心停止(cardiac arrest)と心静止(asystole)は医療現場でしばしば混同される用語ですが、明確な違いがあります。心停止は心臓が有効な循環を保てなくなった状態の総称であり、心静止は心停止に含まれる4つの心電図波形のうちの1つです。つまり心静止は心停止の最も深刻な形態であり、心臓の電気的活動が完全に停止した状態を指します。
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心停止には心室細動(VF)、無脈性心室頻拍(pulseless VT)、無脈性電気活動(PEA)、心静止(asystole)の4つの心電図波形が含まれます。この4つの波形は大きく2つのグループに分類され、除細動が適応となるものとならないものがあります。心停止患者に遭遇した際、モニター上の波形を正確に識別することが適切な救命処置につながるため、各波形の特徴を理解することが重要です。
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心停止時の心電図波形は除細動の適応によって大きく2つに分類されます。除細動適応となるのは心室細動と無脈性心室頻拍で、これらは心臓に電気的活動は認められるものの、その活動が無秩序または過度に速いため有効な血液拍出ができない状態です。一方、無脈性電気活動と心静止は除細動の適応外であり、異なるアプローチが必要となります。
参考)アレスト【ナース専科】
心室細動(VF)は心室のさまざまな部分が無秩序に興奮し、規則的な心室の動きがなくなる状態で、心電図上はリズムが不規則で心臓が小刻みに震えているように見えます。無脈性心室頻拍(pulseless VT)は心室で多くの電気刺激が規則的に生じる心室頻拍のうち、頻度が多すぎることで心室の拍出機能が果たせず、脈が触知できない状態です。これら2つの波形は一刻も早い除細動が必要で、挿管や点滴確保よりも優先されます。
参考)https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/kento151_07_slide07_aed.pdf
無脈性電気活動(PEA)は心筋の電気活動は認めるものの脈が触れない状態で、心電図上は心室細動や無脈性心室頻拍以外のあらゆる波形を含みます。時には完全に正常な心電図波形を示すこともあり、「モニターを見るな、人を見よ」という原則が重要となる典型的な状態です。心静止(asystole)は心筋の電気活動がなくフラットな状態で、心電図では1本の横線として表示されます。心静止は心停止の中で最も最終形態であり、予後の悪い心リズムです。
参考)心停止 (cardiac arrest) と心静止 (asy…
心停止の診断は患者の状態観察が最優先であり、心電図モニターだけに頼ってはいけません。まず呼びかけや体を揺するなどして反応を確認し、反応がなければ応援を呼びます。その後、呼吸と頸動脈の脈拍を同時に10秒以内で確認し、呼吸をしておらず(または死戦期呼吸を呈している)、脈拍がない場合に心停止と判断します。
参考)急変時の対応~心肺停止の心電図
心停止を確認した後、心電図モニターを装着して具体的な波形を判断しますが、ここで重要なのは「モニターだけを見て判断しない」ことです。特に無脈性電気活動では心電図が正常波形を示すこともあるため、患者の状態(意識なし、呼吸なし、脈拍なし)を総合的に評価する必要があります。心静止を疑った場合は、真の心静止かどうかを確認するため、胸骨圧迫を行いながらモニターの電源やリード線の確認、感度の調整を行います。モニターの感度を下げていると、心室細動が心静止と誤認されることがあるため注意が必要です。
参考)「院内勉強会で報告しました」
除細動は心室細動と無脈性心室頻拍にのみ適応があり、無脈性電気活動と心静止には適応がありません。除細動とは、心室細動や無脈性心室頻拍の状態の心臓に電流を流して、無秩序(速すぎる)な収縮を止めて秩序ある収縮に戻すことです。心室細動では個々の心筋が無秩序に収縮し、心臓がぶるぶる震えて細かく動いているように見えるため「細動」と呼ばれ、これを電気ショックで通常のリズムに戻すことを「除細動」といいます。
参考)AEDの適応・適応外とは?電気ショックの要否は心電図波形の状…
除細動の適応波形は時間経過とともに急速に微弱になり、最終的には心静止に移行するため、早急な対応が必要です。目撃のある心停止で除細動器がその場にあった場合、心室細動または無脈性心室頻拍の患者には直ちに除細動を行い、電気ショック後直ちに胸骨圧迫を再開すべきです。一方、無脈性電気活動では心筋の電気活動は認めるものの脈が触れない状態のため、脈が触れない原因の除去を迅速に行う必要があります。心静止では除細動の適応はなく、救命の可能性は極めて低いですが、直ちに心肺蘇生を継続します。
参考)成人における心肺蘇生(CPR) - 21. 救命医療 - M…
