生理食塩水は0.9%濃度の塩化ナトリウム水溶液で、人体の血漿浸透圧とほぼ等しい等張液です。この特性により、細胞膜を通過しにくいNa+とCl-イオンが細胞外液にとどまり、主に循環血液量の補充効果を発揮します。
生理食塩水の血管内への静脈投与時、約20~25%が血管内にとどまる特性があります。ナトリウムイオンとクロールイオンがそれぞれ154mEq/Lの濃度で含まれており、血清とおおよそ同程度の浸透圧を維持しています。
外科手術や急性疾患において水分や電解質が欠乏した脱水症の際、有効細胞外液量の維持と循環機能の安定化を目的として使用されます。輸血までの一時的な血漿量補充にも活用されており、緊急時の初期治療に不可欠な輸液です。
細胞外液欠乏時における生理食塩水点滴は、循環動態の改善に直接的な効果を示します。通常20~1000mLを皮下・静脈内注射または点滴静注で投与し、年齢や症状に応じて適宜増減調整を行います。
特に起立性調節障害患者への治療では、症状増悪時に生理食塩水500ml~1.5Lを30分~2時間以上かけて静脈内注射することにより、効果が即座に発現し、さらに数日間持続する効果が報告されています。この治療法は起立時の血圧低下や循環血液量不足を改善し、症状の安定化に寄与します。
脱水症における効果的な治療では、以下の生理学的変化が観察されます。
医療従事者は患者の症状変化を継続的に観察し、バイタルサインの測定を徹底する必要があります。
生理食塩水は人体との親和性が高く基本的に安全性の高い輸液ですが、大量または急速投与時には重篤な副作用が発生する可能性があります。主な副作用として以下が挙げられます:
過量投与による代謝性アシドーシスと高ナトリウム血症の誘発は、生理食塩水の主要な合併症です。これらの合併症を減らすため、大量輸液が必要な場合は乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液の使用が推奨されています。
心臓・循環器系機能障害のある患者では、循環血液量の増加により心臓への負担が増大し、症状悪化のリスクがあります。腎機能障害患者においても、水分や塩化ナトリウムの過剰投与に陥りやすく、症状の悪化が懸念されます。
アシドーシスの初期段階は多くの場合無症状で、異常を見逃す危険性があります。重度になると低血圧やショック症状を引き起こすため、悪心・嘔吐・異常呼吸といった特定の兆候を見逃さない観察が重要です。
生理食塩水と5%ブドウ糖液は、いずれも等張液として点滴に用いられますが、体内での挙動に大きな違いがあります。5%ブドウ糖液は投与時には等張ですが、ブドウ糖が細胞内に取り込まれて代謝された後、水分は細胞内外に均等に分布し、細胞内への水分補給機能を発揮します。
一方、生理食塩水に含まれるNa+とCl-は細胞膜を通過しにくいため、輸液の水分は主に細胞外液にとどまります。そのため細胞内の水分補給には適しておらず、主に循環血液量の補充や電解質補正が目的となります。
リンゲル系輸液との比較では、以下の特徴があります。
これらの特性を理解し、患者の病態に応じた適切な輸液選択が医療従事者には求められます。
医療現場では生理食塩水の多様な活用方法があり、単なる輸液としての効果以外にも重要な役割を担っています。注射剤の溶解希釈剤として使用する際、薬剤による血管の炎症リスクを抑える効果があります。
ネブライザーによる吸入療法では、薬剤の希釈液・溶解液としても使用され、適切な薬液濃度の調整や吸入時間の確保に役立っています。気道の加湿と痰の喀出を促進する効果があり、気道粘膜への刺激が少ない安全性の高い吸入補助液として広く使用されています。
創傷面や粘膜の洗浄においても、浸透圧が血清浸透圧と同程度であるため刺激が少なく、傷口の清浄化に適しています。医療用器具の洗浄にも使用され、感染予防対策の一環として重要な役割を果たしています。
緊急時の対応では、以下の実践的なポイントが重要です。
これらの知識を基に、医療従事者は患者の安全性を最優先に考慮した生理食塩水点滴の適切な使用を心がけることが重要です。