リンゲル液は1882年に英国の生理学者Sydney Ringerがカエルの心臓の灌流実験のために考案した生理的塩類溶液です。生理食塩水にはNa+とCl-のみが添加されていますが、リンゲル液はK+とCa2+を追加することで、より細胞外液(血漿)の電解質組成に近づけた輸液製剤です。
生理食塩水では電解質組成がNa<Clとなっているのに対し、リンゲル液では体液により近い組成を実現しています。これにより、血管内や組織間への水分・電解質の補給がより生理的に行われます。
リンゲル液には基本のリンゲル液以外に、代謝性アシドーシスの予防・治療を目的とした複数の種類が存在します。
乳酸リンゲル液(ラクテック)
乳酸イオンが28mEq/L添加されており、体内で代謝されてHCO3-(重炭酸イオン)となり、アルカリ化剤として機能します。ただし、肝障害患者では乳酸代謝ができず、乳酸性アシドーシスを招くリスクがあります。
酢酸リンゲル液(ソルアセトF)
酢酸イオンが添加されており、乳酸よりも代謝が速やかで肝機能に依存しにくいという特徴があります。
重炭酸リンゲル液(ビカネイト)
重炭酸イオンが直接添加されており、より細胞外液組成に近い製剤として注目されています。
これらの「○○酸リンゲル液」では電解質組成がNa>Clとなり、等張液の中では最も細胞外液の電解質組成に近い特性を持っています。
両輸液の体内での分布パターンには明確な違いがあります。
血管内分布率
生理食塩水1Lを投与すると、血管内に入る水は約25%(250mL)となります。一方、リンゲル液も同様に細胞外液に分布するため、血管内への分布率は生理食塩水と近い値を示します。
pH・酸塩基平衡への影響
生理食塩水はpH=7.00と人体(7.35~7.45)に比べてアシデミア傾向で、Cl-が154mEq/Lと過剰です。大量投与時には高Cl血症性代謝性アシドーシスを引き起こし、腎機能障害のリスクとなります。
リンゲル液は緩衝剤(乳酸、酢酸、重炭酸など)が含まれているため、pHが人体により近く、Cl-も100mEq/L強と生理的な値を維持します。この特性により、大量輸液時の酸塩基平衡への影響が軽減されます。
2018年のNEJMに発表された大規模臨床研究により、両輸液の臨床効果の違いが明確になりました。
SMART研究(重症患者対象)
重症患者での前向き研究として最も大規模な研究で、30日以内の主要腎合併症はリンゲル液群で有意に少ない結果でした。特に敗血症患者においてこの傾向が顕著でした。
SALT-ED試験(非重症患者対象)
救急外来での輸液投与に関する研究で、primary outcomeに有意差はありませんでしたが、secondary outcomeの主要腎合併症(MAKE)はリンゲル液の方が有意に少なく、NNT=111という重要な結果が示されました。
これらの研究結果により、腎合併症に関してリンゲル液の方が重症患者、非重症患者いずれの場合(特に敗血症の場合)も優れていることが実証されています。
臨床現場での適切な使い分けには、患者の病態と輸液の特性を理解することが重要です。
リンゲル液の主な適応症
生理食塩水の適応症
使い分けの注意点
肝障害患者では乳酸リンゲル液の使用により乳酸性アシドーシスを招く可能性があるため、酢酸リンゲル液や重炭酸リンゲル液の選択を検討します。また、心不全で血管内ボリューム負荷に耐えられない患者には、5%ブドウ糖液の方が適切な場合もあります。
医師の指示に従いながら、患者の病態・検査値・合併症を総合的に評価し、最適な輸液選択を行うことが重要です。近年の大規模研究の結果を踏まえ、特に腎機能保護の観点からリンゲル液の優位性を理解しておくことが臨床実践において有用です。