内容や感情の情報とは異なり、「強い感情を伴う体験」や「繰り返された体験」を感知し、次に類似の出来事が起こった際に分子スイッチを入れる「準備状態」として存在しています。情報を直接保持するのではなく、記憶を選別し安定化させる「条件つき痕跡(eligibility trace)」として働く新たな細胞基盤といえます。
この仕組みは、「間隔を空けた学習(spaced learning)」が記憶の定着に有効である理由を、細胞・分子レベルで説明する新たな手がかりとなります。一度の体験では記憶が定着しない場合でも、時間をおいて繰り返されることでアストロサイトが「準備状態」を維持し、再体験によって記憶が強化・安定化することが示唆されています。これは短時間に詰め込む集中学習では得られにくい効果であり、アストロサイトが体験の間を橋渡しすることで、記憶の選別と長期保存を担っていることを意味します。
また、アストロサイトは多様な神経伝達物質受容体を発現しており、ニューロンの活動に応答して細胞内カルシウム濃度の変化を示します。このカルシウム濃度の変化により、アストロサイトはグルタミン酸、ATP、D-セリンなどのグリオトランスミッターを遊離し、周辺のニューロンの活性に影響を与えることができます。このような双方向の情報伝達により、シナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンに加えて周辺のアストロサイトを含めた「トライパータイトシナプス(三者間シナプス)」という概念が提唱されており、脳における情報処理がこれまで考えられていたよりも複雑で奥深いものであることが示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10856373/
脳科学辞典では、グリア細胞の分類と機能について詳しく解説されています(グリア細胞の発生と機能の全体像の理解に有用)
日本薬学会の論文では、アストロサイトのエネルギー代謝調節機能について詳細な情報が提供されています(エネルギー代謝の分子メカニズムの参考資料)
理化学研究所のプレスリリースでは、アストロサイトが記憶の選別と安定化に果たす役割について最新の知見が紹介されています(記憶形成における独自機能の理解に役立つ最新研究)
アストロサイト:ウェブスターの事実とフレーズ