常用量を守っても、甘草の1日許容摂取量を超えて低カリウム血症になることがあります。
参考)https://jsct.jp/wp/wp-content/uploads/2023/12/33_4_335.pdf
まず押さえたいのは、「苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)」と「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」は別物だという点です。 名前が非常に似ているため、処方・調剤現場での取り違えが実際に複数報告されています。yakkyoku-hiyari.jcqhc+1
両者の違いをシンプルにまとめると、共通する生薬は「茯苓(ブクリョウ)・桂皮(ケイヒ)・甘草(カンゾウ)」の3種で、そこに何が加わるかで名前と適応が変わります。
参考)苓桂甘棗湯と苓桂朮甘湯の違いは?~自律神経、パニック障害に効…
つまり「甘棗」か「朮甘」かが適応の分岐点です。
重要なのが、ツムラの医療用漢方エキス製剤には「苓桂甘棗湯」は存在しないことです。 ツムラで「苓桂〇〇湯」を処方する際は、39番の「苓桂朮甘湯」のみが選択肢となります。患者からの申告や薬局での名前確認の際に、混同が起きやすいポイントです。medical.tsumura+2
以下の表で両者を整理します。
| 項目 | 苓桂甘棗湯 | ツムラ苓桂朮甘湯(39番) |
|---|---|---|
| 特徴生薬 | 大棗(タイソウ) | 白朮(ビャクジュツ) |
| 主な適応 | 動悸・不安・パニック障害 | めまい・ふらつき・水滞 |
| ツムラ医療用製剤 | なし | あり(39番) |
| 神経症タイプ | 神経の高ぶり・ヒステリー | 水と気の巡りの乱れ |
| 代表的メーカー | コタロー(市販・薬局製剤) | ツムラ(医療用) |
苓桂甘棗湯が最も適するのは、突発的な動悸・強い不安感・神経の高ぶりがあるケースです。 パニック障害やヒステリーなど、精神的な緊張が主体の症状に用いられ、頓服としての使い方もできます。
一方、ツムラ苓桂朮甘湯(39番)が適するのは、「起き上がると目が回る」「天気が悪いと頭痛や動悸が出る」など、体内の水分代謝の乱れ(水滞・痰飲)が根本原因の症状です。 体力が中等度以下で、めまい・ふらつきがあり、尿量が減少しているタイプに適合します。ngskclinic+2
これは使えそうです。判断基準を1行でまとめると、「不安・動悸が主症状なら苓桂甘棗湯、めまい・水滞が主症状ならツムラ39番」が原則です。
迷ったときは、患者の「小便の状態」が1つの指標になります。 尿量減少が見られれば水滞の関与が強く、ツムラ苓桂朮甘湯の適応がより明確になります。帰脾湯(日常的な不安・不眠傾向)や桂枝加竜骨牡蛎湯(オドオドした神経過敏)など、近似する処方との鑑別も同時に行うことで、より精度の高い選択ができます。medical.tsumura.co+1
ツムラ39番(苓桂朮甘湯)は、めまい専用薬というイメージを持たれがちですが、実は起立性調節障害(OD)への応用が近年の研究で注目されています。 これは意外な視点です。jstage.jst.go+1
東洋医学雑誌に掲載された症例報告では、苓桂朮甘湯投与の4週後に、VASスコアが71/100から22/100へと大幅改善した例が記録されています。 DHI(Dizziness Handicap Inventory)スコアも42点から26点へ下がり、日常生活への支障が著しく減少しました。
ODへの作用メカニズムとして、苓桂朮甘湯の血管平滑筋収縮作用による総末梢血管抵抗の増加が有力視されています。 これにより、起立時の急激な血圧低下が抑制されると考えられています。
臨床研究では目標症例数30例の観察研究が国内で進行中であり(jRCT1031200297)、エビデンスの蓄積が続いています。 若年者・小児の起立性調節障害で薬物治療に難渋する症例では、漢方的アプローチの一選択肢として検討する価値があります。rctportal.mhlw.go+1
苓桂甘棗湯・苓桂朮甘湯ともに甘草(カンゾウ)を含むため、偽アルドステロン症のリスクがある点は見逃せません。 これは長期投与でのみ起きるイメージがありますが、実際には常用量(1日7.5g)の服用でも発症が報告されています。k-mesen+1
2020年に報告された症例(中毒研究33巻)では、85歳男性が苓桂朮甘湯の常用量を服用し、低カリウム血症(K 2.3 mEq/L)・横紋筋融解症(CK 2,563 U/L)を合併しました。 この症例が示すのは「用量を守れば安全」という思い込みの危うさです。
偽アルドステロン症は低カリウム血症が条件です。具体的には以下の症状に注意が必要です。
参考)https://medical.tsumura.co.jp/sites/default/files/resources/pdf/products/safety/PSA.pdf
特に高齢者・他の甘草含有漢方薬との併用例ではリスクが増します。 ツムラ医療用苓桂朮甘湯の添付文書でも「重要な基本的注意」として証(体質・症状)への配慮が記載されており、定期的な血清カリウム値の確認が実臨床では推奨されます。medical.tsumura.co+1
参考:苓桂朮甘湯常用量による偽性アルドステロン症・横紋筋融解症の症例報告(中毒研究 2020年)
苓桂朮甘湯の常用量服用により偽性アルドステロン症・横紋筋融解症をきたした1例(中毒研究 33巻4号)
「苓桂〇〇湯」ファミリーは名称が非常に近く、薬局でのヒヤリハット事例が複数報告されています。 PMDAのヒューマンエラー事例集にも、「苓桂朮甘湯」と「苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)」の取り違えが明記されています。pharmacist.m3+2
日本医療機能評価機構の報告では、薬剤師が「患者の症状と一致しない薬剤」を受け取ったことを端緒に疑義照会を行い、苓姜朮甘湯が苓桂朮甘湯へ変更になった事例が記録されています。 このケースは処方医のオーダー段階でのミスであり、薬剤師の確認がエラーを防ぎました。
参考)https://www.yakkyoku-hiyari.jcqhc.or.jp/pdf/learning_case_2021_2_01.pdf
混同しやすい処方名を整理します。
| 漢方名 | 読み方 | 主な適応 | ツムラ製品 |
|---|---|---|---|
| 苓桂朮甘湯(39番) | りょうけいじゅつかんとう | めまい・水滞 | ✅ あり |
| 苓桂甘棗湯 | りょうけいかんそうとう | 動悸・不安 | ❌ なし |
| 苓姜朮甘湯 | りょうきょうじゅつかんとう | 腰の冷え・坐骨神経痛 | ✅ あり |
厳しいところですね。名前が1文字違うだけで適応が全く異なります。
処方入力時・監査時に「苓桂」「苓姜」「苓桂甘棗」の区別を確認する習慣を持つことが、投薬エラー防止の最も確実なステップです。 電子カルテ・薬歴システムで類似名称アラートを設定するか、処方候補を画面表示する際に適応疾患名を照合する運用の導入が推奨されます。pharmacist.m3+1
参考:名称類似漢方薬の調剤ミス事例(m3.com 薬剤師コラム)
名前が似ている「漢方薬」の処方ミス事例(m3.com 薬剤師向けコラム)
参考:日本医療機能評価機構による漢方製剤の薬局ヒヤリハット事例
漢方製剤に関する薬局ヒヤリハット事例(日本医療機能評価機構 2021年)