心静止は心臓の電気的活動が完全に停止している状態であり、洞房結節からの刺激が刺激伝導系に乗って心筋全体に伝わり収縮が起きるという正常な電気的活動が停止しています。その結果、心電図の波形は平坦となり、心筋は収縮することができなくなるため、血液を全身に拍出することができなくなります。心静止は通常不可逆的であり、心停止の最も深刻な形態とされています。
参考)心静止【ナース専科】
心静止は他の心停止波形からの最終的な帰結であることが多く、心室細動や無脈性心室頻拍などの除細動適応波形も、時間経過とともに急速に微弱になり最終的には心静止に移行します。院外心停止の研究では、初期心電図波形が心静止の場合、救急隊による高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送し治療しても生存率・社会復帰率ともに非常に低いことが報告されています。特に浴室での心停止では、心電図波形の8割が心静止であり、生命予後や神経学的予後が極めて不良です。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12990
院内心停止の研究では、心静止は訪室群(偶然訪室すると心停止であった群)で多く見られ、この群は30日後の脳機能予後が不良である傾向が示されています。一方、心室細動や無脈性心室頻拍はモニター群(心電図モニターで覚知した群)や突然発症群で多く、これらの群では予後が比較的良好であることから、早期発見と迅速な除細動の重要性が示唆されます。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12930
心停止の初期対応は波形によって異なりますが、共通して重要なのは質の高い胸骨圧迫の継続です。心室細動や無脈性心室頻拍では一刻も早い除細動が必要であり、AEDまたは除細動器による電気ショックを優先します。電気ショック後は直ちに胸骨圧迫を再開し、2分間のCPRを継続した後に再度リズムチェックを行います。
参考)ACLS(二次救命処置)~質の高いCPRから自己心拍再開後の…
無脈性電気活動と心静止では除細動は禁忌であり、直ちに質の高いCPRを開始し、アドレナリン投与などの薬物療法と原因検索・治療を並行して行います。無脈性電気活動では脈が触れない原因(低酸素、低血圧、緊張性気胸、心タンポナーデ、大量出血など)を迅速に除去できれば助かる可能性があります。心静止では救命の可能性は極めて低いですが、胸骨圧迫を継続しながら原因検索と可逆的原因の治療を行います。
予後については、初期波形が心室細動や無脈性心室頻拍の場合、特に目撃があり早期に除細動が行われた場合は神経学的予後が良好で生存率も高いとされています。一方、初期心電図が心静止や無脈性電気活動の場合は予後が極めて不良です。病院外での突然の心停止では、発症から除細動までの時間が1分経過するごとに生存率が約10%ずつ低下し、10分間除細動が行われないと生存率は限りなくゼロに近づきます。そのため、一般市民によるバイスタンダーCPRとAEDの早期使用が生存率向上の鍵となります。
参考)【研究成果】院外心停止患者のうち、初期段階で心臓電気活動の無…
| 項目 | 心停止(Cardiac Arrest) | 心静止(Asystole) |
|---|---|---|
| 定義 | 心臓が有効な循環を保てなくなった状態の総称 | 心臓の電気的活動が完全に停止した状態 |
| 含まれる波形 | ①心室細動(VF)②無脈性心室頻拍(pulseless VT)③無脈性電気活動(PEA)④心静止(asystole)の4つ | 心停止の中の1つの波形(心電図上は1本の横線) |
| 除細動の適応 | VF/pulseless VTでは適応あり、PEA/asystoleでは適応外 | 適応外(除細動は禁忌) |
| 心電図所見 | VFは不規則な細動波形、pulseless VTは規則的な頻拍、PEAは様々な波形、asystoleは平坦な波形 | 電気的活動がなく完全に平坦な1本の横線 |
| 予後 | VF/pulseless VTは早期除細動で予後良好、PEA/asystoleは予後不良 | 心停止の中で最も予後不良、救命率は極めて低い |
| 初期対応 | VF/pulseless VTは直ちに除細動、PEA/asystoleは質の高いCPRと原因検索 | 直ちに質の高いCPRを開始、アドレナリン投与、原因検索と治療 |
| 病態の進行 | 除細動適応波形(VF/pulseless VT)は時間経過で心静止に移行 | 心停止の最終形態であり、通常不可逆的 |
参考リンク。
日本循環器学会による心肺蘇生ガイドラインの詳細が記載されています。医療従事者向けの二次救命処置(ACLS)のアルゴリズムと最新のエビデンスを確認できます。
国立循環器病研究センター - 救急蘇生法
心停止時の4つの心電図波形と除細動適応の詳細な解説があります。各波形の特徴と対応方法について図解付きで学べます。
総務省消防庁 - 心室細動・無脈性心室頻拍の除細動について
MSDマニュアルの医療専門家向けページで、心停止の疫学、病態生理、診断、治療について包括的な情報が得られます。